第82話-4

「エヴァ、変な顔」


「顔色悪いよ。大丈夫?」


「んんっ! 誰のせいだと…!」



 更に何か言おうとして…やめた。言ってもどこ吹く風で、笑って済ますことだろう。この双子が素直に意見を聞き入れるとは思えない。

 深いため息をつき、椅子に座り込んだ。頭の中がぐちゃぐちゃとごんがらがって、思考が纏まらない。



「大丈夫? 飴、食べる?」



 ガジャがポケットから飴玉を取り出し、差し出した。それをイラーレ経由でエヴァラントに渡す。素直に受け取った。「ありがとう」と告げると、いいよぉと返事があった。

 薄い茶の包みを開くと、白の飴玉が顔を出す。口に含むと、甘いけれど少し辛い。薄荷だ、と頭の隅に浮かんだ。

 もう一度息を吐き、ちらと双子を見やる。二人はよく似たにんまり顔で、エヴァラントに視線を向けていた。



「驚いちゃった?」


「そりゃ…色々と、頭で処理しきれない」


「あはは! 僕ら本を読むの好きだから、折角ならエヴァのお手伝いしてあげようと思ってさぁ」


「そうそう。でも、全然見つからなかったから、何の役にも立たなかったけど」


「ごめんねぇ」



 お詫びにもう一つあげるよ、とガジャが取り出した飴玉をエヴァラントへ放る。宙で孤を描いたそれに反応できず、頭に当って床に転がった。緩慢な動作に手を伸ばし拾い上げると、小さく「ありがとう」と机の上に置く。



「ええと…二人の気持ち、嬉しい。本当にありがとう」



 戸惑いつつも感謝を口にした。

 すると双子は、同じように眼を瞬かせ、ちょっと首を傾げると、嬉しげに顔を綻ばせた。



「いいよぉ」


「僕ら、友達でしょ」



 友達だったのか、と内心疑問に思うが、口には出さない。彼らがそう言うならばそうなのだろう。それに、存外嫌ではない。

 機嫌良さげな様子に、付け加えた。



「でも、王家の書庫に忍び込むのは絶対にやめてね。お願いだよ」



 案外二人は素直に頷く。「エヴァがそう言うなら」



「けど、一鳴きで大軍をも動かす鷲に、何でも見通す狼かぁ…」



 可哀想だねぇ。

 不意に零したのは、ガジャだ。

 エヴァラントは俄かに目を見張り、彼を見やった。丁度、三つ目の飴を取り出し、包み紙を外している最中だった。今度は棒付の、少し大きな飴だ。

 ぱくりと口に含んだ時、空色の垂れ目と視線が重なる。彼は眼を細め、笑みを浮かべた。



「じゃない?」



 何故そう思うのか。


 尋ねようとした。


 言葉が出なかった。


 眉を顰めただけで、唇を噛む。


 そんな心の内など知らず、双子の片割れが、笑う。



「だって、鳴いただけで人が勝手に動くなんて気持ちわるいもん。見えすぎるなんて、眼ぇ痛くなりそうだしぃ」



 それに、と続ける。



「見たくないもんまで見えるの、しんどいじゃん」



 瓶底眼鏡の奥で、エヴァラントの瞳が震えた。左眼がしくりと痛む。胸に迫り上げる物は、一体何だったのだろう。



「ガジャ…」何を言えばいいのかわからない。けれど、気付けば名を呼んでいた。

 双子が揃ってエヴァラントを見やる。

 その時。




 トントン―――訪れを告げるノック音が、乾きを含み、小さく響いた。

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る