第18話 裏切りの串焼き

 ヒルヒルをさばいてみた。


 吸盤のような口にはみっしりと無数の小さな歯が生えていたが、骨はない。


 軟体生物である。


 その皮はゴムのように弾力があり、中の肉質は柔らかくて水っぽかった。

 

 なにかに例えるなら、ホルモンの『マルチョウ』に似ているだろうか。


「…………」


 それならばと、チロは二枚に下ろしたヒルヒルの切り身を木の枝に刺し、火で炙ってみた。


 もちろん、洞窟からは離れた場所でだ。


 洞窟の近くで火なんてこうものなら、大量のヒルヒルが焚き火めがけて襲いかかってきてもおかしくはない。


 火にかけると、ヒルヒルの切り身は沸騰したかのようにグツグツと泡立ち、白い体液をボタボタと垂らしながら焼けていった。


 


 そして────







 ────あっという間に、カッサカサの木の皮みたいなものが出来上がった。


「なんでだっ!」


 すごい勢いで汁が出るな、とは思っていたが、最初のプニプニとした質感は見る影もない。

 

 おそらく、肉の部分はほぼ水と脂で出来ており、火で炙った結果それが溶け出して、最終的に焼けた皮だけが残ったのだろう。


 ホルモン焼きのようなものを期待していただけに、その落胆は大きい。


 だが、せっかく焼いたのだ。

 もちろん食べてみた。


「……うん」


 見た目通り、ゴムのような質感は消えていた。


 焼いた鶏皮のようにパリっとしているわけでも、スルメなどの珍味のような歯ごたえがあるわけでもなく、その食感は…………そう、ボール紙に近い。

 

 ちょっといいコピー用紙なんかを買ったときに、一緒に入っているあれだ。 


 そのボール紙みたいな食感のヒルヒル焼きを、ムシムシと噛み締める。

 噛んでも噛んでも、汁気はまったくない。


 むしろ口の中の水分を根こそぎ奪われていく。


 そして、味もほとんどしなかった。


 まさに焼いたボール紙を食っている、そんな感じだ。


「これを食うことで、俺になにか得はあるんだろうか……」


 そんな疑問が思わず沸き上がってくるくらいに、ヒルヒル焼きからは旨みも、栄養も、何も感じられなかった。


 一口だけ食べたヒルヒル焼きを火の中に放ると、焚き火の後始末をして、チロはまた洞窟の入り口に向かった。


 こうなったら『洞窟の中には、きっと素敵なものがある』とでも考えなければ、やってられなかったのだ。

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