第十三話 自尊心を満たす道具としての彼女
サエとの奇妙な交流は、それから二週間ほど、毎日続いた。
会うのはいつも夜で、出かけるところも、近くの公園やスーパー、時々ファミレスといった感じで、代わり映えしなかったが、それでも満足だった。
たぶん・・サエも満足している・・はずだ。
そうでなければ、毎日会いには来ないだろう。
こうなると・・・次のステップ・・いやこの関係を失わせないための確約が欲しくなる。
そう・・・付き合う・・というやつだ。
当然、彼女がいたことなどないから、どうすれば付き合えるのかは、よくわからない。
ただ、ググれば、マニュアルはいくらでも出てくる。
それらの記事によれば、やはり、自分の好意を伝える告白が必要なようだ。
断られたら・・・という不安は当然ある。
実際のところ、この二週間、サエとは毎日一緒にいるが、彼女が自分を異性として、どう思っているのかは全くわからない。
ただ、自分を頼りにしてくれているのは、わかる。
未だにサエは外に出る時は、自分の助けがいるし、そのことに感謝しているような言動や態度を見せてくれる。
もっとも、サエは、あまり異性というものを意識している素振りを見せない・・いや、無頓着といった方が正しいのかもしれない。
単なる友達・・・と思われているのかもしれない。
それに、例のあの人とやらも気になる。
焦りというか、ダメならダメではっきりとしておきたかった。
サエと日々過ごすたびに、キヨトの中で、彼女の存在は日々高まっている。
それは同時に失った時の喪失も大きくなることを意味する。
今なら・・・まだ耐えられるし、諦められる。
人は自分が時間をかけた対象には・・それが、モノであれ、人であれ・・執着するようになる。
そう・・キヨトの両親のように・・・
両親が子供に過度に期待するのも、自分が賭けたコストが大きいからだろう。
モノではないのだから、成長して、リターンを求められても困るのだけれど、そんな理屈は、自分の夢やら時間やら金を投げ売って、投資をした人々の耳には届かない。
要は愛というやつも金と同じ、等価交換の法則に支配されているらしい。
だから、今のうちに、コストが低い内に、リターンが得られるか見極めた方がいい。
「あの・・サエさん。」
「はい?・・・」
サエは、公園でいつものように、パンをぱくついている。
告白の場所として、この寂れた公園というのは、あまり良い選択肢には思えない。
だけど、ネットに書いてあった「静かな雰囲気」と「非日常感」という条件は一応満たしているから、成功の確率は・・まあ・・気休め程度には上がるはずだ。
「えっと・・その・・・」
サエは、こちらが言い淀んでいる姿を見て、不思議そうに首をかしげている。
サエの格好は、初めて会った時と同じ服、白いブラウスと、黒のロングスカートといった出で立ちだった。
そんな清楚な服に包まれたいかにも美少女然としたサエの顔を見ると、物怖じしてしまう。
不釣り合い・・
という単語が、脳裏に浮かぶ。
サエが自分といる理由は、いったいなんだ。
お互い引きこもり同士だから・・か。
サエが今のようなある意味不幸な境遇に陥っていなかったら、間違いなく自分のような人間とは一緒にいないはずだ。
「引きこもり」と「精神的な病」という大きなマイナスポイントがあるから、サエのような美少女が俺と同じレベルにまで落ちてくれた。
だから、大丈夫・・なはずだ。
キヨトは、告白が成功する理由をそう自分に言い聞かせて、さっきから、うるさいくらい鳴っている心臓の鼓動を、なんとか落ち着かせようとする。
「キヨトさん・・・どうしたんですか?」
サエは、少し心配そうな顔をして、こちらを見つめてくる。
それだけ、今の自分は挙動不審なのだろう。
実際、限界まで高まった緊張状態が長く続いているせいか、気分が悪くなってきた。
早くこの状態から、解放されたい・・
その一心で、キヨトは、事前に考え抜いたセリフをなんとか口にする。
「あの・・・サエさん・・・は・・ぼ、僕にとって・・た、大切な存在に・・その・・この数週間一緒に過ごしてきて・・だから、付き合って・・くれますか」
頭の中ではスラスラと言葉が出ていたが・・
いざ、現実にその言葉を発すると、支離滅裂になってしまう。
サエは、キョトンとしている。
何を言われたのか、わかっていないのでは・・と、不安になる。
「・・・えっと・・それはどういう意味ですか?」
サエの怪訝な表情を見て、キヨトの不安と恐れは急速に高まってくる。
「いや・・あの・・サエさんと・・その・・・付き合いたい・・というか・・あの・・こ、恋人に・・」
「恋人?ですか・・・それは・・」
サエは、顔をうつむかせて、何やら考え込んでいる。
ダメだ・・失敗した・・・
どんよりとした暗い気分が全身を覆う。
そんな生殺し状態のまま、サエが返事をするまで、ひたすら待ち続ける。
実際は、数十秒しか経っていないはずだが、そんな短い時間でも、耐えられそうになかった。
もうこの場から、逃げ出したかった。
「あの・・それは・・キヨトさんは、私とこの世界でパートナーになりたいという意味ですか?」
サエは、恥じらいの顔も、嫌悪の顔も、申し訳なそうな顔も、浮かべていない。
彼女が見せたのは、冷静な顔と、淡々とした言葉だけだ。
「・・・え・・そ、そうですね・・パートナー・・になりたい・・です」
まるで予期せぬ言葉を投げかけられると、ただオウム返しをして、肯定するしかない。
「そう・・いうことなら、いいですよ。私は、この世界に今、パートナーはいませんし。この世界の人間は、キヨトさん以外に知っている人もほとんどいないですし。」
OKしてくれた・・ということ・・でいいんだよな・・
サエは、相変わらずほとんど表情を変えていないし、言っていることも、何かズレている。
でも・・とりあえず、サエは承諾をしてくれた・・
それだけは、間違いない・・
「あ、ありがとうございます・・・あの、こ、これからも・・よろしくお願いします・・」
「はい。こちらこそ。」
キヨトは何かをしなければという衝動に駆られて、思わず、頭を下げていた。
サエも、お辞儀をする。
なんとも妙な感じ・・だ。
想像していたのとは、大分違う・・
でも、ドラマではないのだから、現実はこんなもの・・なのかもしれない。
・・とりあえず、成功・・・したのだ・・
俺は、サエ・・こんな美人な女・・・と付き合える権利を得たんだ・・・
その事実だけで、十分だ・・・
サエと別れて、自分の家に戻ってきた時、ようやくキヨトは先ほどの出来事を冷静に考えられるだけの余裕が出てきた。
緊張感から解放されたせいだろうか、それともサエと付き合えるという事実が、ようやくキヨトの頭の中で現実感を持って考えることができたせいか・・
どちらにせよ、今この瞬間・・・過去数年間でも・・いや人生の中で、これほど最高の充実感に包まれたことはなかった。
やったのだ・・ついに手に入れたのだ・・・
こんなに嬉しいとは正直意外だった。
認めたくはないけれど、女と付き合ったことがない・・という事実は、自尊心をそれほど深く傷つけていたのだろう。
だが・・・俺は、自分の力で・・そのコンプレックスを乗り越えた・・
ベッドに横になっても、とても寝られそうにない。
さっきから、頭は冴え渡っている。
明日のことを・・未来のことを・・・考えると不安にさいなまれて、寝られないことはそれこそ何度もあった。
だが、今みたいに興奮して、眠られないということは、一度もなかった。
客観的に考えれば、自分は昨日と何も変わっていない。
だが、何というか自信が体中に満ちていた。
スマホを開けば、ツイッターでフォローしている非モテのミソジニーどもが、いつものように女の文句を言っている。
その、恨み辛みを吐いているツイートを見ると、心底嬉しくなってしまう。
俺は勝ったんだ。
この負け犬どもよりもはるか上に行くことができた。
そう・・・引きこもりであることを考慮しても、俺の今のスペックは明らかにこのクズどもより上だ。
いや・・・こいつらだけじゃない。
普通に高校に言っている奴らどもだって、サエみたいな・・・あんな美人な彼女なんていやしない。
俺を引きこもりだとバカにしていた奴らもまとめて乗り超えたんだ。
俺は・・意外と・・いや思っていたとおり、普通と違う力を持っている。
これなら、俺なら・・きっと女だけじゃない・・他のことも成功できるはずだ。
言いようのない高揚感に包まれたまま、結局キヨトは朝になるまで、ずっと起きていた。
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