第70話 シンパシー
私は思わず自分の耳を疑った。
しかし、その言葉は私の脳内を何回も反響しているので、嫌というほど聞き直せた。
元カノって言った?
え……?
「あなたが賢太くんを恩人だと思っているかなんか知らないけど、私は賢太くんの彼女だった女よ。賢太くんのことなら何でも知ってる」
私が呆然としているのを見て、とどめを刺すように染井さんは言葉を続けた。
車いすに座っている私の目を見つめているので、傍目からは見下すように見えているかもしれない。
しかし、その目からは私のことを対等に、女性として見てくれていることが伝わってくる。
しかも、その言葉には私をいじめて楽しむというよりは、それ以上に私を賢太さんから遠ざけようとする意図の方が多いように感じる。
なるほど、これが噂の賢太さんの元カノさんか。
紗季先輩が言っていた通り、一筋縄ではいかない気がする。
まだ、会って数分しかたってないが、ほぼ確信に近い。
「わ、私だって賢太さんのこと知ってますよ。確かに、まだ賢太さんと会って時間は浅いですが、時間では測れない関係性を築いたと思っています! この気持ちは元カノさんにも負けません!」
私も負けじと染井さんを見つめ返す。
染井さんに賢太さんをあきらめるように圧力をかけられただけで、諦めるほど私の思いは軽くない。
相手が賢太さんの元カノだろうが、許嫁だろうが関係ない。
なんだったら、賢太さんに彼女がいても諦めたくない。諦められない。
それほど、賢太さんが好きになったと自覚させられたのだから。
「なるほどね」
私と睨み合って数秒経った後、染井さんはそうつぶやいた。
「私はあなたのことはまったく知らないし、知ろうとも思わない。あなたが賢太くんと何があったのかも聞かないし、あなたの病気のことで手加減もしない」
「それでも私と戦う自信はあるの?」
染井さんは私のことを試すような目つき、言い方で宣戦布告をしてきた。
正直に言って、染井さんの容姿は一般的な女性と比べて群を抜いている。
しかもそれに加えて、一度付き合っていたという経験から、賢太さんの好きな物や好きなタイプ、好きな仕草などはすべて知っているというアドバンテージを持っている。
だから何だというのだ。
これからもっともっと、賢太さんを知っていけばいいだけだ。
容姿も同じぐらいのはずだ。私だって負けていない……はず。。
そう思わないとやってられない。
はぁ……。
私は一度下を向き、息を吐く。
そしてもう一度顔を上げ、胸を張った。
「もちろんです」
「むしろ、こんなにハンデがあるのに負けてほえ面をかかないでくださいね?」
私も挑発をするように、言葉をひねり出した。
あまり争いごとは好まないが、そうは言ってはいられない。
きっと、染井さんは私に似ている。
『なぜそう思うのか』と訊かれたらはっきりと答えられないが。
目の奥の景色や、賢太さんの思い、雰囲気などがどことなく似ている気がした。
そしてそれも、向こうも気づいているはず。
だから、この挑発以上の言葉は何も要らない。
「ふーん、そういうことね」
「そういうことです」
お互いの静寂がその場を占める。
その静寂は重苦しいものというよりは、ライバルとの間に流れる心地いいものだった。
そして二人して一緒に破顔した。
「車いす押してあげる」
「それでは、お言葉に甘えて。よろしくお願いします」
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