44 火縄鉄砲

 うずくまった人々が波打ち、自警団員たちが身構える。ロンが刀を手に取った。


「出水さん。今度は彼らの番です」

「お願いします。では私が鬼の気を逸らします」


 事前の決め事どおり自警団員九人が後ろに下がり、ロン、犬人の自警団員二人、そして凱が前に出た。


「あたしもいたほうが時間稼げるかな」


 凱の返事を聞く前に前に出る。彼は唇を噛んだ後、頷いた。


「お願いします」


 その言葉に微笑みを返す。

 洞穴の通路から低い足音が聞こえてくる。

 刀を抜き、凱と並んで身構える。

 不敵な笑み、って、こんな感じか、と考えながら口角を吊り上げる。

 圧迫するような空気と共に鬼が姿を現す。


「これは、神のにおいだな」

「ひさしぶりに嗅いだ」

「臭い風を吹かすは、風の神のいのちか」

「わしらの使いをあやめたは、風の神のいのちか」


 鬼が五頭。全員手に大刀を持っている。この狭い空間で、この距離で先にかかってこられたら、あたしはまず助からない。

 凱が半歩前に出た。刀を手に、声を上げる。


「いかにも」


 凛とした、よく通る声。殺気のようなものは見せず、ただ、存在の大きさだけが膨れ上がる。

 鬼のうちの一頭が口角を歪めた。


「自らのいのちを、知っているとは」

「神の気が強い。使いもいるのか」

「あれだな」


 鬼と目が合ったので、あたしも半歩前に出る。

 声が震えないように喉に力を入れる。


「よくわかったなあ! あたしが風の神の使いだよ。ある神様の命を請けて、お前らを退治しにきたぜ!」


 言いながらしまったと思う。今のあたしの煽りを受けて、鬼がかかってきたらまずい。

 背後の気配を窺う。まだだ、もっと引き伸ばさないと。


「昔、よくもあたしを食おうとしてくれたな。あん時は魂も体も食うところがないほど、すかすかだったのにさ!」


 考えなしに口を開いたら、物凄くどうでもいいことを言ってしまった。鬼どもは一瞬ぽかんとした後、一頭が、ぐふっと笑った。


「そんなもの知らぬ。ヒトの肉なぞ食わぬ。お前のいのちもいらぬ。お前らを斬り捨て、わしの使いの仇を討つ」


 鬼どもが大刀を構える。心の臓が縮み上がった時、凱の声が響いた。


「鬼となり果てた身でも、使いの仇を討とうとするとは恐れ入る。だが私の大切な使いには触れさせぬ。私の使いを想う心は、肉を持たぬ全ての神々よりも深く強いのだ」


 この場でもそういう言葉を挟んでくるか凱。

 彼はちらりとロンを見た。ロンが後ろを見て首を傾ける。それを受けて凱は言葉を続けた。


「そして恐怖の気に満ちたヒトの魂を、女神に取り込ませぬ。供物などていのいいことを言っているが、真の目的なぞ、とっくに見通している」


 凱の言葉に一瞬でも驚いてしまったあたしは愚かだ。これは凱のはったりだ。

 女神の話がでてきたからか、鬼がにやりと笑って首を掻いた。大刀の構えが乱れている。


「供物は、供物だ。新月の力をもってしても、未だ女神のもとには届いておらぬ。だがいつかは届くであろう。選りすぐりの、美味うまいいのちだからな」


 鬼どもが一斉に笑う。

 ぐふっ、という息の抜けた笑い声が、肌の下を這いまわる。

 拳を握る。魂を食う詳しい仕組みだとか供物の明確な理由はわからないが、鬼の笑い声と、歪んだ口元だけで充分だ。

 女神に、魂を届けてはいけない。


 ロンが僅かに頷いた。それを受けて凱も頷く。あたしは刀を構えるふりをして少しだけ後ずさりした。


「魂は取らせぬ。そしてもう二度と、魂は取れぬ!」


 その言葉を合図に、思いきり脚に力を込めて壁側に移動した。凱やロンたちも壁にはりつく。

 背後にいた自警団員たち三人が前に躍り出る。

 凱が声を張り上げた。


「耳を塞げ!」


 同時にロンが右手を振り上げる。


撃てファイア!」


 その掛け声の直後、自警団員たちの構えた鉄砲から轟音が鳴り響いた。


 三挺の鉄砲が同時に火を噴き、鬼の体に鉛の球を叩きこむ。轟音は洞穴の中を幾重にも反響し、思いきり耳を塞いでいても相当な衝撃だ。

 間近で撃たれた鬼どもはひっくり返り、どうと倒れた。撃ち終えた自警団員たちは後ろへ下がり、間髪を容れず別の三人が前に飛び出してきて発砲する。

 再び轟音が耳を襲う。五頭の鬼が全て倒れた。撃っていない三人が鉄砲を構える中、ロンと最初に鉄砲を撃った自警団員たちが刀を手に鬼に近づく。

 呻き声をあげて起き上がった鬼に、ロンがとどめを刺す。

 桃の香りが満ちていた空間に、静寂と、火薬と血の匂いが漂う。


「出水さん、小夜さん、ありがとうございます。退治できましたっ」


 ロン、気がたかぶっているのだろう。妙にはきはきしている。


 昨日もレオンが鉄砲を撃っているところを見たが、こうして鉄砲の威力を改めて目の当たりにすると、彼らと鬼退治ができて本当によかったと思う。あたしたちだけで鬼ヶ島に来ても、きっとどうしようもなかった。


 しかし、鉄砲は万能ではない。洞穴の中で発砲する自警団員たちが耳栓をし、弾と火薬を詰め、火をおこして火縄に点火するという一連の作業には、結構な時間がかかった。

 今回は鬼どもがあたしたちのお喋りに乗ってきたからよかったものの、これからはそうもいかないだろう。


 洞穴の中にざわめきが戻る。皆、鉄砲の音に驚いていたみたいだった。凱が大声を上げる。


「大きな音で驚かせてしまい、申し訳ないです! 鬼は退治しました。おそらく鬼は私たちの存在を察知しているかと思いますので、おそれいりますが先ほど申し上げました岸までご移動願えますかあ!」

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