第13話  白き洞窟:『樹氷の精霊』

「いや。まじすげーな。マグロ解体ショーかと思った。」


氷河を歩きながらの愁弥しゅうやの声だ。彼はさっきから氷漬けになった“肉”を、入れた袋を担ぎながら余程……珍しい光景を、見たのか。興奮冷めよらぬ感じだ。


私からしたら……ただ、“食糧”を解体しただけなのだが。


ルシエルは大人しく……黒い檻篭に戻った。皮と肉のついた軟骨を与えたからだろう。


檻の中でしゃぶっている。


「愁弥の世界では……肉は喰わないのか?」


「食うよ。がっつり。肉好きだからな。俺は。けど、あんな風に目の前で“捌いて”んのは、見ねーよな。細かくなって売られてるからな。」


なるほど。もう細かくなっているのか。どんな世界なのだろうか。


行ってみたいな。


と、同時に不安が過ぎった。

私は……愁弥の横顔を見ながら聞いてしまっていた。


「気持ち悪くはないか? それなら見た事の無いものだろう。」


魔物を解体する。

そんな場面は遭遇した事が無い。そうゆう事だ。私は気にもせず肉を裂き、毛皮まで剥いだ。それを……持たせている。


これは……どうなんだ?

酷な事をさせているのか?


「正直。ビビった。けどまー……蓄場とか行けばそんなんやってることだろーし、さっきも言ったが、マグロ解体とかもメディアでやってるしな。」


蓄場……?

家畜のことだろうか。牛や馬。豚に鳥。それらは変わらないのだろうか?


それに……マグロとは何だ?


「瑠火はすげー。何でも出来る。俺と同じぐれーなのにな。」


ん? ああ。そうだった。愁弥は何歳なのだろう。


「愁弥。歳は幾つになるんだ? 私は19だ。」


「ん? あ。やっぱり?? もしかしたら上かもなー。とか思ってたが、やっぱそーか。俺は17だ。つってもなったばっかだけどな。」


愁弥の胸元で金色の獅子のネックレスが、煌めく。


「17? そうか。」


歳下だったのか。

やっぱり合っていた。私より若そうだとは、思ったからだ。


「ん? なんかがっかりしてねー? 瑠火は年上がタイプか?」


「は??」


私はーー、驚いてしまった。

何を急に言い出すのかと思ったら。


「あ。いや。そんなふうに見えただけだ。そんなに驚くとは思わなかったな。」


愁弥は何だか照れ臭そうに、私から目を離したのだ。


年上がタイプ??


いや。そもそも何も考えていない。


「瑠火はそうゆうの苦手なんだ。姫様だから。愁弥。そこら辺も教えてやってくれよ。そうすれば、少しは可愛くなるかもな〜」


むしゃむしゃと軟骨齧りながら、また一言余計な幻獣。


「大きなお世話だ」


「うげ。可愛くない」


満足そうな顔をしながら、嫌味を言う。困った幻獣だ。


ハハハ……


愁弥は隣で笑う。

屈託なく。


「俺で良ければ。幾らでも。」


ん? 何か……気になる言葉ではあるが……止めておこう。


雲行きが怪しくなってきてしまった。

やはり……少し早い出発だったか。


天候が荒れそうだ。


暖流から寒流に変わる時期は、気候も乱れる。吹雪が荒れる時期でもある。

それが落ち着くのが、一週間。


その時期を見計らい氷河を越えなければ、ニ〜三日もすると、直ぐに暖流と猛吹雪が訪れる。


氷河に近づけないのはその為でもある。不思議な島なのだ。


まるで……島を出る者を拒むかの様だ。


「愁弥。今夜は吹雪く。もう少し先に“洞窟”がある。そこで休もう。」


私の言葉に、愁弥は空を見上げた。


「ああ。たしかに。さっきまで小さな太陽が見えてたのにな。雲が厚くなってきたな。」


自然を見極める眼があるのか。空を見上げて判断する。


この辺りは空をいつも見ていないと……出て来ない言葉だろう。


理解があるのは助かる。


私達は、氷河の中盤。

その洞窟で一夜を明かすことにした。



▷▷▷


白き洞窟ーー。


この辺りは来た事がない。

クロイからの話を聞いてるだけだ。


真っ白な洞窟だ。

雪だ。これは。


氷の洞窟だと思ったが……、雪に覆われた洞窟だった。


それもこの氷河の中にぽっかりと開いていた。空洞は下に続き、緩やかな坂道だ。


まるで雪が階段の様になっていて、そこを降りて空洞に出たのだ。


不思議な場所だ。


その階段を降りるとこの……開けた空洞に、出たのだ。


丁度、暖を取り休めるスペースになっている。だが、雪で覆われている。


「すげー。氷みてーに固まってんな?」


愁弥は壁を触りながらそう言った。


そうなのだ。

触ると粉雪が舞うが、氷の様に固まった雪の洞窟なのだ。


年月が経ち……雪の表面を残し、凍りついたのか。


「まるで“樹氷の精霊アウラ”の棲み家みたいだな。」


珍しい発言だった。

ルシエルが、泊まる場所でこんな事を言うことはない。いつもは着けば直ぐに、肉を焼け。それだけだ。


「“樹氷の精霊アウラ”?」


私がそう聞くと


「瑠火。先にも行けるみてーだぞ。ちょっと行ってみねー?」


愁弥が洞窟の先を見ながらそう言ったのだ。この空洞はここで終わりではない。


この先も下に降りる様に続いている。


私達の居る場所は、その中間地点だ。


更に奥に下がれる様になっている。

私は、空洞の先に近づく。


やはり、雪の階段。

それが下に続いていた。


「もしかしたら土職人ドワーフの棲み家かもしれない。この地にはドワーフの穴がある。月雲つくもの里の近くにもあったんだ。」


白雲しらく村長と、何度か行った事がある。


だが、ドワーフ達は用心深い。

常に同じ通り道にいるとは限らない。


一人で行った時は、穴はあったがもぬけの殻だった。居た気配はあったが、移動した後だった。


「ドワーフ? お。聞いたことあるな。確か。すげー小さなおっさんだよな?」


愁弥がいつの間にか……私の後ろにいた。

風の通る空洞から、冷たい空気が流れこんでいる。


先はぼんやりとしか光っていない。

白い光。

この空洞を照らす仄かな白い光と、同じだ。


「……確かに……“初老の男性”に似た姿だが……。おっさんと言うのは……少々。不適切な表現だぞ。愁弥。」


そう。ドワーフ達は、私達よりも小柄だ。だが、皆、勇ましい顔立ちをしている。


男性も女性も中年から少し歳を重ねた程度の、容姿。髪も長く髭を生やした男性が多い。確かに……“おじさん”ではあるが。


「真面目ちゃんだな〜。姉貴に似てるよ。どーする? 行ってみるか?」


姉貴? ああ。お姉さんがいたと言っていたな。


私からすると……砕けすぎだと思うが……。まあ、いい。


「行ってみよう。ドワーフには中々……会えないんだ。」


私のこのブラウンのマントも、軽くて暖かい。“魔法の糸”を紡ぎ作成したドワーフの手作りだ。


“魔法闘衣”と言う防具を作製するのは、女性だ。男性たちは“鍛冶職人”だ。


彼等は装飾品アクセサリーも手掛ける。彼等の装飾品アクセサリーや、装備は特殊でいて優れものだ。


私のこの双剣も彼等の手作りだ。

彼等は合成と改造をするのが得意だと聞いた。それ故に土職人ドワーフと、呼ばれていると、村長から聞いた。


荷物は置いて、洞窟の先に降りることにした。雪の階段がかなり続く。


私には高い天井だが、愁弥には丁度良さそうだ。頭を低くすることなく進める様だ。


「明るいな」


凍りついた雪の空洞。

うっすらと光が照らす。


足元まで見れる。


後ろの愁弥はそう言った。


「気をつけて」


「それは瑠火もだ。」


お互い様か。それはそうだな。


「なんか聞いててざわざわする。」


は??

黒い檻篭のルシエルだった。


ため息ついていた。

思いっきり。


雪の階段を降りて行くと、やはり空洞だった。だが、幾つも穴のある鍾乳洞の様な洞窟が、目の前に広がった。


白い光に包まれた雪の洞窟。


ひんやりとしてはいるが、寒くて震えるほどではない。


「この光はなんなんだ? 太陽が差し込んでるワケでもねーのに。」


私達はとにかく一番大きな穴に向かって、歩き始めた。


正面に見えた。というのもあったのかもしれない。それに、白い光に包まれていて見通しも良かった。


愁弥は雪に覆われた洞窟を見上げながら、そう言ったのだ。


天井から差し込む光ではない。一面を雪が覆っているのだ。


ぼんやりと洞窟内を照らす円形の光だ。それは私達の進む道を、照らしてくれている。


消える事なく光の下を歩けるのだ。


「洞窟自体が光っている様に見えるな」


「雪が光ってんのか? やっぱ。すげー世界だな。ちょっと考えらんねーよ。」


愁弥は驚いた様にそう言ったのだ。


洞窟を抜ける。

そう思えたのは、急に道が開けたからだ。


ここまでは平坦な雪の道だった。

まるで新雪の様で綿の上を歩いている。そんな感覚の道だった。


空洞。

だが、そこには雪に覆われた木があった。


洞窟の上から暖かな光が差し込み、そこにまるで雪の葉だ。

丸いキノコの様な傘をした木が、一本。


焦げ茶の幹がそれが木である事を、主張していた。地面の雪に根付く木の根。


思わず……駆け寄っていた。


樹木を見るのは始めてだ。

それも切られたものではない。

根付いている。


「凄い。これが……“生命力”……。命の源。どうやってこんな大地に根付いたんだ?」


私の背より高い木だ。

だが葉は見えない。

見上げても雪しか見えない。


雪の木だ。


枝はある。雪の隙間から焦げ茶の枝が幾つも見える。


本来なら緑の葉が生い茂るのだろうが……これは、雪が枝にまるで葉の様についている。


「どーしたんだ? 瑠火。」

「ここには“樹木“が無いからな。物珍しくて仕方ないんだ。」


私の横で言う愁弥に、素直に答えていた。木を見たこの興奮のせいだろう。


やはり樹木はどうにかして根付く土地なのだ。これがもう少し……早くわかっていれば。


「そんなに珍しい?」


その声を聞くまで、気配には全く気が付かなかった。


上から聞こえた。


私は木から少し離れて見上げた。


雪の木の上に座る人……いや、これは人ではない。


白い光を放つ生命体。


女性ーーではあるが、その顔は氷の様に冷たい色合いだ。


白い肌に蒼白い光を放つ。肌自体が氷みたいだ。蒼いふわっとはしてるが、尖角ある服を着ている。


氷で作られたドレス。

それを纏っていた。

人間ではないのがその格好からしてもわかる。


ふわっとそれは降りてきた。


長い蒼い髪が凍てついている。氷みたいに固まっていた。


その目も蒼い。

宝石の様な煌めきで黒い瞳がない。でも、私達を見つめている。


手足はある。人型ヒトガタだ。すらっとした長い手足。だが、白く透き通る雪の様だ。


何となくではあったが、私にはこれが樹氷の精霊アウラだと、判断がついた。


精霊は見た事がない。

だが、この姿を見れば疑う余地は無いだろう


樹氷の精霊アウラか?」


私達の前に浮いているその人に、聞く。

彼女はくすっと微笑んだ。


「如何にも。こんな所まで足を踏み入れるなんて、珍しいね。それも人間。あたしはてっきり土職人ドワーフかと思ったわ。」


これが……”万物を司る精霊“。

始めて見た。


この洞窟が光っていたのは、彼女がいたからか? この白い光はとてもよく似てる。


洞窟を照らす白い光が、アウラから放たれる不思議な白い光に、とてもよく似ているのだ。


熱くもなく冷たくもない仄かな光だ。


「まじか。精霊っているんだな。初だけど。俺。」


「私もだ」


「へ?? まじで?? なんだよ。一緒じゃん。」


愁弥のはつらつとした声は、何だか明るくなる。目の前にいるアウラでさえも、氷つく顔をしているが、その表情はにこやかに見えた。


月雲つくもの里の生き残りか? 全滅したと思ったが……」


笑っている様に見えるが……吐かれたのは、その言葉だった。


中々……辛辣だな。気が合いそうだ。


「ええ。私だけ生き残った。不本意だけど。」


キラキラとしている。

足元から白い光が、まるで雪の様に舞っている。


この洞窟の中の精霊は美しかった。


「それも“宿命”と言うものでしょう。生き残った事には意味がある。それをどう捉えるかは、貴女次第だと言う事。」


淡々とはしているが……重い言葉だ。あれ以来……生き残った事を、村長のお陰だと捉えている。


私はーー、民を救えなかった。だが、仇はとれる。生きているから。


私に出来る“償い”。

それは考えていたことだ。


その為に……力が欲しい。


召喚士になりたいのもその為だ。

破滅の幻獣ルシエルだけではなく、他にも必要だ。


黒龍の様に多勢で来られては、今の私には強大過ぎる。


あの黒い影。

あの“恐者”に立ち向かう力が欲しい。


樹氷の精霊アウラ。生き残りが宿命だと言うなら……力を貸して欲しい。貴女の力を私に授けて貰えないか?」


するとーー、アウラは私ではなく……愁弥の前に降り立った。


浮かんだままで愁弥の前で、にっこり。微笑んだのだ。


は??


何だ?


この疎外感は。


いや。とても真剣に言ったつもりなのだが……。


「貴女には必要ない力でしょう? 月雲つくもの民よ。」


キラキラとするこの蒼いドレスを纏った精霊は、そう言ったのだ。


「必要ない?」


何だか驚かされるな。

どうゆう意味だろうか?


「元より“聖霊術”を扱う貴女たち民は、“神の子”でもある。人間と言うよりも神に近い一族なのだ。その証拠に“自然界”の力を味方につけているでしょう?」


愁弥の周りを彷徨きながら言う……、余り説得力がないな。


ふわふわと浮きながら愁弥の顔を、その身体を眺めている。


力が……抜ける。


当の愁弥も困惑している様子だが……。


「……自然界の力……」


確かにそうだな。


火、水、風、雷。その力は自然界のものだ。それが基盤だ。


「では……この力を高める為にはどうしたら良いのだ? 師匠はもういない。」


そうなのだ。

私の術はまだ“未完成”だ。

全てを教わってはいない。


“雷の発動”はまだ二つだけで、止まってしまっている。


「無理ね。その“力”は特別だ。特異なものに、指導者はいない。だから“格別”なのだから。そうね。ちょっと可哀想だから……力を貸してあげるわ。」


は??

同情……されたのか? 今。私は……。


アウラは愁弥の前でやはり、微笑んでいた。雪の精霊はかなり辛辣でいて……、変わっている。


「名は?」


「愁弥だ。久我愁弥くがしゅうや。」


話は進んでしまっていた。

私の隣で。


戸惑う愁弥に微笑むアウラ。

不思議な感じだ。

この疎外感。


「シューヤ。中々いい名だ。“氷の加護”だ。受け取れ。」


アウラはそう言うと掌を、差し出した。そこに吐息を吹きかけた。


吐息は雪の風になり愁弥を包む。


全身を雪の風が包んだのだ。


「うわ! 冷て!」


愁弥は雪化粧を浴びた様になったが、吐息が止むとアウラは離れた。


「“氷の吐息フリーズ”。これが氷の魔法。ここから上級になりたいなら魔道士に、指導を仰ぐことね。加護は授けた。あとは魔道士の役割。」


アウラはそう言うと雪の木の上に飛んで行った。木の上に座る。


長い足を組みながら。


愁弥は雪を払いのけながら


「今ので魔法ってのが使えるのか?」


と、聞いた。


私も彼の背中についてる雪化粧を、払った。

加護とは……思っていたものとは、違うな。


「ええ。使えるわ。言っておくけど、今回は特別よ。精霊の加護は“洗礼”だから。腕試しが基本。覚えておくことね。」


アウラはそう言うとその場から消えてしまった。


それも跡形もなく。


白い光の結晶が雪の木の上に舞った。


これが……始めての精霊との出会いだった。





























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