第8話 記憶への恐怖心
広い公園は、周囲への見晴らしも良く、守りに徹するには最適な場所であった。新納が連れている、とんがり帽子の兵士は、数百人も存在している。公園の四方に人員を配置することも容易であった。
「新納ー! お昼寝しようよー!」
「こらこらお嬢。 周囲の警戒に当たらんでよかとか? 鞍馬どんに怒られるぞ?」
「いいのいいのーお昼寝するって決めたの」
配下のとんがり帽子や、虎白らが周囲を警戒している。そんな中で、新納のたくましい体を枕に笹子は昼寝を始めた。
これは、笹子と新納のもはや日課とも言える風景だった。
「あいつらまた昼寝か。 ここに来てもう三日経つが、毎日この時間には昼寝するんだな」
「ふふっそうだね。 それにしても笹子が元気で安心したよお」
「祐輝のことは残念だったが、笹子のためにもう一度生きようと思えたか?」
「う、うん......」
竹子は、前髪を触ると、虎白に背中を向けている。覗き込んで可愛い顔を確認すると、強張った表情で、下唇を噛んでいた。
「なんだよ? まだ死ぬ気じゃねえだろうな?」
「そんなことないよ! 笹子がいるものね。 それとお......」
「それと?」
「な、なんでもないよお! あ、兵隊さんと警備代わって来ようかな」
「お、おい!?」
足早に去っていく竹子の、小さい背中を見ている虎白は首をかしげている。周囲を歩きながら、怨霊を警戒している虎白は、やがて長椅子に腰掛けて笹子と新納を見た。
「お嬢、昼寝せんのやったら警備戻るぞ」
「ねえねえ新納ーこのまま、姉上と虎白を連れてどっか遠く行こうよ! 海が見たいなあ」
「観光じゃなかよ! 呑気なお嬢じゃな」
「こんな世界なんだし。 少しは楽しいこと考えないとね!」
たくましい腹を枕にして、楽しげに話している笹子の頭を優しく撫でている。まるで仲の良い親子のようだ。
腕を組んで、静かに見ている虎白からの視線を気にすることもなく、笹子は霊界を旅したいと話している。
「そうだねえ新納! 狐のお侍さん達は何処へ行ったのかな?」
「神族のお侍ならそこにいるっど」
「どうして虎白しかいないのかなー? 前はもっとたくさんいたじゃんねー?」
新納と笹子の会話を盗み聞きしている虎白も、険しい表情をしている。人間より遥かに発達している狐の耳は、離れた長椅子からでも会話まで聞こえていた。
「良く聞くよな......他にも俺と同じような侍がいたなんて。 俺が狙われているのと何か関係あるのかな......」
難しい表情をして、座り込んでいる。消えた記憶と消えた狐の軍隊。自分だけが、何故この霊界に残っているのか。怨霊は何が目的で狙ってくるのか。
虎白は、数多くの疑問を抱えながら、長椅子に深く腰掛けると仮眠を取った。
「そ、そういえば......祐輝の体から復活してもう四日ぐらい経つが、一睡もしてなかった............」
体を丸めて、長椅子の上で虎白は久しぶりに眠った。
「お前が本当に行くのなら、お前の国の流儀でケリつけるぞ」
「死にに行くようなものだ......行っちゃダメだ虎白......」
「か、必ず生きて、また会おう......」
「全てお前が悪いんだ鞍馬。 お前が! 俺達をこんな姿に変えたんだ......」
虎白は眠りながら、うなされている。
「ねえ大丈夫? 起きてよ虎白!」
「はっ!?」
「大丈夫?」
「あ、ああ......」
慌てて目を開くと、そこには竹子の顔が間近にまで迫っていた。心配した様子の竹子は、強張った表情だ。
やがて起き上がった虎白は、頭をかきながら、何度も首をかしげている。
「悪い夢でも見たの?」
「うーん。 声が聞こえた......懐かしく感じる声だったが、誰だか思い出せねえ......最後に俺が悪いって言っていた声は違う声だったが、それも聞き覚えがあった......」
虎白は長椅子に深く腰掛けて、遠くを見ている。しばらく遠くを見ていた虎白の目からは、涙が流れた。
驚いた竹子が、布で涙を拭くと純白の手を優しく握った。
「大丈夫虎白?」
「あ、ああ......お、俺は何者なんだ......」
「何者でもいいよ。 私はずっと隣にいるからね?」
「ありがとうな竹子。 例え何があっても味方でいてくれ......」
底知れぬ恐怖に震えている。消えた記憶の断片からは、物騒な言葉ばかり蘇った。もしかすると、自分は何かとんでもないことをしたのではと。
竹子は静かに手を握り続けた。
「ねえ虎白ー姉上ー! 海でも行こうよー!」
「こらお嬢!」
「海か。 悪くねえなあ......」
「ふふ、笹子楽しそう」
虎白は竹子の手を握ったまま、立ち上がると海でも見に行くことにした。このまま、公園に残っていても何も始まらない。
消えた記憶を復活させる方法も、何もかもが謎のままだ。それなら、海でも行って気分転換するのもいいだろう。笹子の希望である海を目指して、一同は再び歩み始めるのだ。
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