54話 ゴーダの想い

「……俺はなぁ、チロ。この世界に生まれ変わってから、色んなことを諦めながら生きてきた。

 本を読むこと、酒を飲むこと、バイクに乗ること…………そして、うまいものを食うこと」


 ────体内に醤油的な液体である『ショーユ』を作り出す植物、『ムンクさん』を見つけてから数日後。


 洞窟に現れたゴーダは、薄切りにして茹でた角ウサギの肉をショーユにつけて食べながら、そんなことをチロに語っていた。


「中でも、うまいものが食えないのはやっぱりキツくてなぁ…………

 とくに、嫁さんにこの世界のことを色々と教えてもらって、ゴブリンが人間と敵対している種族だって分かった時には、ガラにもなくへこんだりしたもんだ。

 なんたって、塩にしろ香辛料にしろ、人間と取引しなきゃ手に入れられないものばかりだからな」


 ひょいぱくひょいぱくと、チロが『制土』によって作り出した陶製の箸をいそがしく往復させながら、ゴーダは独白を続ける。


「綺麗な嫁さんに、可愛い娘…………前世と違って自分の家族を持てた俺は、幸せもんだ。それは間違いない。

 ────だけどなぁ、チロ。どうしても忘れられないんだよ。

 炭火で焼いた、焼き鳥の匂い。

 揚げたてのトンカツの、サクっとした歯ごたえ。

 ラーメンの喉ごし、お好み焼きのソースが焦げる香り、イクラのプチプチとした食感……

 どれもこれも、まるで今食べたばかりみたいに、はっきりと覚えている。

 ……なのに、肝心の『味』だけは、時間が経つにつれどんどん記憶から消えていっちまうんだ。

 塩っ気すらない、ただ焼いただけの獣肉を食べているうちに、舌が上書きされちまうんだよ。

 いっそのこと匂いも音も食感も、全部忘れられたら楽だろうに、まるで忘れられないんだ。

 俺がどれだけ食い物の『外側』を鮮明に覚えていたところで、その『中身』はもう手に入らない。

 二度と味わえない。

 だから俺は、ずっと諦めていた。

 …………お前に、会うまでは」


 角ウサギ一匹分の肉をひとりで食べ尽くしたゴーダは、手に持っていた箸を地面に置くと、真剣な目でチロを見つめた。 


「お前に会って、俺は塩の味を思い出しちまった。

 塩で味付けされた料理の味を、思い出しちまった。

 それどころかつい先日、お前は醤油そっくりの調味料まで見つけてきて、俺に故郷の────日本の味を思い出させちまった…………」

 

 ゴーダは哀愁のこめられた声でそう言うと、すっとその場に立ち上がり、また言葉を続けた。


「だからなぁ、チロ。俺は……………………焼き魚が、食いたいんだ」

「…………」

「魚を串に刺して、火で炙って、シトラ草をちょっと絞って、その上からショーユをかけて食いたいんだ。お前はどうだ、食いたくないか?」

「めっちゃ、食いたいです」






 ガシッ






 チロも立ち上がり、ふたりはレスラーと幼稚園児ほどに大きさの違う手をガッシリと握り合った。

 そして、


「「魚釣りに、行こう」」


 そういうことに、なった。







「わたしもいくー」

「キュアァッ」


 そしてもちろん、ヒナとキングも付いていくことになった。



 

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