第三章

45話 新たな暮らしは煙とともに

 洞窟の拠点に新しくヒナという住人を迎え入れてから、約ひと月が経過していた。


 ヒナが増えたことにより会話も増え、洞窟の中はチロとキングのふたりで生活していた頃よりも格段に賑やかになっている。


 そんなある日、


「ふぅ……これで全部か」

「いっぱい、あるね」

「キュアッ、キュアァッ」


 チロとヒナは(キングは見てるだけ)大量の塩漬け肉を塩抜きし、それを山のように積み上げていた。

 誇張ではなく、まさに肉の山である。


 その頂上が、チロの目線と同じ高さにあるくらいだ。

 

「さて、肉の方は準備できた訳だけれども……」


 と、チロが肉の山から洞窟の入口の方に視線を移す。


 すると、ちょうどそのタイミングで暗闇の中から姿を現した人影があった。

 

「────チロの兄貴、言われた通りに乾いた枝を拾ってきやしたぜ」


 現れたのは、ゴルジだ。


 背中に大量の枯れ枝を背負ったゴルジが、「こいつぁどこに置きゃいいですかい?」とチロに尋ねる。


「ありがとうゴルジさん。それは向こうにある小屋の近くに置いといて貰えますか」

「へい、分かりやした。……ですが、チロの兄貴。若いもんに示しがつかねぇから、オレのことは呼び捨てでお願ぇしますと何度も……」

「あ、あはは、ほら、今日はゴルジさんだけですし、他のひとがいるときには、ちゃんとやりますから…………たぶん」

「……はぁ、お願ぇしますよ? じゃあ、こいつはあの四角い小屋の前に置いておきやす」

「よろしくお願いします」


 チロは「敬語もやめてくだせぇって言ってんのになぁ……」とブツブツ呟きながら枝を運ぶゴルジを見送りながら、その先にある大きな小屋を視界に入れた。


 ゴルジの言う通り、屋根が真っ平らで窓もない、箱のような外見の小屋だ。


 チロたちが中に住むためのものではない。

 

 洞窟自体が巨大な家のようなものなので、その中にわざわざ小屋を作って住む必要などないのだ。


 ならば、あの小屋はなんなのかというと…………


 実は、燻製くんせい小屋なのである。


 ヒナの父親であるゴーダが、以前宣言した通りに週2~3回は自らが狩った獲物を持って訪れるのだが、毎回その獲物が大きすぎるため、食べきれずに大量の肉が余ってしまうのだ。

 

 それを無駄にしない為にはどうしたらいいかと話し合い、たどり着いたのが燻製にするという結論だった。


 チロは燻製など作ったことがないのだが、意外にもゴーダがその作り方を知っていたのである。


 前世では外食中心の食生活で生活力が皆無だった為、『生活魔術』スキルすら持ち合わせていなかったゴーダだったが、なんでも大学のときにやっていたラグビーの監督が無類の燻製好きだったのだそうだ。


 そしてその監督は、『団結を固めるため』だとか、『うまいものを食って士気を高めるため』だとか理由をこじつけて、定期的に『燻製パーティー』なるものを開いていたらしい。


 燻製パーティーではただ燻製を食べる以外にも、監督が長々と燻製の素晴らしさや作り方の講釈を垂れるため、それを聞いていたゴーダも自然と作り方を覚えてしまったのだという。


 そしてチロがゴーダからその知識を伝授され、今に至るというわけだ。


「よしっ、じゃあまずは吊るして乾燥からだ!」

「おー」

「キュアァッ」

 

 チロが気合を入れ、ヒナもそれに続いて声を上げ、作業が開始された。


 キングにはもちろん手伝えることなどないので、その鳴き声が「がんばって美味いものをつくれ」という意味だったのは、言うまでもない。

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