12 勘違いだけはしないことだな
普段、ティルドをはじめとする男たちがこの王子に対して抱いている外見の感想は、何となく締まりのない顔をしているな、というところである。それは、女たちが「真剣な顔をするとすてきだ」などと言うことに対しての嫉妬も混じっていたかもしれないが、逆に言えば真剣でないときは大したことがないと言うことなる、とティルドは判断していた。
兄たちほど王位に近くなく、責任は薄い。しかし地位と権力はあるから、やりたい放題である。実際にはそれほど我が儘王子と言うことはなかったが、この都市でいちばんの「甘やかされたお坊ちゃん」であることだけは、間違いないだろう。血筋と顔立ちがちょっとばかり――どころではなかったが、これはそれこそ嫉妬であったかもしれない――よくたって、緊張感のなさは表情に出るというものだ。
それが、このときのヴェルフレストときたらどうであろうか。
口元に薄い笑いを浮かべ、瞳は冷たくティルドを見ている。知的で魅力的、などと女ならば言うかもしれない。もちろんティルドはそんなふうには思わないが。
「公正って、何がですか」
「恍けなくともよい、リーケル嬢のことだ」
別にとぼけようとした訳ではないのだが、王子殿下がこうまっすぐにその名を口に出すとは思っていなかったティルドは少しどきりとした。
「俺は別に」
「そう言うな。知っているぞ」
王子は思わせぶりに言って口の端を上げた。何をだよ、と掴みかかりたいのを堪えて――どこかで王子の護衛が見ていることは間違いない――ティルドは唇を歪めるだけにとどめた。
「心優しく礼儀正しい彼女の態度を勘違いだけはしないことだな」
「へえ?」
ティルドは、頬がぴくりとするのを覚えていた。
「判ってますよ、もちろんね。彼女は、そりゃあもう、礼儀正しいでしょうとも。――王子殿下に対しても同じようにね」
ティルドは返し、ふたりの若者の間に数
「いや」
先に視線を逸らしたのは、ヴェルフレストである。
「俺は何も、不利になるお前とわざわざ言い合いにきたのではない。無事に帰って来いと言いにきたのだ」
ティルドは不審そうに目を細めてしまった。
「公正にと言っただろう。お前が死にでもすれば、リーケルは哀しむ」
彼女を哀しませたくない、とは何ともご立派であったが――ティルドには逆に、途中で魔物にでも殺られてしまえ、との呪いの言葉に聞こえて驚いた。
と言うのも、彼はそんなことは考えていなかったからだ。
死ぬ、だって?
「俺は、帰ってきますよ。当たり前です、殿下。冠を持ち帰ることが俺の任務なんですから」
「そうだな」
ヴェルフレストは笑った。どうにも、満足そうに見える。
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