第58話

 煌びやかさに圧倒される。

 豪奢な花で飾られた大広間、主のように輝く大シャンデリア。その下には、各々着飾って群れる貴族たち。様々な香水の匂いが入り混じり、鼻がくすぐったい。


 くしゃみが出るのを何とか堪えたルーヴァベルトへ、ランティスが腕を差し出す。

「婚約者殿」甘い声で呼ばれ、無言でその腕に手を添えた。


 さぁ、初めての大仕事だ―――睫毛を揺らし、目を瞬かせると、ルーヴァベルトは真っ直ぐに前を向く。



「行くぞ」



 それを合図に、大広間に足を踏み入れた。

 途端、人々の視線が注がれる。見られている、と肌で感じた。いや、正確には、値踏みされているのだ。


 だから、ルーヴァベルトは笑った。

 向けられた視線のどれとも眼を合わさずに、真っ直ぐ前を見据え、隣に立つ王弟殿下に寄り添う。

 貞淑に、幸せそうに、少し恥ずかしげに…叩き込まれた通りの表情で、「婚約者」の顔を作った。


 周りへ「見せる」ために。


 二人の後ろから、アンリとマリシュカの兄妹が続く。



「先にユーリのところへ行くか」



 アンリの言葉に、足を止めずにランティスが頷いた。「そうしよう」

 しかし、行く手を遮る様に、中年の男が現れた。よく手入れされた髭の身なりの良い男だ。手にグラスを持っているところを見ると、招待客の一人なのだろう。



「お久しぶりでございます、殿下!」



 愛想のよい笑みを浮かべ、男が話しかけてきた。合わせてランティスも顔に笑みを作る。



「ジファール伯爵。貴方も招待されていらしたか」


「ええ、娘にせがまれましてね。まさか殿下にお会いできるとは思いませんでしたよ」



 にこにことそう言う声は大きい。地声が大きいのか、それとも周りに聞かせたいのか。

どちらにせよ、品の良い印象は受けなかった。笑う度に唇から覗く歯は、煙草のヤニか、黄ばんでいた。

大声でランティスへ話しかけつつ、ちらちらと後ろへ視線を投げる。男の背後には、十七、八だろうか、若い娘が控えていた。

 きっちりと化粧を施した白い頬を赤く染め、期待に満ちた眼でランティスを見つめている。真っ直ぐに、ランティスだけど。そう、隣のルーヴァベルトは丸っと無視だ。



(なるほど)



 内心白けたルーヴァベルトだったが、顔では笑みを湛えたままにいた。

 どうやら、この親子の目的はランティスらしい。白々しい口上を並べ立てているが、娘をランティスと引き合わせたいことが丸わかりだ。

 女を伴ってやってきたというのに、ご苦労なことで…そんな嘲りが零れぬよう、視線は少し下向きに、相手の首辺りを見る様に心がける。顔を見たら捻くれた笑いが漏れてしまいそうで。



「ご息女と同伴でしたか」


「そうなのです。お恥ずかしい話、年頃だと言うのに、まだ夜会に同伴する相手が決まっておりませんで。いやぁ、どこに出しても恥ずかしくないよう、厳しく育てておりまして、殿下にも…」


「ああ、それは素晴らしい話ですね。これから出会うであろうご息女の伴侶は、幸せものだ」



 食い気味にそう言うと、隣に突っ立ったルーヴァベルトの肩を、ぐいと引き寄せた。

 え、と彼女が驚きを飲み込んだことなど気にも留めず、結い上げた髪に頬を寄せながら、蕩けるように綺麗な笑みを親子へ向けた。



「私が彼女の虜であるように、きっとご息女以外、視界にも入らぬことでしょうから」

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