第12話  氷河:『力と言うこと』

彼らはまだ全滅していない。


「愁弥。いいか。向かって来る奴にとりあえず斬りおろせ。当たればそれだけで致命傷になる。」


ルシエルが何だか丁寧に教えているのを、聞きながら、私は向かってくるアイスタイガーに、視線を向けた。


愁弥とルシエルの事も気にはなるが、今は数を減らさなければ。


雪を駆け向かってくるアイスタイガー。


飛び込んでくるその者に、私は双剣を握り飛び掛かる。


「“火煉かれん”!!」


紅炎の玉だ。

私の身体の周りに灯る。


双剣でアイスタイガーの腹を切り裂く。


紅炎の玉はその腹元で爆破する。

爆撃でアイスタイガーの腹は、炎症と破壊される。


雪の上に倒れ込む。

後ろから襲ってくるアイスタイガーに、私は斬りかかる。


飛び込んでくるアイスタイガーは、主に噛みつこうとしてくる。


飛んで向かって来るのだ。

前足を蹴り跳ね上がるその身体。


腹元はスキが出来る。


爪のある前足を斬りつけるよりも、懐に飛び込み腹を攻撃する方が、有効的だ。


傷一つ。

それさえつければ後は、爆撃で攻撃できる。


数が多くてもこの二段攻撃で、力を使うことなく倒す事が可能。


これは、この島での狩りが教えてくれた。


「瑠火はああして炎を使うから、突っ込んでるが、お前は無理だ。長いその剣を有効活用しろ。間合いを取りつつ斬りつけるんだ。」


偉そうな声が聞こえるな。

人を手本にしているな。あれは。


ルシエルが愁弥に私の戦う姿を見せて、説明しているのが聞こえる。


「なるほどな。」


愁弥……。頼むから無理はするな。


何頭か倒した時だった。


ギャン!!


と、泣く声が聞こえた。


後ろを見れば愁弥が……アイスタイガーに、斬りかかっていたのだ。


飛びかかってくる所を斬りおろしたのだろう

アイスタイガーは頭から血を流し、雪の上に倒れていた。


それをすかさず踏みつけて潰したのは、ルシエルだ。


雪が真っ赤に染まる。


自然と……だった。

周りにいたアイスタイガーたちは、引いた。


彼等も生きる為に狩りをする。


無謀な戦いはしない主義なのだろう。

獲物は欲しいが命は惜しい。


アイスタイガーたちは逃げたのだ。


雪の上を駆けてゆく。


「あ! 逃げるぞ! 追うか!? 瑠火!」


ルシエルの声だ。


「追う必要は無いだろう。彼等は諦めた。それに……充分な食糧も手に入った。」


何頭だろうか。

二十……はいるな。

雪の上に倒れているアイスタイガーたち。


私は彼等を見つめた。


充分すぎる。

保存食にもなる。

これで暫くは食い凌げるだろう。


お金は余り持っていない。


食糧だけはあって困るものではない。


それにこの毛皮だ。

これを売れば……“クレム”が入る。


そうなれば愁弥にもマシな装備を買ってあげられる。


「どうするんだ?」


愁弥が私の傍に近寄ってきた。

腰元に提げている黒い革のホルスターに、剣を突き刺した。


これはカバーだ。

刀で言う所の鞘だ。


「売る為に毛皮を剥ぐ。それから食糧を採る。」


私は双剣を腰に戻す。


「腕を見せてみろ。ちゃんと巻き直す。」


私は愁弥の右腕を見つめた。

怪我を負わせてしまった。


「……大丈夫じゃねーか? 血も止まってるみてーだし。」


愁弥の巻いた布は何とも……だらん。としてしまっている。

左手……彼の利き手は、右手なのだろう。応急の様に巻いていた。だから、こんな無様になってしまったのだ。


私は布を丁寧に剥がした。

血は……確かに止まってる。


「痛むか?」


「ヒリヒリはするな。まー。いきなりだったから驚いたけどな。引いたのがまずかったな。深くなった。」


咄嗟に腕を引いたことで、爪が深く入ってしまったのだろう。

傷口はかなり深い。


それでも血が止まったのはこの寒さで、血流が良くないからかもしれない。


「傷口に“薬草”を塗った布を巻く。それで、治癒になる。」


私は腰元にぶら下げている巾着をとる。ここには貼薬が入っている。


それから煎じて飲む薬草がいくつか。


これらは皆。クロイから購入したものだ。


茶の革製の巾着だ。

とても頑丈だ。


「瑠火ってすげーな。何でも出来るんだな。さっきの炎か? あの技もすげーもんな。」


愁弥は雪で自分で血を洗い流していた。

私が薬を用意する間に。


潔い。


「……それが私の“術”だからだ。」


私は愁弥の腕に貼薬をつける。これを更に布で固定する。


愁弥の顔が歪む。


「しみるか?」

「ちょっとな。」


爪三本の傷口だ。

そこにこの白い貼薬。それをつけたことで、顔が歪んだのだ。


紅い三本線はとても痛々しい。


「その薬草は効くぞ。愁弥。直ぐに治る」


隣でルシエルが覗きこんでいる。不思議だ。コイツが他人の傷に興味を持つとは。


私が怪我をしてもほくそ笑んでるのに。何なんだ。


ルシエルは心配そうに見下ろしている。


「そうか。万能薬みてーなもんなのか? あ。そうだ。俺もなんか使えるよーになんねーかな?」


愁弥は私に布を巻かれながら、そう言ったのだ。


「使う? 術のことか?」

「ああ。それに近けーの。」


愁弥のその言葉に、私は少し……困ってしまった。

正直……私の使う術は、月雲の民に受け継がれる血が使える様にさせているだけだ。


魔法とは違うのは、誰もが使えるものではないからだ。


「それなら“精霊”に逢うことだな。」


困っている私の前で……答えたのは、ルシエルだ。


愁弥は布を巻かれる右腕を見ながら、


「せいれい?」


と、その明るめのブラウンの瞳を丸くしていた。


ルシエルは愁弥の隣でまるで、寄り添う様に立っている。

何だかこうしてると……愁弥と契約交わした幻獣みたいだな。


「ああ。そうだ。この世界の精霊たちだ。ソイツらに会って“加護”を受ける。そうすれば魔法を使える様になる。あとは“魔道士”に会って“魔術”を教わればいいんだ。」


ルシエル……。流石に知っている。やはりそれだけ長い時をこの世界で、生きているんだな。


私は愁弥の腕から手を離した。

こんな時……“治癒術ヒーラー”を使えればいいのだろうが……私は苦手だった。


戦いの時に使える軽めの治癒術ヒーラーは、心得ているが傷を治してあげる力は、持ち合わせていない。


こんな事なら少し……堪えて、やれば良かったな。

それなら……愁弥の怪我も癒やしてあげられたのだが。


「お。すげー。ありがとな。」


愁弥は右腕に巻いた布を見ながら、手を動かしている。


キツくはなさそうだ。

折れるし伸ばせる様だ。


それにしても……この笑顔だけは、何度見ても……“変な気分”にさせられる。


ちょっと……胸が苦しくなるのは、何故だろうか。嫌な訳ではないのだが。


「大丈夫か?」


「ん? キツくねーか? ってことか?」


愁弥はそれに真っ直ぐと見つめるのだ。この強くて優しい瞳で。


私は気恥ずかしくなってしまい、頷いた。


愁弥は右腕を下ろすと


「大丈夫だ。すげー丁度いい。ありがとう。」


そう笑ったのだ。


「ん〜?? 瑠火。顔が真っ赤だな。」


にやにやとするルシエルの顔が、私の顔を覗きこんだ。


何とも……クロイ並みの悪意ある含み笑いだ。人をからかう様な眼と笑い。


「ルシエル。その魔道士とは何処にいるんだ? それに私も出来れば……“召喚士”の力は欲しい。」


とっとと話をすり替えよう。

変に動揺すると話が、長引きそうだ。昨日の様な“晒し者”扱いは、御免だ。


愁弥は目を丸くしているだけだ。


ホッとした。

変なふうに思われたら嫌だ。


何だか……愁弥のことばかりだな。

どうかしてる。


「召喚士か。“魔道士”が集まる国は知ってるぞ。“セルフィード王国”だ。そこには“魔術”を使う者たちが、沢山いる。」


ルシエルは私から頭を離すと、そう言った。


ふぅ。どうやら話を切り替えてくれたらしい。


「おー。そこ良さそうだな。」


愁弥はそう頷いたのだ。


「愁弥。何故……“魔法”を使える様になりたいのだ?」


何だろうか。

人が“特別な力”を求める理由。

それを聞いてみたかった。


私も良く言われたのだ。


里の者たちに。


“何故。呪われた力を欲するのか”


それは良く聞かれた。この地では戦争が無い。ある訳もない。辺境の地だ。多種族もいない。魔物だけだ。


そんな地で“厄災の力”を欲するのは、非人道だと言われたのだ。


「ん? そりゃさっきみてーになったら困るからだろ。今の俺には瑠火の事も、俺自身すらも守れねーんだからな。」


愁弥は意外とあっさりとその理由を、話してくれた。


私はーー、出来なかった。

自分の“理由”を彼等に明白にする事。


それが、出来なかった。言えば……彼等に失礼だと、思っていた。


「剣もちゃんと知りてーな。ま。実践でどうにかするのが一番なのか? ルシエル。」


愁弥は……躊躇する事なく……“欲しいモノ”を、欲しい。と、言えるタイプなのだろう。


あれこれと考えるよりも……言葉にする。それは……私には出来ない“強さ”だ。


私は……愁弥の事を見つめてしまった。自分とは“正反対”の人間がいる。


“眩しい”とすら……思ってしまった。


「剣技と言うのもあるからな。“闘気”を使い、技を使うと言うのは聞いた。俺様は剣を使わないから、そこら辺は良くわからん。」


ルシエルは首を傾げた。

だが、直ぐに


「戦士や騎士に会うのが一番早いな。これから行く“港町エレス”は、冒険者の町だ。そこには剣技を使う者たちもいる。そいつらに話を聞くのがいいかもな。」


と、提案していた。


何でそんなに親身になっているんだ? 私の時は“肉”だけだよな?


「そんなかに有名なヤツとかいねーの? 強ぇーヤツとか。それに会えば早そうじゃね?」


愁弥は腕を組みルシエルに、顔を向けた。


「有名なヤツか……。そうは言われてもな。俺様もこの地にずっといたからな。昔のヤツならわかるが……今はもう死んでるだろう。五十年近く……だ。俺様がここにいたのは。」


と、ルシエルはやはり首を傾げた。凄く真剣に聞いている。


「五十年? まじか。あ。けど、いそうだよな。その子孫とかさ。強ぇーやつの子孫ってのも、同じ事してそうだよな。」


ふぅ。


これは長引きそうだ。

私は男たちの話に華が咲きそうなので、とりあえず食糧を支度することにした。


毛皮と肉。

それらを用意している間に、方向性も決まるだろう。


だが、不思議な気持ちだった。

望んでここに来た訳では無い愁弥。それに、封印されて捕縛された破滅の幻獣。


二人を見ていると……愉しそうなのだ。それが不思議な気持ちにさせられた。


実際。私も楽しいと思っていた。アテの無い旅だ。何が待ち受けているのかもわからない。それでもーー、“旅”をする。


それが……楽しみになっていたのだ。切欠キッカケは、哀しいことだとしても……、愉しい。と、思えるとは思っていなかった。


吹雪が空から舞う。


灰色の世界に……少しだけ、光が差している様に見えた。






















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