11 公正に行こうではないか

「〈風読みの冠〉を受け取りに行くそうだな」

 いちばん気に入らないことは、これだった。

「王子殿下」

 たとえ内心はどう思っていようとも、自都市の王子が目前にいれば相応の礼をするのが常識というものだ。ティルドは、宮廷魔術師にぞんざいな口を利きかけるほど大雑把な作法しか身につけていないが、それでも常識外れではないから、内心で舌を出しながらも、突然に現れた相手に相応の礼をした。

 ヴェルフレスト・ラエル・エディスン。

 正直、この来訪には驚いた。

 この王子は剣技にずいぶんと興味があるらしく、王族として身につけるべき儀礼的な剣だけでは満足しないで近衛隊や軍団の訓練を見学に来ることがよくあった。だからティルドも第三王子の顔を王位継承者である第一王子よりもよく見知り、言葉を交わすこともそれほど稀ではない。

 まして、リーケル伯爵令嬢とのことがあってからはヴェルフレストは明らかに彼に声をかけるようになった。もちろん、皮肉や嫌味のためだったが。

 だがこうして、ほかでもない彼だけを訪れることは――なかった。

 ヴェルフレストはリーケルより四つほど上だということだったから、ティルドよりも二つか三つか年上だ。彼らの祖父ほどの人間から見れば十七歳も十九歳も同じようなものだが、当人たちにしてみればこの二、三年の差はかなり大きい。

 ティルドは、庶民の生まれであることにこそ何の劣等感も持っていないが、高い靴を履いたリーケルと並べばほとんど身長が変わらないことは密かに気にしている。そろそろ成長期も終わりを告げる頃だから、二年後にヴェルフレストのようなすらりとした長身になるとは思えないが、向かい合った王子に見下ろされれば、身分差と身長差を否が応でも意識させられて何とも腹立たしかった。

「小隊ではなく、ひとりとはな。星巡りとは奇妙なものだ、そう思わんか、ムール」

 神妙な顔をしているが、ご満悦なのは間違いない、とティルドは思った。一リア、彼の「運命」とやらはこの王子の企みではないかまでと考えてしまう。

「星のことは判りませんが、勅命ですから」

 ティルドは素っ気なく答えた。「勅命」という部分に力を入れ、陛下ダナンのご意志に殿下カナンが口出しできるならやってみろ、という思いを込める。通じたかどうかは、謎だ。

「この際だ。はっきりさせておこうか、ティルド・ムール」

「……何でしょうか」

 王子の言葉にティルドは身構えた。

 さあ、どうくる、これを機会に二度とリーケルに近寄るなとでも言ってくるのか、ついでだから二度と戻ってくるなくらい言われるだろうか? もちろん、この王子殿下にはティルドを追放する権限などない。彼は王の勅命を受けて、十年に一度の大祭のための冠を運ぶ役割を受けているのだ、王子がいかに彼を気に入らなかろうと――。

「公正に行こうではないか」

「……はっ?」

 予想もしない言葉に、少年は、ぽかんとした。ヴェルフレストは澄ました顔をしている。

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