シーズン4 メテオ海戦

第4ー1話 悲しみの限界

 想いとは儚いものだ。



どれだけ強く願っても届かない事や叶わない事など珍しい事ではない。



それだけ世界とは残酷なまでに時が進み、人々の想いは煙の様に消えていく。



 だがもし幸福と言うなら想いが消える前に、誰かの胸に届いていれば幸いだろう。



メルキータの母の想いや、愚鈍なるノバが最期に残した言葉の意味をぼんやりと考えながら大の字になって牢屋の天井を見つめている。



 彼女らの想いを様々な心境で受け止めている虎白はミカエル兵団に再び逮捕された。




「まったくお前達は・・・」



 牢屋の扉が開いて呆れ顔のゼウスに微笑んだ虎白は数日間拘留した後に釈放となった。



親友嬴政と共に朝日を浴びると帰路へとついた。



両者の間に会話はなく、それぞれが出迎えの衛兵と共に国へと帰っていった。



虎白は完成したも同然である国へ戻ると城の中へと足早に入っていく。



 疲れ切った表情で天井をぼんやり見つめていると部屋に魔呂が入ってきた。




「おかえりなさい」

「ノバの暴挙が認められて無罪放免だ」

「当然よ。 それより姉さんが渡してくれた小包覚えている?」




 それは冥府から共に逃げ帰る直前に魔呂の姉から手渡された遺品とも言える品だ。



開けようと思いつつもツンドラ侵攻などで機会を逃していた魔呂は今を持って開けようと決意している。



 立て続けに起きた問題を一通対処した虎白はいよいよ溜まりに溜まった悲しみを癒そうとしていた。



魔呂が小包を開けると魔呂と姉達が楽しげに写っている写真と手袋とマントが入っている。




「姉さん達が大切にしていた物よ」

「そうか・・・じゃあ心のどこかでお前がいなくなる事を想定していたんだな・・・」




 大切な妹を酷使し続けた姉達は心では罪悪感を感じつつも冥府というどうしようもない環境に苦しんでいた。



それでもいつの日か姉妹で仲良く暮らせる日を夢見ては志半ばで潰えた。



 今回のツンドラ侵攻で魔呂と同じ苦しみを持つ者を新たに迎え入れた虎白は自身の受け止めきれる容量の限界に達していた。



言葉を詰まらせながら魔呂の頭をなでると立ち上がった。




「わ、悪いが・・・」

「いいのよ。 私の前で泣きたくないなら竹子でも呼んで来ようか?」

「い、いや・・・一人にしてくれ・・・落ち着いたらもう一度話そう。 お前の傷を癒やさないとな・・・」




 言葉を詰まらせ、発する言葉のほとんどを震わせながら話し終えると魔呂は静かに部屋を出ていった。



扉が閉まる音と共に崩れ落ちた虎白は大粒の涙を流し始めた。



 まるで口から臓器が出てきてしまうほど嗚咽を催している悲しき神族は自身と関わった事で多くの者に悲劇を与えてしまったと感じていた。




「誰か教えてくれ・・・記憶まで失った俺が何をしているんだ・・・過去の事は思い出せねえよ・・・どうして俺が行く所では誰かが死ぬんだよ・・・」




 霊界で覚醒して以来、祐輝、新納、土屋に厳三郎と赤備えと始まり天上界に来ても魔呂の姉達に蛾苦と来てメルキータの母親まで死なせてしまった虎白は精神の限界に達していた。



 これだけの犠牲を出しても自身の消えた記憶は蘇らず、この先の未来を歩む気力が失せている。



失せているというより歩む事への恐怖心で立ち止まっていた。



白くて綺麗な畳が涙で染まり始めているそんな時だ。




「大丈夫だって虎白よお。 別にお前が悪いんじゃねえから」

「だ、誰だ!?」

「忘れてんじゃねえよ。 まあそのうち思い出すんじゃねえか? 俺の妹がお前の国へ移住したがっているからよ。 迎えてやってくれよ」




 声の主は聞き覚えのある声だが誰なのか思い出せずにいた。



そして声は頭の中で響いているのだ。



暗い畳の部屋で一人で話し込んでいる虎白だったが、頭痛と共に眠りについた。



 やがて夜になり、魔呂が落ち着いたのかと部屋を覗くと眠っている虎白を見つけたが隣で添い寝すると何も話す事はなかった。




「傷ついているのね。 私もよー。 皮肉な事にツンドラで殺しを行っている間だけは忘れる事ができたわ。 そんな私だって存在価値を自問自答しているわよ・・・」




 戦神であるが故に殺し合いの場に身を投じている間だけは姉を失った悲しみを忘れられた。



魔呂の皮肉なまでの快感が誰かに知られれば嫌悪されるのは明白。



だが虎白にだけは理解してもらいたいと小さな体を眠る神族に密着させた。



今宵は神族と戦神が共に心の傷を癒やす夜なのだ。



 魂でも抜けたかの様に眠っていた二柱の神族を朝日が起こすと最初に起き上がったのは虎白だ。




「なんだよ来てたのか。 それにしても子供みてえだな魔呂」




 むにゃむにゃと言いながら虎白の白い手を探っている戦神の頭をなでて毛布をかけると部屋を出ていった。



 気を失う前に聞こえた謎の声は第六感を通して聞こえていたのだろう。



だが声の主が誰であって何を意味しているのかはわからずにいた。



目を擦りながら廊下を歩いていると国に残って建国の準備を行っていた竹子達が出迎えた。




「おはよお。 お疲れ様だよね」

「ありがとうな。 会いたかったぞ竹子」

「ふふ、私も」




 そう言いながら腕を手繰り寄せてふっくらとした胸元に近づけると、楽しげな表情で廊下を歩いていった。



竹子が虎白を連れて行った場所は城内にある食卓だ。



 冥府潜入以来、仲間になった甲斐や夜叉子にお初などが寝食を共にするためだと話す竹子は自慢げな表情をして台所へ行くと朝食を作り始めた。




「大変な事がたくさんあったんだから朝ごはんでも食べてまずはゆっくりして」

「ありがとうな。 それにしても寝起きでもやっぱり可愛いな」




 こんなやり取りがしたいと何度もツンドラの悲しき戦場で考えていたのだ。



虎白の元に集まった多くの悲しみを癒やしていくのはこれから。



そのためには虎白自身が心を強く持たねばならないのだ。



 だが今日だけは竹子の料理をしている色っぽい後ろ姿を見て鼻の下を伸ばしているも悪くないだろう。

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