第10話  禁忌の島:『神剣』

ーー氷河の手前にある洞窟。


ここは昔に掘られた雪の中の洞窟だ。

それが年月が経ち氷の洞窟になり、今ではこうして私やクロイの避難所になっている。


氷河に入る前の休憩スポットだ。


氷の洞窟だから、ひんやりとしている。

氷柱つららが天井から幾つも突き伸びていて、まるで鍾乳洞の様だ。


焚き火の火ぐらいではここの氷は溶けない。長い年月で頑丈な氷の洞窟になったのだ。


ソリは奥までは入れられないが、ホワイトグローたちは中にいる。


荷物は白い革袋一つ。

それも大きい。

クロイはそこから毛皮など、愁弥に必要な着替えを出した。


ルシエルはホワイトグローたちと、何やら話をしている様だ。


彼等は人語は理解はしているが、話すことはしない。なので何を話しているのかは、わからない。


たまに聴いてみたい。と、思うが……。


私は焚き火の前で、クロイに見立てて貰った服に着替えた愁弥を見上げた。


「お。すげー軽いな。重いかと思った。」


愁弥は黒のシャツとズボンの上に、白い毛皮を着ている。


この毛皮は”サーベルベアー“のものだ。

私も着ているがこの上着はとても暖かく、軽い。この地では必需品だ。


足元も膝下から毛皮のブーツを履いた。これなら歩きやすいし、疲れないだろう。


「似合うな。」

「そうか?」


何だろうか。

この男は……少し照れくさいとかも、顔に出るんだな。


見ていてわかりやすくて……困るな。


だが……似合う。

本当にそう思った。

愁弥はとても体格がいい。


こうしていると、本当に戦士だ。


それに異国人に多いブロンドだ。

ブロンドに蒼や碧の眼が多いと聞いた。


愁弥も外の世界から来たとは思えない。


愁弥は白銀の毛皮のコートを渡されていた。

それを着るとフードまで被った。


フードを被ってしまったことで、愁弥の両耳についているシルバーのピアスが見えなくなってしまった。


なんだか沢山ついているが……“呪いまじない”でも、込められているんだろうか。


気になるな。


私はーー、聴いてみることにした。


「愁弥。」

「ん?」


真っ直ぐと見返すこの眼も……何だか……少し、直線的で困るな……。


「ピアス……だが、それは何かの“御守り”か? 例えば……“魔除け”とか。髑髏の印が刻んであったな。」


リングの様なピアスに髑髏が、刻んであった。それも彫ったものではなかった。


後付けされた様なものだ。

少し気になった。


愁弥は地面に敷いてある毛皮の上に座った。クロイの持ってきた黒い毛皮だ。


見た事の無い毛皮だ。


この島に黒い毛の魔物はいない。


いても茶。あとは白か白銀の毛だ。

これだけでも、世界は広いと思う。


「ん? 魔除け??」


愁弥はフードを降ろした。

肩に乗せると少しだけ、困った様な顔をしたが


「姉貴がシルバーアクセサリーとかを、作ったり売ったりしてんだよ。それで貰ったモンだ。御守りって言うと……そうなんのか? 姉貴とはあんま会わねーからな。」


真剣な顔をして考え込む。

この人の話をとても熱心に聞いてくれる姿勢は、好感が湧く。


特にはじめて出会った人間だ。

私も……探りながらの会話だ。


わかりやすくて……そうゆう意味では、助かるな。


「お姉さんがいるのか? 装飾の職人なのか?」


「デザイナーって言うのか? まー、自分でも作ってるから職人って言ってもいいのか。そんな大したモンじゃねーけどな。」


デザイナー?


わからないな。それは何のことだ?


どうやらこちらとは少し意味合いが、異なりそうだ。


「すまない。こっちとお前の世界での“装飾品アクセサリー”の意味合いも、少し……違うみたいだな。気を悪くしないでくれ。」


「また……あのなー。瑠火。興味持って聴いてくれてんだろ? 気を悪くとかしねーし。」


何だろうか?


愁弥が本当に困った様な顔になってしまった。ブロンドのツンツンとした頭を、掻いている。


変な事を……言ってしまったのだろうか。


私が更に謝ろうとしたのだが、愁弥は真っ直ぐと見つめると笑った。


柔らかな笑みを向けたのだ。


「聴いていいよ。俺は聴かれれば応えるから。その代わり、俺も聴くし。」


何だろう……。


嬉しかった。

今のは……。


人と話をしていて“嬉しい”と、思う事は余りない。里の人間は私を嫌っていたから……。どう接すればいいのか、悩んだこともあった。


でも時が流れてゆくうちに、そうゆうものだと認識した。


私の考えや生き方は変えられない。だから、仕方ないと思っていた。


村長だけ。

それにあの幼子たちと、その父親たちだけだ。


それでも……こうして、話をしたいと心から思った事は……無かったかもしれない。


愁弥のこの独特な雰囲気のお陰だろうか。


「すまんな。異国人。この娘は変わっとるんだ。この島から出た事も無いしな。変わっとると言うより……“そうならざる得なかった”。お前さんぐらいの歳の子と話をする事なんて無かったからな。」


クロイ……。

何を言い出すのかと思えば……。


私は急に恥ずかしくなってしまった。こんなふうに他人に自分の事を、話されることは余り無い……。


里の人間は、私の話など興味ない。

それに……私も聞きもしなかった。


「あー……。あんまりいなかったのか? 瑠火と同い年ぐれーのヤツ。」


愁弥も愁弥で、何だか話を突っ込んで聴いている。


私は……それを前にして、一人……得体の知れないどきどきする感覚に襲われていた。


この感情は何だろう?


とても……顔が熱い。


「居たことはいたんだ。だが……合わんヤツはいるだろ? お前さんにも。」


クロイ……。

もうやめてくれないか。

私の話は。


「ん〜……ああ。わかる。合わねーヤツは合わねーからな。そっか。こんな雪の島に閉じ込められてたワケか。アレだな。“雪女”みてーだな。ん? なんか表現違うか?」


は??


ゆきおんな??


「愁弥……それはなんだ? 雪女とは何のことだ?」


また……知らない言葉が出てきてしまった。


するとクロイが、ガッハッハ! と、笑ったのだ。


「“樹氷の精霊”か? 瑠火は精霊と言うよりも……“樹氷の姫様”だな。頑固で融通が効かない。それに……手を貸してやりたくなる娘なんだ。」


ひ……姫様!?


「おー! それ。それいいな。雪女ってのは失礼だったな。“樹氷の姫様”か。あーわかる。そんな感じだ。すげーキレイだしな。孤高の姫様って感じだ。」


何を……言ってるんだ。


この男どもは……。


「瑠火は姫様だ。ワガママでお供も大変だ。愁弥。半分は責任持て。俺様も手を焼く。」


ルシエルまで!?


な……なんだ?


姫様なんて言われた事がない。


姫様と言うのは……護ってあげたくなる、可愛らしい娘の事だと思っている。


私とは真逆だ。


この男たちは……頭が腐ってるのか?


それとも……からかっているのだろうか。


私がそんな葛藤をしている間も、愁弥は笑いながら


「へぇ? けっこー無茶苦茶タイプ? 見えねーな。真面目一直線って感じだけどな。嫌いじゃねーけど。俺は。」


と、そう言った。


は??

これは何だ? 褒められているのか?


男たちはガハガハと笑っている。


どうにもこんなに……私自身の話で、クロイやルシエルが笑うことなんて……無かった。

こんなに楽しそうにしているのは、無い。


だが……これは、かなり恥ずかしいな。


「もう。やめろ。それよりも……クロイ。愁弥に“剣”を持たせたい。何か無いのか?」


ここは、話を変えてしまおう。

このままでは、私の心臓は感じた事もないほどに、ばくばくして止まらなくなってしまう。


少し……呼吸まで苦しくなってきた。


「おお。そうだな。ちょうどいいのがある。」


クロイは大きな革の袋から一つの剣を、取り出した。


それは片手剣であったが、少し刃が長い。

だがとても良さそうな剣であった。


「それは?」


不思議だ。

刃は銀色なのだが、揺らめくと蒼く煌めく。何で作られているのだろう。


持ち手は銀色の柄。

握りやすそうだが……。


私はクロイから剣を受け取ると、持つ。


「軽いな。」


重そうに見えたが持つと軽い。

初心者でもこれなら振れるだろう。


それに銀の持ち手はとても握りやすかった。この刃の長さも気にはならない。


それにこの柄の部分の装飾だ。

蒼い石を囲む様に銀龍が二頭。


「クロイ……。この剣はどうしたんだ?」


どう見ても普通の剣。

では無さそうだ。


高貴さと威圧感がある。

剣自体が……“生命”を持っている様だ。


「“レイネリス神殿”の“形見”だ。あそこは崩壊したからな。」


クロイはそう言うと、袋の中から黒の革製のホルスターを取り出した。


ベルトになっているホルスターだ。


「レイネリス神殿?」


私はクロイがそれを愁弥に渡すのを見つめていた。


「男たるもの剣の一つも持たねぇとな。護れない。己も他人も。」


愁弥はそれを黙って聞きながら受け取った。


「“戦いの女神 レイネリス”。それを司る神殿だったが、何者かに襲われて崩落した。その神殿の中で見つけた代物だ。“レイネリスの加護”を受けた“神剣”と聞く。」


クロイの声に私は刃先を持つと、愁弥に差し出した。


「ならばこれは……愁弥が持つ物だ。私は“神の加護”はいらない。」


愁弥は驚いていたが、右手を差し出した。


「戦いの女神ってとこは、瑠火にも合ってるとは思うが。まぁ。その兄ちゃんにも加護は、必要だ。その剣で戦いの女神を護ってやってくれよ。」


クロイは剣を掴む愁弥を見るとそう笑った。


この悪意に満ちた笑みは、どうにかならないものなのか。


「なんだかわかんねーけど……。ありがたく貰っとくよ。こーゆう世界なんだろうからな。」


愁弥は剣を持つと見上げた。


刃を上に向け手にしている。

サマになってるあたりに、私は少し笑った。さっきまでの変な格好とは違い、もう完全な戦士になってしまった。


服装とは凄いチカラがあるものだ。


「クロイ。レイネリスの神殿が崩落したのは、何でだ? 誰が襲ったかわかるのか?」


ルシエルだ。

黒い檻篭の中からコチラを覗くその紫の眼。


少し険しい眼だ。


「レイネリスの神殿は、“聖国アスタリア”の管轄だ。所謂……象徴。それを崩落させたとなると……“オルファウス帝国”が絡んでるかもな。」


クロイは腕を組みながらそう言った。

愁弥は剣を床に置く。


「オルファウス帝国? 戦争でも始めるハナシか?」


こうやって……話がすんなりと入る辺り……愁弥の世界でも、戦争はあるのだろうか。


理解が早い。

平和な世界ではないのか?


「まぁ……簡単に言えばそうなるな。アスタリアとオルファウスは、因縁の関係でもある。“帝国主義”と“女神信仰”の根本の考え方の違い。どっちもデカい国だから尚更だな。」


クロイの話は……島に来た時に、少しは聴いてきた。私は世界の事をよく知らない。


だからなるべく、情報を得られる様にクロイとは、話をしてきたのだ。


遮断された世界だ。

外の世界の事が全くわからないのだ。


そんな恐ろしい事はない。

知らないと言うのは……それだけで、遅れを取ることになる。


「信仰の厚いアスタリアの神殿を破壊したとなると……、何も起きない。とは言えないだろうな。」


「関わるなよ。デカい戦争になるかもしれん。そうなると……“巻き込まれて犬死に”って事になりかねない。」


私の声にクロイはそう言ったのだ。


私は……白雲しらく村長には、止められていたが……言う事にした。


「クロイ。里が黒龍に襲われる前に……村長の前に、“黒い人影”がいた。」


そう。

村長はその者と話をしていた。


焚き火の火が強く燃える。


「なに? それは何者だ?」


クロイは革の袋を綴じながらそう言った。


「わからない。白雲村長は誰にも言うな。としか……言っていなかった。聞いても答えてはくれなかった。」


あの黒い人影……。

あれが、ルシエルの言う“黒龍を操る者”なのかもしれない。


確か……村長は、話をしていたはずだ。


「その黒い人影は何か言っていたか?」


私が思い返そうとしていた時だ。クロイの鋭い質問が飛んだ。


いつもは飄々としていて、何を考えているのかわからない“グレーの眼”。

それも、今は真っ直ぐと私を見据えている。


嘘偽りが効かぬ眼だ。


「それがお主の答えか……。そう言っていたな。」


今思い返しても身震いがする。

何とも言えぬ恐ろしい気配を持つ者だった。


あの金色の眼。

あの眼だけは忘れられない。


おぞましい眼だ。

悪意に満ちた……闇の眼。


「どんな奴だった? 話はしたのか?」


「いや。消えた。それに……影だ。姿がわからない。」


クロイはそう言うと考えこんでしまった。

だが、膝をぽんっと叩く。


「瑠火。とりあえず“港町エレス”に行け。そこなら情報も入る。各地の商人と冒険者たちが、彷徨いている町だ。」


と、明るい声が返ってきた。


「港町?」


私が聞くとクロイは大きく頷いた。


「ああ。大陸に行くには船がいる。商人や冒険者と親交を固めておくのは、悪い事じゃない。そこで情報収集をしつつ護衛や、退治の仕事をすればそれだけで、人脈にもなる。」


クロイはそう言ったのだ。


「なるほど。それは得策だな。」


情報と人脈は必要だ。

それが無ければ闇雲に動くだけになってしまう。


船か……。


世界を渡り歩くには必要なものだ。


それに……金だ。


“クレム”を稼ぐのも必要なことだ。

魔物退治。それなら何とかなるだろう。


護衛は正直ーー、苦手だな。

人を連れ歩くと言うのが……私には、向いてなさそうだ。


「エレスなら俺も立ち寄る。瑠火。町や村には“待合所”と言う場所がある。そこは各地からの連絡が集う場所だ。立ち寄ったらそこへ行け。俺が各地で仕入れた情報を、伝えておく。」


クロイは私を見つめるとそう言った。


「そんな所があるのか?」


「ああ。移動先からの連絡手段は、待合所を使う。情報が入ってなくてもこっちの居場所は、わかる様にしておく。必ず寄れよ。」


なかなか便利な場所があるものだ。

世界は広い。


一度離れてしまえば、中々巡り合うのは難しいだろう。


「わかった。すまないな。クロイ」


「いや。俺はこの里もお前のことも……好きだった。村長のこともな。」


クロイはもう十年近く……になる。


この島に訪れて来ていたのだ。

そのたびに……里に必要なものを仕入れてくれた。


彼には助けられたのだ。


私達は少し休憩をした後、クロイと別れ……氷河に向かう事にしたのだ。











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