第三章
024 口を滑らす遊薙さん
『さ、
「……なに」
電話越しの
この日、僕は遊薙さんからの『電話がしたいです』というメッセージで、仕方なく読書を中断した。
なんだか最近、電話の回数が増えている気がする。
それにどういうわけか、僕もその頼みを承諾してしまいがちだ。
映画鑑賞中はスマホを全く見ないので、その時はどんな内容であれ、メッセージはスルーしてしまっているけれど。
しかし、これは非常に良くない。
いつの間にか、だんだんと僕の生活に遊薙さんとの会話が浸透してきてしまっている。
きっと彼女の積極性と、コミュニケーション能力の高さがそうさせるのだろうとは思うけれど、早めに対策を取らなければ。
まあ、今日のところはそれはさておき。
「なんか、嫌な予感がするんだよね、君のその言い方」
『ま、まあなんと言いますか……報告と言うか、お願いと言うか……』
「だから、なに」
『……ち、ちょっと友達に……バラしてしまいまして……』
「バラした? なにを」
『……付き合ってること』
「えっ」
思わず、僕はスマホを耳に当てたまま固まってしまった。
呆れた女の子だ、本当に。
「それって
『お、覚えてる! でも、今回はどうしても打ち明けたくなっちゃって……』
「僕に確認も取らず?」
『う、うん……』
電話越しでも、遊薙さんが小さくなっているのがわかった。
彼女のことだから本当に止むに止まれぬ事情があったんだろうし、反省もしているんだろうけれど。
「……そっか。じゃあ、今までありがとう」
『えっ⁉︎ ちょっと待って‼︎ 桜庭くん⁉︎』
うるさっ。
あまりの音量に、僕はスマホを耳から遠ざけた。
このまま切ってしまおうかとも考えたけれど、後が怖いのでやめておくことにする。
『桜庭くんお願い‼︎ もしもし⁉︎』
「……聞こえてるよ、落ち着いて」
「はぁぁぁあ……」という長いため息が聞こえた。
こうなるってわかってたろうに……。
まあ、どのみち僕から別れを切り出すのは、よっぽどじゃなければ悪手だ。
あの3つの条件は実質、遊薙さんの暴走を防ぐための抑止力に過ぎない。
だからこうして約束を破られても、実は僕にはなにも出来ないんだけれど、かと言って全く危機感を与えないわけにもいかないのだった。
抑止力がちゃんと、抑止力であるために。
『ご、ごめんね桜庭くん‼︎ ホントにごめんなさい‼︎』
「べつに謝らなくていいよ。ただ、条件を破ったら別れるって、それだけだからね」
『えぇ⁉︎ やだやだやだ‼︎ 許して‼︎ お願い‼︎』
「だから、許してるよ。と言うか、怒ってないし」
『そうじゃなくてぇ……。え、ホントに終わり……? もうダメ……?』
本当は終わりじゃない。
だけど、必要な分のお灸は据えないといけない。
ただ、思ったよりも罪悪感が強いな……。
まったく、この人は……。
「……一応、事情だけ聞かせて」
『……う、うん』
彼女の話は、つまりこういうことだった。
僕には言えないなんらかの理由で、遊薙さんは僕には言えないある人物に、この関係を打ち明けずにはいられなくなった。
条件に違反してることはわかっているし、今後同じようなことは絶対にしない。
だから今回は不問にして欲しい。
「……ずいぶんと遊薙さんに都合のいいお願いだね」
『うぐっ……そ、そうなんだけど……そこをなんとか……!』
「それじゃあ、僕は君が秘密を話したその相手が誰なのかもわからず、その人には一方的に僕らの関係が知られてる、ってことだよね」
『そ、そういうことです……』
「その人が秘密をバラさない保証は?」
『ほ、保証は……ないです』
「ふぅん」
しばしの沈黙。
遊薙さんも今回は、さすがに大人しくしていた。
実は彼女の行動は、僕にとってはかなり意外なものだった。
付き合ってみてわかったことだけれど、遊薙さんは本当に、そしてかなり、僕のことが好きらしい。
にわかに信じがたいことではある。
だけど、信じざるを得ない遊薙さんの言動が、これまでに数え切れないほどあったわけで。
そしてだからこそ、彼女がこんなにも僕にメリットのないことをするというのに、驚きを隠せない。
しかしそれこそが、彼女の事情が本当に止むを得なかったのだということを、逆に強調しているのかもしれなかった。
「……もしもどこかから秘密が漏れた場合」
『は、はい……!』
「君にも白戸さんにも、その誰かさんにも心当たりがなかったとしても、契約破棄ってことにする。それで、今回は大目に見るよ」
『ほ、ホント……?』
「それから、もう例外はない。これ以上はどんな事情があっても、勝手に誰かに話したら別れる。どうしてもって言うなら、事前に相談して」
『う、うん! わかった! 絶対そうする!』
はぁ……。
まあ、こんなところだろうか。
電話の向こうの遊薙さんは、すっかり元気を取り戻していた。
やれやれだ。
ちょっと僕も、これからの身の振り方を考え直さないといけないかも知れないなぁ。
『あ、桜庭くん!』
「……なに、今度は」
『……そろそろ私も名前で呼んでもいい?』
「調子に乗らない」
今度こそ通話を切って、僕は長い息を吐いた。
そのままベッドに横になって、閉じていた本をまた開く。
…………。
……。
「……あれ?」
……私“も”、ってなんだ?
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