第27話 紗季とパンケーキ

 週末の午前中。

 いつもの俺なら寝て過ごしている時間だが、今日は珍しく外に出ていた。

 しかも、多くの人が集まる行列の中にいる。

 

 なぜ俺がこんな似つかわしくない所にいるのかというと……。


「ねぇ、この期間限定の苺のパンケーキおいしそうじゃない?」


 そう、紗季とパンケーキを食べるためだ。


 別に、俺がパンケーキに興味があって、紗季を誘ったわけではない。

 前回のサークルで紗季にボコボコにされて、賭けに負けたからだ。


 なので、紗季が見せてくるメニュー表を死んだ目で見る。

 画像のパンケーキは、苺や苺のクリームが乗っていてとても美味しそうだ。

 しかし、このために何時間も並ぶことができるかと言われたらどうだろうか。

 俺には並んで食べるほどの価値はないと思うが、女性の気持ちが分からないものだ。 

 

「俺にはよく分からん……」

「情けないわね。女子の好きな物くらい把握しておきなさいよ。だから彼女の一人もできないのよ」

「女心ってめんどくせーな」


 パンケーキを良く知っているだけでモテるなら、大学の講義を捨ててでも勉強するわ。

 女心って、とりあえず同情すればいいんだろ?


「じゃあ、俺もその苺のやつでいいよ」

「はぁ?」


 紗季の目に殺意が籠った。

 どうやら間違ったらしい。

 また、僕なにかやっちゃいました?


「同じもの選んだら、他の種類と食べ比べできないじゃない。殺すわよ」

「ひえぇ、ごめんなさい」


 紗季はパンケーキの話になると、性格が過激になる。

 こんなことで殺されるなんて、たまったもんじゃない。

 こうなった紗季は止まらないので言うとおりにする。


「だからあんたは、メロンパンケーキにしなさい」

「はい……」


 メロンは嫌いではないので特に不満も言わずに同意する。


 とりあえずメニューは決まったので、メニュー表を店員さんに返す。

 そうしてメニューを決めてしまうと、俺たちは手持ち無沙汰になってしまった。


「なぁ、パンケーキ屋さんって未だにこんな並ぶもんなのか?」

「そうね、ここらへんで一番人気の店だしこんなもんじゃないの」


 そう言われて、店の周辺に視線を配る。

 前と後ろには同じぐらいの人数が並んでおり、そのうちのほとんどが女性でカップルも多い。

 なんかすごい気まずい。


「なぁ、俺って場違いじゃないか? 女性客とカップルしかいないんだが」

「私だってそう思ったからあんたを誘ったんじゃない」


 ……。


「おい、勘違いするだろ」

「勘違いさせちゃってごめんなさいね?」


 紗季は舌をちらっと出してからかってくる。

 現役女子大生モデルの舌出し姿は、とても絵になる。

 しかし、この流れも定番と化しているので、今更紗季ぐらいではどきりともしない。


「ていうか、お前変装して来いよ。なんで本気のガチ勝負服着てきてんだよ」

「そこまで勝負服じゃないわよ。なんで賢太相手に全力の勝負服着て来ないといけないのよ。精々八割程度の勝負服よ」

「そこそこ出してんじゃねぇか。マスクとか眼鏡とかしないと撮られるぞ」

「賢太となら気にしないわ」


 ……。

  

 ……確かに俺と撮られたとしても、勘違いするはずもないか。

 なんか今日は紗季の様子がおかしい気がする。


 そう考えていると、前の行列が解消されて俺たちの番になった。


「さぁ、行くわよ!」


 紗季は俺の手を取って、入店していった。

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