01-2.王都ライデン
「お父様は私を閉じ込めておくことを望まれますか?」
箱庭の中で大切に囲われて過ごす日々を想像する。
それは今までとなにも変わらない。前世の記憶を遡っても魔法学園に入学をする以前の日々となにも変わらない。変わらない日々というのは魅力的だ。それは安全が保障されているだけの退屈な日々であることはわかっていたが、メイヴィスが多くのことを諦めてしまえば、メイヴィスの周りにいる人々は誰も傷つかずに生きていけるということであると知っていた。
「私は王都までの道のりで思い知りました。私は反乱を企む者にとっては価値がある存在となります。私を連れ去ることを目的とした刺客を倒してしまうだけの実力があります。それは十三歳の娘が持っているべき力ではありません」
ニコラスの眼が怖い。
メイヴィスはニコラスから目を逸らし、下を向いてしまう。紅茶の中に映し出されたメイヴィスの顔は歪んで見える。
「私の眼には公爵邸を守っている【防護壁】がはっきりと見えています。それを叩き壊す為ならば相手は人間の命を使い捨てにするような連中だということも、この身をもって知りました。なにもしなければ、利用された少女はそのまま力尽きていたことでしょう。守られている身としてはそれが正しいことだと知っていながらも、私は、少女を保護する為に【防護壁】の先に魔法を展開させました」
魔力が高い者でなければ【防護壁】は見えない。【防護壁】を展開していることが知られないように様々な偽装工作が施されているのにもかかわらず、メイヴィスの眼には昔からその歪な模様が見えていた。常に見えているわけではなく、意識して視線を外せばそれはないようなふりをして過ごすことができる。
空を見上げようとしなければ【防護壁】は見えない。
自然のものならば通り抜けてしまうように細工してあることにも気付かないふりをしていれば、メイヴィスはなにも知らないように日々を過ごすことができた。それでいいと思っていた。
「それは術者に対して情報を与えたことでしょう。だからこそ、王都に辿り着くまでの間に襲い掛かってきた刺客は訓練が施された者でした。……私は誰にも傷ついてほしくはありません。私が公爵領外に出ることを望めば、誰かが傷つくのならば、私はお父様が望まれた通りに公爵邸の中だけで生きましょう」
才能を隠して生きていくのは退屈だろう。
才能を隠して生きていくのは苦痛だろう。
アリーチェはそれに気づいていたのかもしれない。だからこそ、メイヴィスが望まないとわかっていながらも、襲撃を計画している者たちと手を組んだのかもしれない。自由に生きてほしいと願ってしまったからこそ、アリーチェは敵の誘惑を断ることができなかったのかもしれない。
それはニコラスよりもメイヴィスのことをわかっているからこその行動であるといえるのではないだろうか。
「公爵邸の中に私を閉じ込めるつもりならば、今よりも頑丈な部屋を用意してください。私の意思では外に出ることができないようなものを用意してください。そこまでしなければ、私を外に連れ出そうとする者が現れることでしょう」
それは予言ではなかった。
それは希望ではなかった。
メイヴィスが生きていることに対して執着をしている者がいる。そして、彼ならば公爵邸の守りが強くなったことを簡単に見抜いてしまうだろう。
「なぜ、そこまで言い切れる?」
「自分を責めることが好きな者を知っています。私が屋敷の中に引き籠っていることを気付けば、閉じ込められたと勝手な解釈をするようなバカだということも知っています。そして、彼の実力は私が誰よりも理解をしているつもりです」
「それはオルコット伯爵の次男か? お前はあの子どもを気に入っているだろう。それならば過剰評価だと思うがな」
「いいえ。セシルも私のことを心配するでしょうが、彼はお父様の考えに賛同をすることでしょう。セシルは、私がそれを望んだと知れば、それが私の為になると身を引くような男です」
セシルと会うことも制限が掛けられてしまうだろうか。
それは胸が引き裂かれるような思いをすることだろう。それだけは嫌だと泣いて縋れば、娘には甘い両親はセシルだけは特別だと許してくれるだろうか。そこまで想像をしながらもメイヴィスはニコラスの顔を見上げることはできなかった。
「それ以外と接触を許したつもりはないが?」
メイヴィスを連れ出そうとする者は公爵邸にはいないだろう。
ニコラスが設計した屋敷の中にいれば、メイヴィスの安全が保たれると知っていながらも連れ出そうとする者いないだろう。
それを理解しているからこその発言だった。
……覚悟を決めろ、私。
成人の儀を迎えてもいない子どもがするべき行為ではない。魔法学園の卒業資格もなく、それに準ずる王家からの信頼や褒章が与えられているわけではない。今のメイヴィスにはそのことを口にするのは許されない行為をした。
……お父様のお怒りを買うのはわかっていただろう。
魔法使いが弟子を取るのは、少なくとも成人を迎えた者がする行為である。
それは前世でも怒られたことだった。懲りずに今世でも弟子としてエドワルドを認めた。それは忠実な従者によりニコラスへと報告されていることだろう。
「私には弟子がおります。いずれは私よりも偉大な魔法使いとなるでしょう」
今のメイヴィスよりもエドワルドの方が実力を持ち合わせている可能性が高い。転生魔法を発動していないメイヴィスですらも前世の知識や実力、経験を引きついでいるのである。発動するのは不可能であるとされていた転生魔法を発動させたエドワルドはその上に立っていてもおかしくはない。
それなのにもかかわらず、弟子入りを許した時のエドワルドの表情はおかしなものだった。実力が劣る相手を師匠と呼びたくはないと思うのが普通であるのにもかかわらず、エドワルドはそれを拒まなかった。それどころか許されてもいいのかと泣いていた。その姿は迷子の子どものようなものだった。
……私の言葉がエドワルドを振り回してしまったのならば、私はその責任を取らなくてはならない。
エドワルドのことを自慢だと思っていた。
それは前世では死ぬ時まで口にしなかった言葉である。
……許されたかったと、もう一度、声を聞きたかったと。二度とそのような泣き言は言わせない。
メイヴィスはエドワルドだからこそ全てを託したつもりだった。
それよりエドワルドを苦しめ続けることになるとは思っていなかった。
……私の為に人生を棒に振るうような真似はさせない。
今度こそ幸せな人生を歩んでほしい。
そこにはメイヴィスはいなくてもいい。エドワルドが幸せな人生を歩めるのならば、メイヴィスは生贄として選ばれても幸せだと口にすることだろう。
「十三歳の子どもが弟子をとるなど前代未聞のことだと自覚はしているのだろうな、メイヴィス。お前の口から聞くまでは信じるものかと思っていたが……。なぜ、そのようなことを行った」
その言葉にすぐに答えを出せなかった。
掌を握り締める。それからゆっくりと頭をあげた。
……どうして、悲しそうな顔をするのですか、お父様。
怒りから顔を歪めているだろうと思い、叱られる覚悟はしていた。しかし、ニコラスは悲しそうな表情をしていた。親離れを寂しく思っているようにも見える。それはメイヴィスが想像していたものとは掛け離れていた。
「報告は聞いている。お前が弟子として認めた少年と理解の出来ない会話を繰り広げていたことも、その内容も知っている」
「そうですか。そのことに関することで王都に呼ばれたのでしょうか?」
「それもある。お前の口から聞きたかった。危険を冒してまでなにをしようとしているのか、直接、話をする必要があったからな」
「危険を冒すつもりはありません。お父様が望まれるのならば、弟子を説得した上で公爵邸の中で過ごしましょう」
「それを望んでいないことくらいわからないとでも思っているのか、お前は。愛娘を閉じ込めておくことを望む親がいるわけもないだろう。……私は事態が収拾するまでの間だと言ったはずだ」
ニコラスは大きなため息を零した。
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