魔法と魔王と少女の過去

 魔力を行使する存在は普通の生き物。


 そして、それを魔法にアレンジできると魔王の素質が生まれ。


 バレると魔王認定で、即迫害。


 ミカの説明で、その流れはなんとなくでも認識できたのだけれど。とはいえ、それは、また、なんというか……。


「なんというかさ、その辺の線引きって、あいまいすぎないか?」

「そうだね、そうかもしれない」


 ミカはそういうと、少し考えて続けた。


 小首をかしげるしぐさも、かわいい。


「でもね、もともと魔物っていうのは『ほとんど魔法に近い魔力の使い方ができる生き物』っていう意味で『魔物』なんだよ。だからほぼ魔法を使えるようなもので、問答無用で駆除対象なのは魔王と変わんないんだ。ただ、それでも、ただ魔力を『放出』するのと『自在に操る』の間の壁は、大きいよ」


 たしかに。


 猛烈な勢いの炎より、自在に出せる種火の方が脅威であることは多い。そして、それができるということが大きな力であることはわかる。


「それにさ、人間だともっと適当でさ、例えば水を冷たくするのは魔力で行う普通のことだけど、これを凍らせちゃうと魔法なんだよね。もっと言えば、ものすごく大きな湖の水を凍る寸前まで冷たくしちゃうのはただの魔力を使った動作で、小さな器の水をちょっとだけ凍らせるのは魔法」


 言いながら、ミカは肩をすくめる。


「もちろん、広い湖を凍る寸前まで冷やしたり、ほんの小さなものでも水を凍らせることができる人なんてほとんどいない。少なくとも今の時代なら、ワタシ以外にはいない。だから、そういうもんだって納得するしかないんだけどね」


 なるほど、そうそういるような存在じゃないから、納得するしかない、か。


 しかし、個人的には、まったくもって納得のいくことではない。


 少なくとも、洞窟で一人閉じこもって暮らさなきゃいけない14歳の少女の姿が、さみしそうにこの目に映っているオレには、納得できる理由じゃない。いや、納得したくは、ない。


「そいつは納得できないね、だって、つまりはただの『印象』ってことだろ」

「そう、だね」


 そうつまり、水が冷える事と氷になる事の間に差なんて存在しない。


 水の温度を下げる力が魔力でも、水から氷への状態変化はただの現象だからだ。


 たしかに、魔物の場合は、なんとなく納得のできる理由だった。しかし、人間における魔法の判定はそこに魔法と魔力の脅威の差など存在しえず、ただ「見える」か「見えない」かでしかない。


 目に見える力は怖い。


 目に見えなければ怖くない。


 それはただの印象、イメージでしかない。


「それって、ただのイメージで、普通とそう変わらない人間を『魔王』扱いするってことだろ? イメージだけで、仲間と殺すべき存在を分けるってことになるだろ」

「うん、そうなるね、でも……」


 そういうとミカは、オレの目をまっすぐに見つめた。


「……人間って、そういう生き物だよね。ね、コウイチの世界では、違うの?」


 ちが……わないか、違わないな、その通りだ。


 他人を印象で、イメージで線引きをして、愛すべき仲間と唾棄すべき敵に分けるなんて、人間が良くやることだ。むしろ人間の人間らしさの証明ですらある。オレは、それを、よく知っている。


 知っているから、オレの中の怒りは、むなしく立ち消えた。


「だな、ミカの言うとおりだ。人間はそんな生き物だよ」


 魔法より、よっぽどたちが悪い。


「そっか、別の世界の人間もそうなんだね、なんか、残念だな」

「ああ、なんか、すまんな」

「いいよ、コウイチが悪いわけじゃないし、コウイチはそういう人間じゃなさそうだし」


 言いながら、真正面に座っていたミカはゆっくりと移動してきてオレの隣に座ると、静かに体を寄せてきた。仕方がない、一人でこんなところに住んでいたんだ、心細いんだろう。


 少なくともベネリ様が消えたのが2年前だそうだから、それだけの時間、ひとりで生きてきた少女なのだ。


「大変、だったんだな」

「うん。そうだね、大変だった、かな」


 そういうとミカは、目をつぶって肩に頭を預けてきた。

 

 オレは、何も言わず、その頭をそっと撫でる。


「最初はね、魔力の強い子だって、親も喜んでたんだよ」


 いわゆる生活のサポート力である、魔力。


 文の道に進むにも、武の道を究めるにも、また、女として家庭を築く幸せを追い求めるにも、これほど便利な力はない。この洞窟の中で、汗染みひとつない服を着て、絹糸のような艶めいた髪を保っているミカを見れば、きっと美においても強い魔力は大きなアドバンテージだろう。


「あれは、6歳の時、大きな嵐が吹き荒れた次の日。総出で街の大掃除をやったんだ」 


 街に散らばる数々のごみやがれき。


 小さな小枝から、吹き飛んだ建材、風倒木までメチャメチャに散らかっている街の中で、ミカは、一人の若い男が一抱えもあるような大木を小脇に抱えて運ぶ姿を見た。そして、その姿にあこがれ、自分も同じように役に立ちたい、そう思った。


 ただ、魔力の強いミカにも、そんな大きなものを運ぶ力はない。


 ミカは考えた、何とかしてもっと役に立つ方法はないだろうか、と。そして、彼女は、この町の惨状が、元々は「風の力でこうなった」という一つの真実にたどり着いた、いや、たどり着いてしまったのだ。


 だからミカは。


「風を使って、小枝を集めたんだ。それが、ワタシが魔王になった瞬間、そしてそれが……」


 寄り添う肩に、力が入る。


「私の、最後の幸せな思い出」


 その後、ミカはミカを知る親切な大人の手によって町を離れ、力を隠しつつも新しい見知らぬ大人に引き取られ、色々あって(色々あって、と、ミカがそう言ったのだ)家のない子供となり、そして。


「9歳ぐらいでさ、ワタシ、胸がおっきくなってきちゃってさ。それを奴隷商人に見つかって、襲われそうになってさ、魔法、使っちゃったんだ」


 迫りくる奴隷商人たち、その護衛である傭兵。


 ミカは持てる魔力を使い果たすほど、思いつく限りの方法で魔法を放ち、逃げ、追われ、次第に追う人間の数は増え、そこに町の衛兵や兵士、善良なる市民を守る冒険者、善なるもの、悪しき組織ではなく街の平穏のために働く善の執行者が混ざり始めた。


 そして、国家の手によって人相書きが街々に配られ、身元は完全に明らかとなり、絶対災厄の魔王ルゥの名を負ってその悪名はあまねく世界に知れ渡るようになった。


「そんなときであったのがベネリ様。ベネリ様は私をこの洞窟にかくまってくれて、そして魔法を教えて下さったの」


 どうせ使えるなら、うまく使え、うまく使えれば、うまく隠せる。


 魔法使いのスライム、ベネリはそう言って、ミカに魔法を教えたのだそうだ。


「ワタシ魔法うまくなったよ。ベネリ様ももう大丈夫だって、ある日突然いなくなって。きっとうまく隠せる、そう思うよ。でも、でもね」


 そういうと、ミカは、俺の身体にしがみつくように抱き着いた。


「怖いんだよ。きっとみんな、ワタシを殺そうとする。あの時みたいに、きっと、みんなでワタシを殺しに来る」


 そう、絞り出すように言葉を発しながら、ミカの頼りなく細い肩は小刻みに震えていた。


「怖くて、怖くて、ワタシ、外に出れないんだよ」


 そんなミカの頭を優しくなでながら、オレは……。


 ……憐れみと慈愛に満ちた心と、柔らかな巨乳の感触に敏感に反応する下半身の血流との間で、まったくもってアンビバレンツな状況に陥っていた。


 そう、心は大人でも体は思春期真っ盛りの男子。


 まったく、シマラナイ話である。

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