第3ー15話 生命の無駄遣い
大兵を持ってしても傑物を前には意味をなさないと言うものか。
魔呂と鵜乱によって崩壊させられたツンドラ軍の本陣がもたらす影響は小さな波紋の様に徐々に大きくなっていった。
開戦から既に四時間が経過する平原での死闘は両軍の兵士に疲労をもたらしていたが、犬特有の生存本能を武器にツンドラ兵は異次元の奮戦を見せている。
対して秦軍は部隊を何度も入れ替えて応戦しているが、人間の限界か戦場に倒れていく将兵が増え始めた。
そんな戦場の中で圧倒的に異彩を放って躍動しているのが虎白だ。
秦軍の兵士が入れ代わり立ち代わり虎白の横に来ては戦闘を継続する中でも神族の虎白だけは一度も後退せずに乱戦を続けていた。
「ば、化け物か・・・」
「種族の違いってやつだろ? 悪いが俺も負けられねえからよ」
二刀流を軽快に振り回してはいとも簡単にツンドラ兵を斬り捨てていく虎白の姿に秦軍の将兵も感化され勇猛果敢に戦っていた。
秦軍と虎白の予想外の奮戦と本陣部隊の崩壊によってツンドラ軍は大兵を有しているが、次第に劣勢となり始めたのだ。
しかし退却しようにも命令を出す総大将が戦死している今となっては誰が指示を出すのかと部隊が困惑し始めた。
そんな状況に気がついた虎白は不敵な笑みを浮かべてツンドラの将兵に向かって声を発した。
「総大将が戦死したぞ!! 命令が届かないのが証拠だろうが!! 投降すれば殺さないぞ!!」
そう叫んだ虎白は後ろを振り返ると、秦軍本陣の中から出てきたメルキータ皇女を見ている。
同胞が秦軍によって殺されるという惨劇と、こうでもしなくては兄であるノバの暴挙が止まらないという現実の狭間から悲壮感を漂わせて歩いてきた。
ツンドラ軍の総大将の戦死に対する衝撃で唖然とした表情で虎白への攻撃を止めた将兵は皇女の悲痛の表情を見ては投降するべきかと迷い始めた。
するとメルキータは裏返るほどの声を上げて投降を促した。
「もう十分だから死なないでくれ!! お願いだから・・・兄上はお前達の命なんて何とも思っていないのだ!!」
メルキータの叫び声を聞いた将兵は一頭、また一頭と武器をその場に捨てて秦軍へ投降を始めた。
安堵の表情を浮かべたメルキータが一息ついたその時だ。
一発の銃声が響いたかと思えば騒然となる停戦の場でツンドラ兵が倒れた。
驚いた皇女が向けた視線の先では拳銃の銃口から煙を出しているツンドラ軍の将校が鬼の形相で倒れる兵士を睨んでいる。
「我らツンドラに降伏はない!! 総大将が戦死したのなら我々も死ぬまで戦え!! もしくは勝利するかだ!!」
怒りをあらわにして絶叫する将校は武器を拾わない兵士を次々と射殺して回った。
その姿を見た周囲の将校達も同じ様に配下の兵士達に拳銃を向けて脅しているではないか。
やはり投降は無駄かと諦めた様子で虎白が刀を握り直して秦軍と共に再攻撃を仕掛けようとした時だ。
虎白の女の様に細い体をどかして前へ歩き始めたのはメルキータではないか。
剣を腰に差したまま歩いていく皇女を気にかけている虎白の静止すら無視してツンドラ将校の元へ歩いていくと両手を広げて凄まじい表情をしている。
「兵士を撃つな!! 私の命令だ!! 不服なら私を撃て!!!!」
皇女様がそう話すと兵士達は足早に彼女の背中に隠れる様に投降していった。
対して将校は驚きながらも拳銃をメルキータに構えた。
指が引き金にかかると、今にも発砲しそうな雰囲気を出している。
すると風を切る甲高い音と共に虎白が将校を斬り捨てるとメルキータの胸ぐらを掴んで後方へと下げていった。
「馬鹿な事するな」
「私はもう死んでほしくないんだっ!! 私が何かしないと・・・」
「お前が死んでも終わらねえぞ。 生きていれば助かる命も出てくるんじゃねえか?」
崩れ落ちる様にその場で両膝をついては涙を流す皇女メルキータは小刻みに震えながら細くて綺麗な腕をさすっていた。
自身の亡命から始まった事だが、やはり同胞が次々に殺されていくというのは耐え難い惨劇であった。
泣き崩れるメルキータの肩に手を置いた虎白の瞳は落ち着いている。
「諦めるな。 兄貴が皇帝にいたら死ぬやつはこんなもんじゃねえぞ。 こいつらの犠牲を無駄にしたくねえなら立ち上がって兵士達を投降させろ」
すると始皇帝こと嬴政が秦軍の将兵にとある命令を下した。
「現在地から十歩後退しろ」と命令を発すると、不気味な静寂が保たれている戦場に奇妙な間隔が開いた。
その中間地帯はツンドラ兵達にとって運命の決断になる。
怒り狂う将校を無視して秦軍に投降するか、命令に従って戦闘を継続するかだ。
間隔が開いた事で秦軍の騎馬隊は再度、突撃の準備が整い弓隊が構えている。
すると次の瞬間には怒号が響き渡った。
「メルキータ様の元へ行くぞ!!!!」
「裏切り者を殺せー!!!!」
なんとツンドラ兵同士が殺し合いを始めたのだ。
その惨劇を目の当たりにしたメルキータは泣きながら虚しき乱戦の中へと飛び込んでいく。
一方で秦軍は休息を取り始めて町への攻略の準備を始めるのだった。
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