55話 湖(みずうみ)

 ────洞窟から徒歩で移動すること、約3時間。

 

 チロたちはゴーダに先導され、湖のほとりに到着していた。


 それは、決して楽な道のりではなかった。


 食肉植物の生息域、無数の角モモンガが飛び交う密林、ポコポコと異様な臭気のガスを発生し続ける沼地…………それらの危険地帯を乗り越えた末に、ようやくここまでたどり着いたのだ。


「どうだ、でかいだろう!」

「ぜぇ、はぁ……確かに、大きい、ですね……」

「すごく大きい……わたし、こんなに大きいの、はじめて見た」

「キュアッ、キュアッ」


 ゴーダが示す先に姿を見せた湖の広大さに、チロたちは驚きの声を上げた。


 湖は、チロが転生した当初に拠点としていた池とは比べ物にならないほど大きく、その広さは対岸の陸地がかすんで見えるほどだった。

 

 水は透明度が高く澄んでいるのに、水底を見ることはできないのだから深さも相当なものだろう。


「ここはな、嫁さんとよく一緒に来た思い出の場所なんだ。はじめて来たとき、あいつと一緒に水浴びをしてると急に水の中から触手が現れてな……」

「お父さん、わたし、ちょっと泳いでくるね」

「キュアッキュッ!(チャポンッ)」 

「はぁっ、はぁっ……俺はちょっと、休憩……」


 ゴーダがなにか語り始めたが、ヒナとキングはそれをスルーして水遊びを始めた。

 ヒナはゴーダの肩に、キングはチロの頭に乗ってここまで来たので、体力が有り余っているのだろう。


 チロだけが疲労困憊ひろうこんぱいしているのは、自分の足で歩いてきたからというのもあるが、やはり『体力F』という底辺の能力値がその原因であることは間違いない。


「────そこで俺は、触手の一本を力任せに引きちぎってやったんだ。すると触手の本体が慌てて湖の底に逃げ出したんで、俺はそれをバタ足で追いかけてな……」 


 荒い息を吐きながら空を仰ぐチロの耳に、自分語りを続けているゴーダの武勇伝が飛び込んでくる。


 それに「はぁ」とか「えぇ」とか生返事を返しながら、チロは視線を湖に移した。


 太陽の日差しをキラキラとはじく湖面を、ヒナが水しぶきを上げながら泳いでいる。


 ゴーダ直伝なのか、それても遺伝なのか、ヒナの泳ぎ方は体をベッタリと水面につけてのバタ足だ。 


 美少女が「キャッキャウフフ」している場面を見ながら疲れを癒そうと思っていたチロは、小さく息を吐きながら肩を落とし、仕方なく自分で呼吸を整えることにするのだった。


 

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