第29話-4

「いいお兄さんですね」と、素直な感想をルーヴァベルトは口にする。周りの敵から弟を守ってやってる王様、という話は、彼女の中で国王の株を上げるのに十分なエピソードだった。今しがた名前も知ったばかりの王様の肖像画を見る機会がまたあったなら、もう少しちゃんと見ようと思う。

 ルーヴァベルトの感想に、ジュジュは嬉しげな表情を浮かべた。しかし、すぐに眉間に皺をよせ、声を潜める。



「けれど、いくら国王陛下がジークフリート様を庇われても、聞く耳を持たぬ者たちもいます。彼らは…二番目の弟君こそ王太子に相応しいと、陛下に真っ向から主張してらっしゃるのです」


「でも、そんなこと言ったって、王様が駄目ってんなら、駄目なんじゃないんですか」


「国王陛下は、絶対ではないんですのよ、ルーヴァベルト様」



 本のページをぱらぱらと捲ると、図の描かれた個所を指差した。そこには、家紋と思われる紋章がいくつか描かれていた。

 ページの中央にある紋章を指差し「これが王家の紋章。国王陛下を表します」と言ったジュジュは、その周りに円を描く形で配置された他の家紋を指でなぞった。



「周り五つは国政において重要な役割を担う貴族の家紋。この五家はフロースと呼ばれ、強い権限を持ちます」


「強い権限…ですか」


「平時であれば国政の最終決定は国王がなされますが、もしそれに対し異議がある場合、フロースだけが決定を覆すことができるのです」



 それを行う場合、必ず五家全てが同じ意見に賛同し、王へ訴状を渡す必要がある。五家全員の承認さえあれば、国王を王位から引きずり下ろすことも可能だと言う。


 それは、とルーヴァベルトが猫目を丸くした。「王様にとって、怖い存在ですね」


 その通りだとジュジュが続ける。



「ですので、国王だからと、全て陛下の思い通りにすることはできないのです。下手にフロースの反感を買えば、最悪、王座を剥奪されてしまう恐れがありますもの」



 現在、フロースである三家は現国王を支持しているため、その可能性は少ないらしい。



「問題は、残りのフロースですわ」


「王様と仲が悪いんですか?」


「仲が悪い…という、か…」



 ううん、とジュジュが言葉を濁らせた。どう説明しようかと、頭を揺らし、頬を膨らませた。ぷうと膨らんだ頬があまりに柔らかそうで、思わずルーヴァベルトは手を伸ばしかけた。

 開いたままのページに描かれた王家とフロース五家の紋章。その輪から、一つだけ外れた紋章がある。

 それを指差したジュジュは、ルーヴァベルトを見やった。



「この紋章はご存じかしら」



 他の紋章よりも少し大きいそれは、枝葉が絡まり合った中に聖杯が描かれている。

 さすがのルーヴァベルトも見覚えがあるそれは、国で一番認識度が高い紋章だろう。



「聖教会の紋章ですよね」


「ご名答ですわ」



 にっこりとジュジュが小首を傾げた。

 聖教会は、その名の通り、宗教を司る教会である。主神として精霊王を掲げ、死んだ精霊王がその後天に昇り実りと判決の神になったという教えで広く信徒を集めていた。

 一応、ユーサレッタの国教となっている。この国の大半が正教会の教えを信じ、一度は教会で礼拝をしたことがあるだろう。

 勿論ルーヴァベルトも一度は礼拝に行ったことがある。神父の垂れる教えは全く心に響くことなく、意味もわからなかったが。



「宗教というものもまた、歴史的に見ても、政治に大きく関わるものです。彼らは信仰心を通し、直接民の関心を引くことができる。つまり、民の代弁者として国政に口出しすることがあるのです」


「…神の代弁者とか、民の代弁者とか…代弁ばっかしてるんですね」


「辛辣ですわねぇ」



 素敵だわ、と頬に手をやったジュジュは、少し嬉しそうだった。彼女も聖教会によい感情を持っていないのだろう。

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