第14話  白き洞窟:『土職人ブラッド』

「驚いた。人間か? お主ら。」


その声は私達が入って来た辺りから、聞こえた。低い嗄れた声だ。


振り返るとそこには銀色の鎧を着た男性がいた。


「すげー! まじでおっさんだ! それも小せぇ!」


「愁弥!」


気持ちはわかるが……砕けすぎだ。


私達よりも小柄な男性だ。

子供……と、同じぐらいの背丈。だが、その顔は初老の勇ましい風貌。


ドワーフだ。

赤みがかったもじゃっとした毛に、口の周りにも髭。


小柄とは言ったが、がちっとした体格だ。背だけが低い。


大きな斧を抱えたドワーフは、高らかに笑った。


彼等のこの黒に近い茶の混じった瞳は、いつ見ても不思議な色彩だ。


「人間に会うと必ず言われる言葉じゃな。おや? “雪樹木アウラの木”に、光が降りてるな。いたのか?」


雪樹木アウラの木


「さっきまでいたんだ。すまない。この木はどうしてここにあるんだ? 何も無い雪と洞窟の中で何故……育つんだ?」


聞きたかったが……彼女の言動に、飲まれてしまった。

このドワーフならわかるかもしれない。


「ああ。その木は“精霊の樹”だ。精霊のいる所には必ず“樹”があるそうだ。何故あるのかはわからんが、棲み家には必ず生えとるそうじゃよ。」


私はその声に振り返った。


そうか。精霊がいるから生えているのか。特別なものなのか。


白い光は今も雪の傘の上に舞っている。それはまるで、命の雨みたいに見えた。


「ワシらは精霊には、嫌われているからな。こうしてワシらの気配がすると、いなくなってしまう。かと言って……争ってる訳ではない。好かん。と言うヤツじゃ。」


このドワーフは気さくだな。前に会った人は、とても怖い人であった。


こんなに話をしてくれなかった。


赤毛のドワーフ……。名を聞きたい。


「私は“瑠火”だ。貴方は? 出来れば名を教えて欲しい。」


すると少しだけブラウンが入った瞳を、丸くした。

だが、その顔はにこやかになった。


笑うととても親近感が湧く。


「“ブラッド”じゃ。お若いの。良ければワシの工房に来んか?」


ブラッドさん……。

工房。それは行きたい。


「是非。」


あ……。

私一人では無かった。


「愁弥。いいか? 興味があるんだ。」


そうだった。

連れがいるのだった。


「いいよ。嬉しそうだし。」


愁弥は笑ってそう言ってくれた。


「だから! ザワザワするからやめろ。」


ガンッ!


と、檻篭を頭突きするルシエルの声が、聞こえた。


この音は体当たりしている音だ。


何にザワついているんだ?

変なヤツだな。


私達は、アウラのいた空洞から違う空洞に入る。


先を歩くのはブラッドさんだ。

里に居た美夕。七歳の幼子。あの娘よりも背は高いかな。


私の腰よりは高い。


銀の鎧が歩く度に音をたてる。背中には斧を背負っている。その身体よりも大きな斧だ。


この斧は両刃だ。

私が戦う魔物たちなど、一刀両断出来そうな刃だ。


「そろそろここも離れようと思っていたからな。月雲の里も残念な結果になってしまったしな。お主のその眼と黒髪は、里の者じゃろ?」


やはり。

わかるのか。


この紅い眼と黒髪。

外の世界でも、珍しいものなのか。


「ええ。生き残りです」


「良かったな。生きてると言うのは素晴らしい事だ。哀しみは癒える。外は光に包まれている。お主にもきっと光は指す。」


不思議だ。

雪の洞窟は冷たく見えるが……、ブラッドさんと歩くとオレンジ色の光が包む。


彼自身がその光を放っている様だ。

たいまつの明るい暖かな光だ。


「ありがとうございます」


土職人ドワーフのブラッドさん。その工房は、洞窟の先にあった。


やはり開けた穴のなかだった。

私が前に訪れた“エムスレイ”と言うドワーフの工房と同じだ。


広い雪の空洞に木の机。

石で固めた“鍛冶”をする窯。今は火が消えているが、ここで鉄や銅を熱し武器を打つのだ。


その前には石で造られた台だ。

この上で作業をするのだろう。黒ずんだ鉄の板が置かれている。


鍛冶に必要な金槌ハンマーや道具。それもきちんと並べて置いてあった。


広い空洞には、きちんと腰掛ける為のスペースもある。


客を通す為のスペースなのか。

紅い毛皮の丸い敷物が敷かれていた。これは絨毯じゅうたんと呼ぶものらしい。


「そこに座りなさい。」


ブラッドさんの声に、私と愁弥は紅い毛皮の絨毯の上に座った。


白い雪の洞窟。

その壁には様々な武器が立て掛けてある。槍や剣が多いな。


ここで作業をしているのは、本当の様だ。この氷の様な雪の洞窟では、火を灯しても溶ける事もないのだろう。


立派な工房だ。


それに、所々にランプが灯してある。クリスタルを使っているそうで、火を灯しても割れないそうだ。


丸い球型のランプには、柔らかなオレンジの光が灯してあった。


だからかとても明るい。


「これ。すげーフカフカだな。ファーカーペットみたいだ。」


愁弥は紅い毛皮の絨毯を触って、そう言ったのだ。


「ファー? カーペット? 絨毯じゃないのか?」


「絨毯って言う表現はあんのか。同じよーなもんだ。この手触りは比べモンになんねーけどな。本物の毛皮なんだろ?」


んん? 

本物の毛皮??

偽物があるのか??


はっはっはっ!


ふと、ブラッドさんが大笑いをした。木の机の前に座っている。


彼もどうやら毛皮の絨毯の上に座るらしい。

彼の下には薄茶の毛皮の絨毯が、敷かれている。


「お主は何やら不思議な事を言うな? まるで別世界の人間の様だ。」


ブラッドさんは愁弥の事をとても、興味深い眼で見つめていたが、ふと視線を止めた。


「そのネックレスはどうされた?」


と、そう言ったのだ。


ブラッドさんの視線は愁弥のネックレスで、止まった様だ。


愁弥は立ち上がるとブラッドさんの前に、しゃがんだ。


そこでネックレスを差し出したのだ。


ブラッドさんはネックレスを手にすると、真剣な顔をして眺め、手触りなどを確かめている。


「間違いない。これは“アルシオン様”の造られたものじゃ。」


ブラッドさんはとても驚いている。

金色の獅子のネックレスを掌に乗せて、目を輝かせていた。


「アルシオン?」


愁弥が聞くと


「ワシらドワーフの“神”の様な人だ。ずっと崇められている御方じゃ。繊細なこの工芸品の数々と、彼の造る武器、防具、装飾品は、誰にも真似が出来ん。その昔、様々な神や王家にまで“秘宝”、財宝として譲られた代物だ。」


ブラッドさんのその顔はまるで子供の様だった。嬉しいその気持ちが、顔全体に溢れだしている。


「そんなすげーモンなのか?」


愁弥も目を丸くしていた。


「アルシオン様の作られる物は、不思議な力が込められておったそうだ。魔法とはまた少し違うな。武器であるならより強力に、防具であるなら最強の守護。装飾品であるならその力を活かす。そんな噂が広まり王家や神が欲したのだ。」


ブラッドさんはネックレスを見つめると、裏側に返した。

それを擦り


「繊細でいて力強い。このネックレスは、アルシオン様が“神国ミューズ”に献上されたと聞いたが……。神国ミューズは“闘神ゼクノス”。この獅子を崇めている国だ。その象徴としてアルシオン様が、当時の神皇に贈られたと言われている。」


ブラッドさんがそう言った辺りで、愁弥の腰は落ちた。


そこにあぐらをかいた。


彼には少し……難しい話だったのだろうか。横顔が険しい。


「悪い。ちょっとワケわかんねーな。とにかくすげーモンってことだよな?」


悪気は無いのだろう。

気持ちはわからなくもない。


聞く姿勢も未だ健在だ。


「アイツは素直だな。」


「うん。」


ルシエルが檻篭の中でため息まじりに、そう言った。


苦笑いを浮かべているかもしれない。


「そうか。では聞こう。お主はこれをどこで手にしたのじゃ? 神国ミューズか?」


ブラッドさんはどうやら“大人な対応”を、してくれている様だ。


柔らかな笑みを浮かべてそう言ったのだ。


「俺の家の近くにあるショップだ。」


ブラッドさんはぽかーんとしてしまった。これは、説明がいるな。


私はーー、ブラッドさんに愁弥がここにいる経緯を、説明した。



▷▷▷


「なるほどな。そうであったか。」


経緯を説明すると、ネックレスを愁弥に渡した。


愁弥はブラッドさんから受け取ると、首につけた。

だが、どうも上手くいかなそうだ。


引っ掛けてもたついている。

手がかじかんだのかもしれない。


私は愁弥の後ろにしゃがみ、ネックレスの留め具をつけた。


「悪いな」

「いや」


せっかくなので私もそこで、話を聞くことにした。ブラッドさんの顔も良く見える。


「お主……“愁弥”と言うたか。その光に包まれてコチラに来た。か。その光の正体はわからんが、“不思議な力”と言うのは、装飾品や人。想いが集うと放たれるものだ。」


ブラッドさんは私に、視線を向けた。真っ直ぐと見つめたのだ。


「察するに……“白雲しらく殿”の元々の力と、このネックレスの力。それに想い。それらが交差し不思議な力を産み出したのかもしれんな。白雲殿が転移の術を使えたのかもしれんが……、異世界への転移とはなかなか聞かぬものでな。ワシも詳しくはないが。」


ブラッドさんはどうにも言葉を選んでくれていた。だからか一気に喋ったのだ。


「想いってのはわかるよ。その親父さんは、瑠火の事をすげー心配してる感じだったからな。」


愁弥がそう言ったのだ。


「たった一人の生き残り。それを置いて亡くなるのは、心苦しい所であろう。白雲殿は心優しい御方であった。」


ブラッドさんはそう言うと、愁弥と私を眺めたのだ。


「何事にも意味がある。お主らが今……ここにいるのも、意味のある事だ。この世界にはその“謎”を解くだけの知識もある。」


ブラッドさんはそう言った。

深みと重みのある言葉だ。


でもとても響いた。


「見つかるじゃろう。必ずや。愁弥が帰る手立ても。瑠火……。お主の探す“仇”も。白雲殿の想いも。この世界には散らばっている。」


ブラッドさんもまた、この世界……“アルティミスト”で、長く渡り歩いてきたのだろう。


世界には多くの“謎を解く鍵”が、散らばっている。それは私にとって希望だ。


「ありがとうございます。」


この人に出逢えた事は大きい。心が軽くなった。


「ワシは彷徨いているでな。また何処ぞで会えるであろう。ドワーフは世界の底におる。覗いてみれば顔をだす。」


ブラッドさんは優しい笑みを浮かべていた。出会いとは別れでもある。


だが、それはまた再会までのほんの少しの別れだ。




工房を出ようとした時だった。


「瑠火。愁弥。これをやろう。」


ブラッドさんがくれたのは、銀色の腕輪だった。それも二本。


私と愁弥に差し出したのだ。


リング状の腕輪だ。

手に通して填めるものだ。


透明の石と蒼い石が散りばめられた装飾が、丁寧に施された腕輪だった。


「凄い。綺麗だ。」


「瑠火! 見せろ! 見せろ!」


興味があるのか。

ルシエルが檻篭からそう言ったのだ。


私は檻篭に近づけた。


「“破滅の幻獣”か。お主にとっては難儀だが、この地を出れるのは幸運か? ルシエル。」


檻篭の檻から腕輪を見るルシエルに、ブラッドさんはそう言ったのだ。


「まあな。こんなとこにいるが、肉は食えるし、たまには運動も出来るしな。」


ルシエルはそうは言っているが、腕輪に眼は夢中だ。


きらきらとしている。その眼は。


「つーか。こんなモン貰っていいのか? これすげー高そうだぞ。瑠火。」


「確かに。ブラッドさん。お金を……」


見れば見るほど細やかで美しい装飾だ。これはきっと呪いまじないの印であろう。ドワーフは印を文字の様に結んで、装飾にする。


それが不思議な力を与えるのだ。


「手を貸してやりたいが、今は手を貸してやれんからな。御守りだ。“銀の腕輪”。それは、守護の印を結んであるでな。少しは役に立つであろう。」


守護の印……。

それは助かる。


「ありがとうございます。」

「どうも。」


私と愁弥は揃って頭を下げた。


「気をつけてな。また何処かで会うじゃろう。その時は“同行”するでな。」


何とも……嬉しい一言であった。


「是非。お願いします。」


ブラッドさんはとてもにこやかに笑っていた。


丁重にお礼を言って私と、愁弥はその場から離れたのだ。


ドワーフのブラッドさんとの出会いであった。



▷▷▷


「良かったな。なんかやるべき事ってのが、見えてきたよな。」


一泊ーー、この洞窟でして行くことにした。


愁弥は毛皮に包まり火を見つめている。


「そうだな。一つずつ潰して行こう。」


私は横になりながら愁弥を見つめる。

火の向こう側で、煤を突きながら愁弥も寝っ転がっていた。


ルシエルは既に眠りについている。満腹なのだろう。


「瑠火。島を出るのははじめてだと言ってたな。」


愁弥は今日仕留めたアイスタイガーの牙。それを煤突きにしている。


それを置いた。


「ああ。そうだ。」


愁弥はごろん。と、寝転がった。仰向けだ。


「里には……その……いなかったのか?」


愁弥は何だかとても言いづらそうだ。その頭を掻いている。


「え?」


「いや。だから……好きなヤツとか。さ。」


え……?


それは……どうゆう意味だ?

好きなヤツ??


村長は好きだったが、きっとそうゆう事では無いのだろうな。


「瑠火?」


「あ……。良くわからないのだが……。その……どうゆう意味だ?」


困っているのはお互い様だった。だからか、暫く……火を見つめていた。


愁弥がフッと笑った。


「いや。いいよ。“今ので大体わかった”。変な事、聞いたな。」


な……何がわかったのだろうか?


私はわからない。


「勿体ねーな。」


愁弥はふ〜ん。とか言いながら、目を閉じた。


何が……勿体ないのだ?


「あーうるさい! ザワザワする!!」


ガンガン!!


頭の上でルシエルが檻篭に体当たりした。


起きてたのか。


コイツはこいつで訳がわからないな。


吹雪は明日になれば止むだろう。

氷河も越えられる。


島での最後の夜は、何だか心が温かくなっていた。





























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