第37話 決意

 ゴルジたちを縛り上げて洞窟の床に転がしたチロだが、結局なんの解決にもなっていないことに気づき、頭を抱えた。


 いずれ、ゴルジたちは麻痺から回復する。


 蔓でがんじがらめに縛っているから暴れることはできないし、もし暴れたとしても、またキングのアイフラッシュで痺れさせれば危険はない。


 だが、それを繰り返すことに意味はなかった。


 彼らは族長の娘であるヒナを取り返すことを諦めないだろうし、ヒナはチロと共にいることを望んでいる。


 その齟齬そごを解消しない限り、ヒナはいつまでも追われ、チロもいつまでも襲われることになるのだ。


 これから先も安全に、そして安心して暮らすためにはやはり、ヒナの父親である『族長』と話し合う以外に方法はない。


 そう思い、チロはその考えをヒナに伝えた。


「だから、お父さんのところに案内してくれるかな」

「……でも、お父さんは優しいけど、怖いところもあるし、すごく、すっごく、強いよ?」


 ヒナは、それでも行くのか、と念を押してきた。


「行くよ」


 チロは、はっきりとそう答えた。


 前世のチロであれば、『誰かがなんとかしてくれる』『そのうち自然となんとかなる』などと、他力本願かつ投げやりに考え、自分から動くことなどなかっただろう。


 だが、ここには失敗を補ってくれる先輩も、逃げ込めば守ってくれる警察のような組織もない。


 それになにより、


「俺がそうしなきゃならないと思うから、俺がそうしたいから、行く。

 行って、ヒナとこれからも仲良くしたいって、ちゃんとお父さんに伝える」


 チロは文字通り、生まれ変わったのだ。


 一度死に、前世の自分の生き方を反省し、今度は楽な道に逃げることなく本気で生きようと決めたのだ。


「チロ……かっこいい……」


 ヒナの表情や声には、チロに対する好意が溢れていた。


 その好意を、チロは自分でも驚くほど素直に受け取ることができた。


 そして、気づいた。


 前世では、自分自身のことが好きではなかったのだと。

 自分をかっこいいと思ったことなど、一度もなかったのだと。


「……やっぱり、俺、生まれ変わってよかったよ」


 チロは、今の自分が好きだった。


 力もなく、そのうえバッドスキルまで付与されている弱いゴブリンだが、それでも一生懸命に生きている自分をかっこいいと思えた。


 だからこそ、自分を好きだと、かっこいいと思えるからこそ、ヒナの好意を受け入れることができたのだ。


「行こう」

「……うんっ」


 ヒナの手を握り、チロは洞窟の外へ向かって歩きだした。


 槍も毒もたずさえていないが、その足取りに恐れはない。


 かつて営業職であったときには使うことのなかった、『想いを込めた言葉』を武器に、チロは強敵に立ち向かおうとしていた。





 




 …………もちろん万が一のことを考えて、その頭の上に切り札であるキングが乗っているのは、言うまでもない。

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