第99話

 ドンッ、と落ちる衝撃に似た感覚に、目が覚めた。

 こめかみに鈍痛。全身は重い。ああ、何か薬でも飲まされたのか、とはっきりしない頭で考える。眩暈に似た気分の悪さもそのためだろう。

 どうやらベッドの上に寝かされているらしい。ぼんやりとした右目の視界に、暗い天井が見えた。研究室の天井でも、王弟殿下の屋敷の自室でもない。知らない天井だと、エヴァラントは眼を細めた。

 一体どこだろうか…眠気の消えない瞼を瞬かせる。

 記憶はあやふやだった。一体全体、何がどうなってこんなところに寝かされているのか思い出せない。

 はっきりしているのは、ここに居ることが、エヴァラント自身の意志ではない、ということだ。



(ルー関連の人の仕業かなぁ)



 ゆっくりと思考を巡らせた。

 妹の婚約を快く思わない輩の仕業だろうか。エヴァラントを、「ルーヴァベルトの兄」という理由で浚ったのか。

 それとも。

 白い靄で覆われた左の視界には、今は何も「映らない」。

 何となし眼を擦ろうと腕に力を入れた。が、ぴくりとも動かない。まるで鉛をつけられたかのように重くてたまらない。



「動けないよ」



 不意に声がした。

 びくり、と身を震わせたエヴァラントは、唯一自由になる双眸をきょろきょろと巡らせる。けれど、視界の中には人影もない。薄暗い部屋の壁だけしか見えなかった。

 くっくと男が嗤う。同時に、靴音が近づいてくる。

 そうして、自分を覗き込む形で視界に入り込んだ相手に、頭のどこかで「やっぱり」と呟く声を聞いた。



「気分はどう? エヴァラント・ヨハネダルク」



 緑がかった碧眼は、薄闇の中で更に淡い色合いに見えた。肩まで伸びた明るい茶髪が、にんまりと笑う顔にかかって、更に表情を暗くした。

 その顔に、見覚えのある眼鏡をかけている。分厚いレンズの瓶底眼鏡。

 それが自分のものだと気付き、エヴァラントは顔を歪めた。顔を隠そうと身じろぐが、動くのはせいぜい指先だけ。どうしようもない。

 せめて、ときゅっと目を瞑る彼に、男―――ユリウス・ガラドリアルは、乾いた笑い声を上げる。



「ああ、そういうのはいいから。もう知ってるし」



 鼻の頭にずらして乗せた眼鏡を指先で押し上げ、歪な笑みを浮かべた。けれど、エヴァラントは瞼を上げようとはしなかった。

 一瞬、表情を消したユリウスは、ベッド脇に置かれた椅子を引き寄せると、それに越しを下した。古びた木製のそれが、ぎいと軋む。

「この眼鏡、度が入ってないね」

 渇いた口調で問うたが、返事はない。

 気にせず続けた。



「分厚いし、少しレンズが曇ってるし…これじゃ、逆に見えづらかろうに」



 背もたれに身体を預けると、更に軋み音が高く鳴る。

 そうまでして隠したかったのだろう、と心の内で独りごちた。抉ることすら許されなかった、その左眼の呪いを。

 固く瞼を閉ざしたまま、息すら殺すボサボサ頭の男を見やる。小首を傾げ、名前を呼んだ。「なぁ、エヴァラント」






「その『銀の眼』に、俺は、どう映る?」

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