第99話-2
びくり、と横たわるからだが震えた。けれども、決して瞼を上げようとはしなかった。
構わず続けた。歌うように軽やかに、嘲る様に、嗤う様に。
「まさか当代に、精霊王と王の獣、どちらも現れているなんて驚きだよね。何でも見通すその瞳…確か、真実を全て見抜く、だったっけ。皆が欲しがってる『銀の眼』は」
遙か昔の御伽噺。
精霊王に侍ったとされる獣の伝説。赤い翼の鷲と、銀の眼をした黒い狼。
「人を意のままに操る鷲に、全てを見通す狼だなんて…精霊王ってのは、本当にぞっとするものを従えてるな」
ひゅっとエヴァラントが息を飲むのがわかった。一拍置き、震え擦れる声で問うた。
「なん、で…」
「知ってるか、って? そりゃ、一応五家の一つだから…て、君、俺が『知ってる』ってことを『知ってた』でしょ?」
「それは…」
「可哀想に。そんな眼を持って産まれたせいで、散々な目にあったんだよねぇ。それが欲しい人たちに追っかけられて、ご両親も巻き添えくらって殺されちゃってさ」
「…ッ!」
「何がいいんだろうか。真実がわかる眼なんて…本当のことなど、暴かれない方が幸せなのに」
不意に平坦な声で呟いた。ああ、そうか、と。
「暴かれたくないから、暴く側にいたいのか」
そう独りごちる。薄笑うと、眼鏡を外した。
狭い室内は黴臭かった。出入口の他に唯一ある小窓は、高い天井付近に位置し、通り抜ける風すら感じない。圧迫感のあるここは酷く居心地が悪く、同時にユリウスにとって思い入れの深い場所でもあった。
不意に部屋の扉が開く。次いで入ってきたのは、たっぷりな髪を太い三つ編みにしたメイド。その腕に、大事そうに誰かを抱えていた。
首を捻り振り返ったユリウスは、緑がかった碧眼を孤に細める。
「やぁ、マリー。首尾よくいったようだな」
ああ、と短い返事を返したマリーウェザーは、曖昧な笑みを彼へ向けた。
「首尾よくって言えば首尾よくだけど…こう、あっさり出来過ぎてて、気味が悪い」
「へぇ? そんなにあっさりルーヴァベルト嬢を攫えたのかい」
「ああ…」
と、その時、悲鳴のような声が言葉を遮った。
「ルーヴァベルト? ルーがいるのか!」
その声に、ぎょっとマリーウェザーが眼を剥く。小ぶりなヘーゼルグリーンの瞳が、惑うように揺れた。
ベッドに転がったままのエヴァラントは、先程とは打って変わり、眼を見開いて声を荒げる。手足を動かそうと必死にもがいているのだろうが、努力空しく動くのは指先だけ。
その様子を、ユリウスが薄笑いで見やった。マリーウェザーは眉を寄せ、顔を歪める。
「妹に何をした? 無事なのか!」
「手荒なことはしてない…かな? 薬で眠らせただけだろ」
ちらと男がメイドへ視線を送ると、ストロベリーブロンドの髪を揺らしながらゆっくりとベッドへ近づく。無表情を顔に貼りつけ、抱えた黒髪の少女を、壊れ物を扱う手つきでエヴァラントの隣へ寝かせた。
長い黒髪がシーツに流れる。きょろきょろと瞳を動かしながら、エヴァラントが何とか視界の中に妹を捕えようとする。きゅっと眉を顰めたまま、マリーウェザーは低く告げた。
「大丈夫です。どこも怪我なんかしていません。本当に寝ているだけなので」
きょろり、とボサボサ頭の男の瞳がマリーウェザーへ向けられる。
見開かれた双眸―――その左眼に見据えられ、思わず息を飲んだ。
白く濁る…けれど、薄闇の中でも爛々と、銀色が輝いていた。焦点が合っているようであっていない。だというのに、「見られている」とはっきりとわかった。
ぞっと肌が泡立つ。嫌な汗が背筋を伝った。
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