第61話 ほう、これほどとは(悪い意味で)。

 私達は追っ手から一刻でも早く追いつかれるようにペースを落として進んでいた。しかし予定通りにはいかなかった。追っ手側もペースを落としてきたからだ。追っ手には優れたものがいるのか? 答えは否である。純粋に追っ手を指揮しているはずの貴族(笑)が疲れて速度が落ちたためだ。正直にここまでダメダメだとは思わなかった。というわけで軌道修正を行った。平たく言えば、休憩と称して相手を待ち受ける方針に変更する旨をみんなに伝える。



「えーと、何と言いましょうか、予想以上に相手が無能でした。というわけで少し作戦を変更します。」



「えーっと、どういうことですの?」



「はい、当初はペースを落として追いつかれるという状況を作り出そうとしたのですがね、こちらがペースを落としたはいいのですが、何と相手のペースも落ちてしまってですね、一向に差が縮まらんのですよ。」



「え? それって、わたくし達との距離を一定に保つ考えではないのですか?」



「それが違うんですよ。何か相手の方は疲労しているみたいで、向こうが勝手にペースダウンしているような状況なんですね、これが。」



「それも、こちらを惑わす作戦ということはないのですか?」



「ええ、これがランバラル近衛兵長やオルステッド軍団長なら話はわかりますが、考えてもみてください。寄生虫のごとく王都の富をむしばんでいる一貴族の関係者が、ミノタウロス戦で大した活躍もできていない雑魚冒険者と、アンジェリカさんいわく、ふがいない兵士達を率いているのですよ? そんな高等な戦術を使えるかどうか、また、仮にその戦術を採ったとしても、相手と戦力が互角ならともかく、こちらは正直言って、ミノタウロスと1対1でも戦えるくらい戦力に差がありすぎます。つまり、戦力分析が相手にはできていないんですよ。そんな連中が相手との距離を一定に保つような作戦を採ってくると思いますか?」



「そ、それはそうなんですけど。」



「それに、向こうの目的は、アンジェリカさんを拉致することであり、私達を殲滅するのが目的ではないですよね。ということは、一定の距離を保つ作戦は採ることがないのです。」



「確かにそうですわね。向こうの狙いはわたくし。はあ、確かに馬鹿以外の何者でもありませんわね。では、新たな作戦をお願いいたしますわ。」



「では、作戦を少し変更します。私達は追っ手を待ち受けてそこで殲滅する作戦に変更します。そこで、もう少し進んで休憩できそうな場所で待ち受けることにします。では、まず、マーブル隊員とジェミニ隊員は、接敵しそうになったら相手の背後に回り込んで下さい。相手の背後への回り込みが済んで、且つ、こちらで戦闘が開始されたら攻撃開始です。やることは相手の無力化です。殺すのは厳禁なのは変わりありませんので、そのことは了承してください。」



「ミャッ!!」「キュウ(了解です!!)!!」



 マーブルとジェミニは敬礼で応える。うん、やはり可愛いなあ。



「次に、相手が追いついたときですが、恐らく盗賊のごとく、金と女をよこせ的な発言をしてくると思いますので、私が対応します。無駄にプライドだけは高いので、激高して攻撃してくるでしょう。その時は迎撃するのみです。そこで、アンジェリカ隊員は正面から迎え撃って下さい。恐らく楽に対応できると思います。セイラ隊員はアンジェリカ隊員への援護射撃をお願いします。ルカ隊員もアンジェリカ隊員への援護射撃がメインですが、今回は威力重視ではなく数重視でお願いします。」



「隊長、了解ですわ!!」



「了解だよ、隊長!!」



「威力ではなく、数。ん、わかった。」



 3人も慣れてきたものか、敬礼も様になってきた。美女達の敬礼もなかなかいいもんだね。



「ライム隊員とオニキス隊員はアンジェリカ隊員の護衛をしてください。恐らく今回は君達の援護が必要ないくらい弱い相手ですので、護衛というよりかは、相手の返り血をアンジェリカ隊員が浴びないようにするのが主目的になるかもしれません。盗賊共の汚い血でアンジェリカ隊員を汚すのはよろしくないですからね。」



「うん、わかったー。アンジェリカ隊員をきれいにするよー。」



「ピー!!」



 ライムとオニキスはその場でピョンピョン跳ねた。うん、これもいいね。



「では、少し休めそうな所まで進んだら待機しましょう。ペースは先程と同じようにゆっくり目で。もちろん食べられそうな食材がありましたら、採取するのを忘れずにいきましょう。」



 新たな戦闘指示をしたところで、再び動き出した。気配探知をすると、1匹ずつ交代で斥候任務を行っているようだ。少し進むと、休憩できそうな場所に着いたので待ち構えることにする。とはいえ、相手が相手だし、近づいてきたらわかるので、それまで休憩するのは間違いではない。空間収納からテーブルと椅子を出しておく。流石に地べたに座ってしまうと迎撃態勢を取るのに時間がかかってしまう。いくら余裕で倒せる相手とはいえ、そこまで舐めきった行動をしてしまうと万が一では済まない可能性も出てくる。



 用意した席にみんな座ってから、飲み物を用意した。飲み物はスガープラントの白い部分の絞り汁をお湯で溶かして、葉の部分を少しいれたものだ。少しスパイシーだけど、甘いというやつだ。葉の部分が多いとハッカジュースのようなごく一部の人だけが好みそうな感じになってしまうので、かなり押さえた。かなり押さえると、ただ甘いだけの飲み物ではなくなるので、こういったときに疲れがとれる感じで非常にいいのだ。結果はというと、みんな喜んでくれた。うんうん、よかった。こうして軽く休憩を取っているときに、セイラさんがマーブル達とじゃれ合っていた。先日のメイドさんがうらやましかったんだろうね。



 そんな感じで休憩していると、ようやく追っ手の一団が追いついてきた。



「皆さん、お気づきとは思いますが、あと10分ほどでやっと盗賊が追いつきます。長い間の待機お疲れ様でした。これより戦闘準備に入って下さい。」



 それぞれが戦闘準備に入っていく、マーブルとジェミニは一団の背後に回るべく行動を開始した。残ったメンバーについては気持ちを切り替える程度だ。待つこと10分ほどで、ようやく一団がこちらの視界に入ってきた。向こうもようやく追いついたといった感じで急いでこちらに近づいてきた。しかしどの面々も息絶え絶えだった。かろうじて息を整えたらしく、その一団のボスであろう人物が偉そうにこちらに言ってきた。



「そこの者達、アンジェリーナ王女殿下拉致で逮捕する。大人しく王女殿下をこちらに引き渡すのだ。お前達も命は惜しかろう。」



「逮捕? ほう、逮捕命令が出たのですか。何か証拠は? その前におたくどちら様ですか?」



「ふん、これだから一般市民は無知で困るのだ。いいか、私はムノール子爵家の長男であるクライ・ムノールである。この私が来たということは、王都からアンジェリーナ王女殿下を拉致したものを逮捕せよと命令を受けた何よりの証拠である。大人しく引き渡すならよし、そうでなければお前達の命の保証はないと心得よ!」



「はい? いくら私が無知とはいえ、ムノール子爵家でしたっけ、そんな訳のわからない貴族に逮捕を命じるわけないでしょうに。しかも、あなた、子爵家の長男でしたっけ? 長男ってことは、まだ爵位がないと言うことですよね? それって、王都からの命令を偽ったということでかなり問題なのでは。」



「無礼者!! お前の今の発言は貴族に対する侮蔑罪に当たる。いいから、大人しく王女殿下を引き渡すのだ!!」



「うわあ、貴族でもないのに貴族に対して侮蔑罪とか。そもそも国民に対して何も寄与してないくせに、貴族とかいって威張りくさっている時点で話にならないのに、よくもまあ、そんなことが言えますねえ。おたく、恥ずかしくないのですか? あ、恥ずかしくないのか。恥ずかしくないから、王命と偽ったり、貴族の息子というだけで威張ったりできるんですね。」



「もういい! お前達は全員処刑だ! 者ども、この無礼者達をやってしまえ!!」



 馬鹿貴族の合図とともに取り巻き達が襲いかかってきた。作戦通りアンジェリカさんが前にでて貴族(笑)達の迎撃をする。アンジェリカさんはこれでもBランクの冒険者で実力的にはへたなAランクよりも強い、というか、戦闘力だけでいったらSランクに届いていると思う。セイラさんやルカさんも戦闘力はこの国ではトップクラスだと思う。そんなメンバーに対して、普段威張っているだけの兵士や、貴族のいいなりになって偉そうにしている冒険者崩れなんかではいくら数で優勢であっても相手にならない。



 はっきりいってしまおう、これは戦いではなく一方的な蹂躙だった。しかも、アンジェリカさんは穂先を一切使わず、石突きのみで応戦、セイラさんは相手の腕でなく武器を狙撃して相手の攻撃力を奪う程度、ルカさんも土魔法で石つぶてを当てる程度だった。マーブルに至っては魔法が勿体ないと体当たりのみ、ジェミニも体当たりのみで攻撃する始末。私もバーニィを出すまでもなく膝関節のみを攻撃して動けなくする程度だった。はい、戦闘開始から5分も経っておりません。弱すぎて呆れました。マーブル達もこちらに戻ってきたので作戦終了の号令をかけます。



「皆さん、お疲れ様でした。これにて盗賊殲滅作戦の終了です。とはいえ、これほど物足りなかった戦いは初めてです。逆に鬱憤がたまりましたねぇ。」



「ええ、ここまで弱いとは思いませんでしたわ。」



「うん、物足りなかったよね。」



「後で、何か狩りたい。」



 やはり戦姫の3人も物足りなかったか。あとでいい獲物がいるかマーブルに探知してもらいましょう。ということでマーブルを見ると、マーブルは言わずともわかっている、といった感じでミャア、と鳴いた。



「さて、私達の仕事はここまでです。賊達は動けないでしょうからこのままにしておきましょう。あとは、王都からの憲兵隊がここに来てくれれば完了ですので、ここでのんびりと待つとしましょうか。」



 そう言って、一旦しまったテーブルと椅子を再び出して、先程の飲み物を用意する。そこでややまったりとしていると、王都からの部隊がこちらに来てくれた。来たのは何と、オルステッド軍団長だった。



「アンジェリーナ王女殿下、並びにアイス殿。此度はご苦労さまでした。こやつらは王都へ連れて行きますが、どうしてこうなっているのかご説明願えますか?」



 アンジェリカさんが今回の一連の流れを説明していた。オルステッド軍団長は眉間を押さえながら頷いたりしていた。一通り話を聞いた軍団長は盗賊達を捕縛して次々に荷台に載せていった。荷台は細長い特殊な形をしていた。



「我々はこれで戻りますが、申し訳ありませんが、王女殿下、再び王都までご足労願えませんか。詳細について陛下にご報告しなければなりませんので。」



「はあ、わかりましたわ。今日中には戻るようにいたしますとお父様に伝えておいてくださいませ。」



「承知しました。帰りの道中もお気を付けて。」



 捕縛隊は戻っていったが、こちらとしては物足りなかったので一狩り行きたい。ということでマーブルを見ると、良い獲物が見つかったらしくミャッと良いながら可愛いおみ足で方向を指示していた。テーブル一式をしまって、マーブルが指し示した方向に向かって進む。念のため転送ポイントを作ってもらった。



 マーブルの案内に従って進んでいくと、そこにはワイルドボアが10体ほどいた。これらを難なく仕留めて空間収納に入れた。とりあえず先程の鬱憤は晴らすことができたかな。ということである程度すっきりした我々は王都に戻った。ちなみにワイルドボアは今回の迷惑料+以前くれた毛皮のお礼ということで全部こちらでもらうことになった、というか強引にそういうことにされた。



 王都に戻って、私達はホーク亭に再び宿泊しようと思ったが、アンジェリカさんの鶴の一声で王宮に泊まることが決まった。何かタンバラの街に行かずに王都へ戻る事態になった場合は私達も王宮で泊まることで話がついていたらしい。



 王宮の一室に案内されると、そこは先日お世話になった部屋だった。夕食をごちそうになってまったりとしていたら、ライムが再び分裂を始めた。これは丁度いいかな。ご都合主義と思われるかもしれないが、全てはライム次第なので、こちらからは何とも言えない。このスライムは薄い金色だった。ライムさんや、相手が王様だから気を遣ったね。まあ、何にしても可愛いことに変わりはない。生まれたてなのでとりあえずご飯をたっぷりあげないとな、ということで、先程狩ったワイルドボアの肉をあげた。うん、しっかりと食べてるね。



 結構食べたことで、満足したのか、新しいスライムはピョンピョン跳ねていた。それに合わせてマーブル達もその周りを回るように跳びはねていた。うんうん、可愛いねぇ、癒やされるよ。王宮には浴室があるし、基本的にメイドが控えているからねぐらには戻らなかった。小説からの知識だと、入浴後に食事だった気がするが、こちらでは違うのだろうか、それはわからないし、結構どうでもいいことかもしれない。



 入浴と着替えをおえてマーブル達と遊んでいると(なぜかメイドさんが一緒になって遊んでいた)、良い時間になったので、寝ることにした。



 さて、明日以降どうなることやら。

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