転生勇者とひきこもり魔王withアンデッド。そしてみんなでアンデッド
御子柴麻美
序章 異世界の入り口にて
お役所仕事と異世界転生
「いやぁ、こっちもね、いま流行ってるもんですから」
死亡者受付所、庶務課。新規死亡者係、異世界転生窓口で、丸メガネのおじさんは嬉しそうにニヤつきながら書類をめくっている。
人は良さそうだが、金はなさそうな顔だな。
「ですからね、あなたみたいな転生希望者が来てくれると、こちらとしても大歓迎なわけで」
きけば、ラノベ業界の影響はあの世にも及んでいるそうだ。
聞けば、最近になって異世界転生希望者の増加が著しいらしくあの世的にも様々な嬉しい波及効果が出ているのだそうだ。
中でも一番は、数年前までは収容人数過多で困っていた天国と地獄、このブームで別世界での人生やりなおしを選ぶ人が増加したおかげで、めでたく適正人数に近づきつつあるらしい。
結果、異世界転生者にはチート能力の特典が付き、ここ死亡者受付所には特別な補助が出ているのだそうだ。
「まあ、ここはね、現世で言えば役所なんですが、実はノルマボーナスあるんですよ。はい」
そういうと丸メガネは、ホクホク顔でまたもにやりと口角をあげる。
「夫婦円満の秘訣ですわ」
そか、それはよかったね。
死ぬ前は28で独身だった俺からすれば、丁重にお殴り申し上げたい笑顔だけれど、夫婦円満はヨロこばしいことに違いないので、愛想笑いを返しておく。
が、丸メガネ的には、そこまでのリアクションは必要なかったらしく、粛々と作業に戻った。
「で、こちらがですね、転生先を選べるカタログ、題して『セカンドライフリスト』なんですが、ちょっとページ数が多いのが難点でしてね、申し訳ないとは思いますが転生先はこの中からお選びください」
渡されたのは、ちょっとした辞書レベルの分厚い本。
「いやね、現世の技術導入でタブレットにしてくれって言ってるんですけど、まあこういうところは反応が遅くて」
死にたてだってのに、世知辛い話を聞かせられたもんだ。
まあいい、ただ……。
「これ、今すぐ選ぶんですか」
後ろを見れば結構な行列。
ここでモタモタこの本の中から転生先を選んでいたら、後ろに並ぶ人たちの殺気のこもった視線で頭がおかしくなりそうである。まあ、その視線の意味、直前まで並んでいたんだ、よくわかる。
俺も、こっちについてから、なんと7時間並んだ。
いくら死んで体力の消耗がないとはいえ、さすがにイライラは隠せない。
「あ、そうですね、貸出なんであちらのテーブルで選んでから、また並んでも大丈夫です」
「なにっ、また並ぶの?ここに?」
「ええ、規則ですので」
まさにお役所仕事だが、さすがにごめんである。
俺としてはただなんとなく、これといって深い事情もなく、ほんの気まぐれで異世界転生を選んだだけなのだ。よって、転生先にこれといった思い入れはない。そんな俺がじっくり選ぶためだけにまた7時間並べと言われたら、きっと転生自体をくじけてしまうに違いない。
結構天国確率が高いらしい、天国か!地獄か!の一発勝負の方にかけてしまいそうな気がする。
それでは、これまでの7時間がもったいない。
うーん、いっか、適当に選ぼ。
「ああ、じゃぁ、ここで」
適当にペラペラッとめくり、なんとなく異世界感のある挿絵のついた場所を指さす。
「あ、いいですね、オススメですよ中世ヨーロッパ風のファンタジー系異世界」
「ほぉ、オススメなんですね、そういうの」
「ええ、やっぱりケモミミ少女とかエルフのボインちゃんとかいると、ね」
ボインちゃんって初老の使う言葉だわ。
ま、嫌いじゃないけどね。ボインちゃん。
「そか、じゃ、そこで」
「種族は?」
「人間で」
「年齢は?」
「ああ、10代中ごろかな」
「性別は?」
「男で」
「……はい。承知いたしました」
決してボインちゃんにつられたわけではないものの、俺がそこを選ぶと、丸メガネの男はいくつか質問して、カタカタとキーボードをたたいて確認する。
「ハイ、いいですね、他に希望者もいませんし、転生中の人もいません」
「いないの?」
「え、いた方がいいですか、どちらかというといない方が好まれますから」
どうなんだろう、うん、ま、希少価値が付いた方が楽しみやすいかもな。
「じゃ、いない方で」
「かしこまりました、それでは『あなた様の御存命中に追加補充なし』で登録いたします」
「あ、これはご丁寧に」
そう確認すると、丸メガネはなにやら書類に書き込み、ポンと判をついた。
「ハイ、OKです、では、転生特典のチートですがどういたしますか?」
「オススメは?」
「スイマセン、さすがにそれをやっちゃうとあっちの世界への過度な介入になりますので」
そうか、そうだろうな。
うむ、中世ヨーロッパ風のファンタジー世界ね。
「なぁ、世界かえちゃうレベルのチート能力とかでも?」
「ええ、むしろ大半はそうですよ」
丸メガネはほほ笑む。
ま、そうだろうね。
「よし、じゃ、その世界で最も強い魔導士を圧倒する魔力を持ち、前例にない多彩な魔法を使える、人類最強戦力的な魔導士でいこう」
「あ、はいはい、そういった特徴の世界最強魔導士ということですね……て、えっと、うーん」
「まずいですか?」
「いえ、まずくはないですが、ええ、これは、その」
ヤバイ、なんか問題っぽいぞ。
しかし、だ、中世ヨーロッパ風の異世界で、魔力チートの魔導士というとっさの思い付きはかなり魅力的、ここで撤回させられるのは歓迎しない。
「問題ないならいいじゃないですか」
「ええ、しかしですね」
俺は丸メガネの声をさえぎって、後ろを指さす。
「ね、後ろも混んでますし、サクッといきましょう」
「あ、はいそうですね、わかりました、恨みっこなしで」
……恨みっこなし?
「では、佐竹浩一郎様『異世界ドメィキリエスに魔力チート系で転生』でお願いいたします」
丸メガネの一声で、俺のいるその場の天井がぼんやりと光る。
この後、きっと転生するのは7時間の行列で見飽きるほど見たから知っているのだが、気になるのは「恨みっこなし」だ。
「あ、なぁ、恨みっこなしって……」
「ハイ、次の方―」
その声とともに、景色は突然暗転。
そして、数時間後。
俺は、7時間を惜しんで適当に異世界を決めた自らの所業に、心底後悔することとなる。
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