第20話



「そういうわけで、騎士団と薬屋ベディートの橋渡しは俺がすることになったよ」



 騎士団にいくつかの薬を売ることになり、取引の担当がエクトルになったことを、薬を買いに来た本人から聞かされた。その役を決める際少し揉めたらしいが、私としては知っている相手の方が気が楽なので大変助かる。

 そもそも、私は騎士とは関わりたくなかったのだ。いざという時の保険があり、友人であるエクトルがいるからこそ、少しだけお手伝いができればいいと思うようになっただけで。別に、他の騎士たちと深いかかわりは持ちたくないのである。



「では、改めてお取引もよろしくお願いします」


「うん、任せて。不都合があったらいつでも気軽に言ってね、俺もできるだけ上に意見するから」



 いつもの笑顔で笑ってそう言ってくれるので、大変頼りになる。エクトルなら私が不利になるような取引はしないでくれるだろう、という信頼感があった。


(……元気そうだし、それもよかった)


 前回の帰り際は地獄の淵にでも立ってしまったような絶望感を漂わせていた彼だが、上手く立ち直ったらしく、失敗を気にしている様子は顔にも予想線にも全く見えない。

 私としてはフェフェリの花は嬉しいお土産だったので、彼に引きずる様子がなくてよかったと思う。むしろまた摘んできてほしいくらいだ。



「やっぱり君の薬はよく効くって評判がいいよ。俺の頬も三日で治ったし……特別な調合してるの?」


「薬のレシピは秘密ですし、他の店の作り方も知りませんが……変わっているかもしれませんね」



 何せ、治癒魔法使いの家系に伝わる薬のレシピである。色々と特殊であっても可笑しくはない。その薬を、治癒魔法使いである私が作るから余計に効果が強く出るのだ。……エクトルに渡した分は魔法薬なので、特別効果があるけれど。



「そういえば、右手の訓練も始めたよ。剣を振れるようになれば両手で扱える気がする。いわゆる双剣使いってやつになれるかも?」


「それは、すごいですね」



 エクトルの元々の利き手は右手なのだ。暫く使えなかった手だが、勘を取り戻すのは難しくないと言う。力さえ戻れば両方の手で剣を扱える双剣使いになれるかもしれない、と団長からも期待されているらしい。

 双剣使いというのは過去にも何人か居たらしいけれど、かなりの技術と器用さが必要になるという。それに、盾を持てないので堅実な戦い方は出来ない。余程の実力がないと、怪我をしやすくなるだけだ。



「……怪我、しないでくださいね」


「心配してくれるんだ?」


「友人は心配するものだと思うのですが」



 エクトル以外の友人がいない私でもさすがにそれは分かる。親しい相手の心配はするものだ。

 それを聞いた私の唯一の友は「そうだね」と同意しつつ、喜びと悲しみの色を同時に伸ばしていた。……心配されたり親しみを持たれたりしているのは嬉しいけれど、ただの友達扱いはちょっと悲しいといったところだろうか。



「あのさ、よかったら今度どこか、遊びにいかない?」


「遊びに、ですか?」


「うん。俺は顔を晒して歩けないから、いける場所は限られるけど。友達っていうのは一緒に遊ぶものだと思うんだよね」



 それは、そうなのかもしれないけれど。彼の頭上の色を見ればそれだけでないのは分かるというか。

 おそらくこれは逢引の誘いなのだ。断ろうと思った瞬間に半透明の青色が伸びたので、断れなくなった。半透明の感情色が伸びるということは断るだけで数日は引きずるということである。

 友達として遊びに行くくらいなら普通にあることだ、と自分を納得させた。……友達をわざわざ悲しませたいとは、私も思っていない。



「いいですけど……私、そういう経験がありませんので、どうしたらいいのかよく分かりませんよ?」


「え?」


「ずっと友人を作らないようにしていた、と言ったではありませんか。友人と遊びに出かけたことだって、ありませんし」



 たまに、ジャンが食事に連れて行ってくれることはあっても、それ以外は基本的に仕事のために動いている。働くか、働くための準備をするか。両親を失ってから、遊ぶ、という行動をした覚えがない。

 いや、薬の材料を集めたり薬を作ったりするのは楽しいから、これが趣味で遊びだと言われたらそうかもしれないが。



「……実は俺もあんまりないからさ、本当は何をしたらいいかなんてわからないんだけどね」



 そういえば、彼の親友であるカイは貴族だった。どういう繋がりなのか詳しく聞いてはいないが、自由に遊びに行ける環境にないのは分かる。そして難しい性格である彼の友人が私とカイ以外にいないのではないか、ということも簡単に想像できた。



「でも俺は君と出かけたいと思ったんだ。……行きたい所とか、やってみたいこととか、ない?」


「……そうですね、考えてみます。参考までに、カイ様とはどんな遊びをしてたんですか?」


「うーん参考になるのかなぁ……狩猟に行ったり、カードをしたりはしてたけど」



 狩りやカードでのゲーム。どちらも経験ないが、前者は恐らく私には無理だ。室内で遊ぶカードゲームや盤上遊戯の存在は知っていたが、ルールすら知らない。教えてもらえばできるかもしれないけれど。


(いや、そもそもエクトルさんは出かけたいんだっけ……町を歩くのは危ないから、行くなら町の外になるんだろうけど)


私の行きたい場所、やりたいこと、となるとかなり限られる。フェフェリの花を見て思い出した「行ってみたい場所」はあるのだけれど、エクトルにとって楽しい場所ではない気がする。……とりあえず訊いてみるしかないが、望み薄だ。



「あの、普段とあまり変わらないかもしれないですけど……シュトウムという花の群生地が、森のどこかにあるらしいんです」


「シュトウム……? 初めて聞く名前だね」


「ええ、珍しい花ですから。知らない人の方が多いでしょう」



 子供の頃に父親から聞いた話だ。いつも採集に行く森のどこかに、シュトウムという花が咲き乱れる湖がある。父は道に迷って偶然そこを訪れることができたけれど、もうそれがどこにあったのか分からない、という。

 シュトウムは幻惑花とも呼ばれ、人の認識を阻害する作用があるため、その花が大量に自生している場所というのはとても見つけにくいし、見つけたとしても己の位置を見失いやすい。

 私は見たことがないが、多分、シュトウムは魔力を含んだ花だ。魔法使いなら平気なのだろうけれど、普通の人間は惑わされる。



「父が言うには、そこには珍しい薬の材料がたくさんあって……薬を作る者にとっては、それはもう夢のような場所だったと」


「へぇ、なるほど。でも全くどこにあるか分からないんだね?」


「まあ、はい。そうなります」



 そこに行ってみたいと思っていたのは子供の頃の話で、いつの間にか忘れていた。行きたい場所と聞かれて話してみたものの、本当に行けるとは思っていない。子供に夢を見させるための、父の作り話かもしれないのだし。おとぎ話のようなものと認識している。

 現実味のない行先を提案してしまったので、直ぐに「冗談ですよ」と言おうとしたのだが。エクトルは笑顔で頷いて見せた。



「うん、じゃあシュトウムの湖、でいいのかな。それを探しに行こうか」


「……え? いいんですか?」


「だって、行ってみたいんでしょう? 宝探しの冒険みたいで面白そうだし、見つからなくてもピクニックはできるだろうし、楽しそうだよ」



 それが嘘でないことは予想線を見れば分かるけれど。受け入れられると思っていなかったので、私が困惑する。広い森のどこにあるのか、本当にあるのか分からない場所を探さなければならないのに、それに付き合ってくれるなんて。徒労に終わったら申し訳ない。



「でも、場所は本当に分かりませんよ?」


「うん。だからある程度絞っていくべきだけど……あの森は広いけど無限じゃないし、俺達騎士団は結構広範囲を巡回して、魔物の討伐をしてるんだ。そこはまず除外していいでしょ、それから……」


「あ、待ってください。あの森の地図があるので、持ってきます」



 父が残してくれたもので、どこでどんな薬草が取れたかが書き込まれている地図がある。私が一人で薬屋を始めることになった時、とても役に立ったものだ。

 その地図をテーブルに広げ、二人で覗き込んだ。それを見ながらまず可能性が低い場所を切り捨てていく。騎士団の巡回ルート、人の出入りが多い所や、森を抜けるための道の近辺はまず除外された。



「それから、君のお父さんがよく採集に行ってた場所は分かる? 迷ったって話だけど、その場所からそう遠くないんじゃないかと思うんだよね。遭難するほど遠いって訳でもないなら、この町寄りだと思うし……」


「……なるほど」



 真っ直ぐ突っ切って抜けるのには半日もかからないが、横広がりで広大な森。けれど、騎士団が広く巡回してくれているので「未踏地域」は大分絞り込める。その中でも父が採集に向かっていた場所から、ほど遠くない所を探してみるとなれば――。



「……このあたり、ですかね」


「うん。偶にその近くではぐれる奴、いるし……あり得ると思うよ」



 夢のような場所が、急に現実味を帯びてきた。心が躍る気がするし、何だか少しふわふわしている気もする。……子供の頃に夢見た場所だ。少しばかり童心に帰っても、許されるだろう。



「シュトウムの湖がここにあると、いいですね」


「そうだね、あるといいね」



 つい笑顔になりながら顔を上げると、エクトルが柔らかく目を細めて私を見ていたことに気づいた。頭を突き合わせるように地図を覗き込んでいたから、それなりに顔が近い。はちみつ色の瞳には、予想線を見なくても分かるくらいに愛しさで満ちている。それに驚いて心臓がちょっと強めに波打った。

 ……なんというか、そういう顔は反則ではなかろうか。見ていられなくて目を逸らしてしまった。



「いつ探しに行こうか?」


「来週、いえ再来週はどうでしょうか。色々準備がしたいので……エクトルさんの都合は?」


「大丈夫。再来週だね、楽しみだなぁ」



 必要なものをあれこれ思い浮かべていたら、その日のお弁当は何にするべきか、という考えに思い当たった。せっかくだからエクトルの好みを訊こうと尋ねたら、意外な答えが返ってくる。



「サンドイッチ、ですか?」


「そう。初めて護衛したときに食べたやつ。あれが食べたい」


「あれが好きなんですか? 分かりました、お昼はそれにします。他には何が要るかな……」



 たくさん詰めて持っていこう。再来週の話だというのに、すでに楽しみで仕方がない。少し浮かれて当日のことに思いをはせていた私は、エクトルがにこにこと笑いながらずっと自分を見ていることに気づかなかった。

 


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