第97話-2

 そう囁く口調は、酷く優しい。耳朶を撫ぜる心地よい響きに、ランティスは泣きそうになる。泣き喚いて事が解決するのであれば、いくらでも無様に泣き叫んでやるだろうに。

 そんな奇跡を願う程、莫迦にもなれず。

 ちらとベッドを見やる。絹のシーツの上に流れる金糸の緩い巻き毛。ジュジュに良く似た…否、同じ、髪色。その面立ちもまた、ジュジュと瓜二つだ。

 彼女が痩せた時、どれ程兄に似ているか、ランティスは知っている。


「俺は」苦しげに喘ぎつつ、柔らかな肌に頭を擦り付けた。ふわりと優しい香りがする。幼い日から知っているそれに、更に胸が詰まった。

 俺は、と繰り返す。



「兄上と同じように、お前の事が…大切だ」


「知ってますわ」


「だから、お前にはお前の…ジュジュとして幸せになって欲しい」


「私が不幸せだと決めないで」


「俺は!」



 ぐいと豊満な身体を力いっぱい抱き寄せ、声を荒げた。



「兄上の身代わりとして、姉上に生きて欲しくはない」



 知られぬように、ジュジュは口元に笑みを浮かべた。


 優しい言葉だった。


 ひたすら優しくて、胸に刺さって、涙が零れそうになる言葉。


 胸の中に隠した心臓が、きゅっと締め付けられた。抱きしめた頭を撫ぜてやる。幼い頃から変わらない、少し硬めの髪質に、太った指を絡めた。


 だから、と心の内で独りごちる。



 (優しい貴方が愛しいから、私たちは、この道を選択するの)



 ジュジュも…そして、片割れであるジークフリートも。


 望まぬ祝福に呪われた、この弟の為に。


 彼がこれ以上望まぬ生き方を強いられぬように。



「そもそも、私が生かされている条件が、ジークの身代わりですもの。不吉な双子として産まれてきた私に、それ以外の道はありません」


「そんなもの…っ!」


「ラン」



 ゆっくりと、名を呼んだ。彼は言葉を飲み込み、ぐっと押し黙った。



「先程、人に『しっかりしろ』と言っておいて、自分はどうですの」



 ランティスは応えない。

 そうして、しばらくじっとしていたかと思うと、最後に一度頭をジュジュの胸に摺り寄せ、身を離した。徐に立ち上がり、乱れた前髪を撫でつけた。

 表情の無い顔でひたとジュジュを見下ろし、やがてにっと口元を三日月に笑みを浮かべる。



「俺は、俺のすべきことを、する」



 彼女もまた、にっこりと微笑んだ。



「私も、私のすべきことを致します」



 そう告げたジュジュの手の震えは、いつの間にか止まっていた。顔の陰りは消え失せ、それはランティスも同じであった。

 彼はジュジュの手を取り、肌の感触を確かめると、もう一度不遜な笑みを相手へ向けた。



「兄上は目を覚ます。俺が必ず目を覚まさせる。…だからお前は、安心して太ってろ」



 言うや否や踵を返す。

 大股に歩きだしたその背中に、ジュジュは深く頭を垂れた。

  

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