第107話-2

陰鬱な気分で螺旋階段を上るマリーウェザーの耳に、突然、轟音が響いた。

驚いて顔を上げ、その前に広がっている情景に唖然とする。

丁度、ヨハネダルク兄妹を軟禁した部屋に向かうところだった。後、数段で部屋の前に辿りつく途中の階段で立ち尽くす。

彼女らを閉じ込めた部屋の扉が完全に外れ、へしゃげた状態で廊下の壁へと押しやられている。周りには砂埃が舞い上がり、薄暗い中で細かな粒子が煌めく。

明らかに内部から力ずくで開けられたであろう様子に、薄くそばかすの浮いたメイドの顔から血の気が引いた。

少しでもタイミングが悪ければ、自分も扉もろともへしゃげていたに違いない。

茫然と立ち尽くすマリーウェザーの視界に、ひょいと人影が覗いた。扉の消えた室内から覗く横顔が、外を伺うように顔をきょろきょろさせる。

見覚えのある横顔に、マリーウェザーは眉間を押さえた。



「…いや、扉壊すとか、ゴリラかよ」



びくりと身を竦ませた拍子に、相手の黒髪がさらりと揺れた。向けられた視線に答えるため、マリーウェザーもまた顔を上げる。

赤茶の猫目と目が合い…思わず、苦笑いを浮かべた。



「ルー様、雑すぎ」



驚いたように、けれど厳しい表情で、ルーヴァベルトがストロベリーブロンドのメイドを見つめる。



「マリー」呼びかけた声は、存外平坦だった。



彼女は部屋から出てくると、向き合うように踊り場に立つ。手にしたキャスケットに髪の毛を押しこんで被ると、小さく首を傾げた。



「選んで」



彼女は言った。



「一緒に来るか、それとも殴り倒されて一緒に来るか」



至極真剣な顔で。



「何それ」とマリーウェザー笑う。選択肢がないじゃないか、と、首を横に振った。



「そんなこと言われて、素直に『行きます』て言うと思ったんです?」



腕組みをし、彼女の双眸を覗き込む。

少しだけ苛立ちを感じた。何を言い出すんだこいつ、と胸の内で悪態をついた。



(てか、俺に何の利もないのに、一緒について行くはずないだろ)



正直、馬鹿じゃないかと思う。その心を隠そうともせず、ヘーゼルグリーンの双眸を細めた。



「行きませんよ」


「じゃぁ、殴り倒して連れて行く」


「できれば、殴り倒して放っておいて欲しいんですけど」


「それはできない」



淡々と告げるルーヴァベルトの後ろから、もう一つ、知らない顔が覗いた。ざんばら頭の小柄な男だ。肩に担いでいるのは、薬で動けないエヴァラントだろう。

どこから入ったのかと俄かに眉を潜めつつ、嘲りと口にした。



「何でです? 逃げるのの、邪魔になりますよ」



彼女が言う通り殴り倒して連れて行くというならば、当然誰かが抱えていくのだろう。あの見知らぬ男が二人も抱えると言うのか。



「現実的じゃない」とため息をついた。



「ルー様ん所に助けが来たってことは、きっと旦那様も動いてるんでしょ。てことは、近く軍部がここに踏み込んでくる可能性がある。旦那様の腹心が動くんなら、ここで得られた証拠は握りつぶされないでしょ。俺が殺されて大事な証言が得られなくなるってのを危惧してるんだったら、いらん心配だと思いますよ」



我ながらよくもまあこの状況でつらつらと言葉が出るものだと、マリーウェザーは声を大にして笑いたくなった。笑って、笑って、疲れて、寝ている間に全て終わってしまえばいいのに、と願う。

甘い考えに、また、嘲笑を浮かべた。



「てわけで、どうぞ、心置きなく俺を殴り倒して置いて行ってください」



ルーヴァベルトは眉を寄せたまま、少し考える様に視線を天井へ向け、ゆっくりと首を横に振った。



「ここに転がして行ったら、マリーが捕まるんだろ。それは嫌だ」


「…っ俺は! 貴女を騙して閉じ込めたんですけど!」



かっと頭に血が昇る。こめかみが痛み、胸が焼ける様な不快感を感じる。

何を言っているのかと、口汚く罵りたい感情がふつふつと沸いた。

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