52話 黒い液体
「…………」
孤独死して、そのまま誰にも見つけられずに腐敗してしまった老人を
目や口から黒い液体を垂れ流す植物など、もはやファンタジーではなくホラーである。
ヒルヒルを食したチロすらも引かせる、生理的な嫌悪感。
もはや目の前の物体を『食べ物』として認識することは、さすがのチロでも不可能だった。
「チロ、どうしたの…………ひぃっ!?」
「キュアッキュ…………キュアッ!?」
動きを止めたチロを心配してヒナとキングが近寄ってくるが、チロと同じ光景を見てしまったふたりもまた、声を上げて硬直する。
「チ、チロ…………わたし、こわい…………」
「キュ、キュアァ…………」
そしてヒナはチロの腕に、キングはチロの頭にしがみつき、声と体を恐怖に震わせた。
そうなっても仕方がないと思うほど、ムンクさんの姿は不気味だったのだ。
チロはふたりにしがみつかれながら、未だに黒い液体を垂れ流し続けるムンクさんを見下ろす。
今まで採取したものを食べずに捨てたことなどないが、ムンクさんの場合はうまいとか、まずいとか、体に悪そうとかいう次元ではなく、食べたら魂が呪われてしまいそうだった。
「これは、外に捨ててくるね…………」
『制土』で皿を作り出し、チロは黒い液体に
チロの鼻先に、黒い液体から放たれるにおいが漂ってくる。
「────っ!?」
そして、そのにおいを嗅いだ瞬間、チロの目は驚愕に見開かれた。
「チ、チロ……?」
「キュッ、キュアァ……?」
ヒナとキングが心配そうに声をかけてくるが、それを答える余裕はチロにはない。
「…………」
無言のまま、チロは震える指をムンクさんから流れ出た黒い液体に近づけ、なぞった。
そして、指の腹についた黒い液体をジッと見つめたかと思うと────
────それを、舐めた。
「チロっ!」
「キュアァ!」
ヒナとキングが、常軌を逸したチロの行動に声を上げた。
慌ててヒナがチロの手を掴み、口から引き離す。
だがチロは驚愕の表情を浮かべたまま、凍りついたように固まってしまっていた。
もう、遅かったのか。
すでにチロは、呪われてしまったのか。
ヒナとキングが恐怖を宿した目で見守る中、チロの口が、ゆっくりと動いた。
そして、
「しょ……………………醤油だ…………」
ふたりには理解できない言葉を、ぽつりと呟いたのだった。
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