次こそは

 そんな日がずっと続く中、だんだんと警戒も薄くなってきた。聞く方も答える方も質問と記憶と筆記でへとへとだ。

 そんな中、ミリーちゃんが久々に工房へと出かけて行った。

 確かに工房は彼女にとって最重要な場所だ。気になって仕方が無いんだろう。


 良い機会なので、僕もコッソリ抜け出した。

 僕らが質問攻めにあっていて場所は2階だったけど、まあ僕にとっては今更だよ。

 コッソリ抜け出して触手で鎧戸を開けると、そのまま転がって下に落ちる。

 ポテンと落ちる時にちょっと痛いけど、ある意味もう慣れた。筋肉達磨に殴られたり蹴られたりするのに比べれば、大した事は無いよ。


 先に行ったミリーちゃんは、工房から幾つもの大袋を外に出してる最中だった。

 どうやら近場の倉庫に運ぶらしい。見れば袋には、“廃棄・再利用”と書かれてる。でもこの匂い……。

 気になった僕は、ラマッセへと姿を変えた。服は外に干してあったシーツを失敬してね。


「どうもミリーさん。大変な様子ですね、手伝いましょうか?」


 出来る限り自然に話し掛けたつもりだったけど、ミリーちゃんはさすがに目を白黒させて驚きを隠せないようだ。でも――、


「な、なんでラマッセがこんな所にいるの? ここが何処だか分かっているの? それよりも――ああ、そうか」


 狼狽したのはほんの少し。すぐに状況を理解したようで――、


「テンタが居れば神出鬼没だったね。それにしても……一番見られたくない人間に見られちゃった気がするよ」


 そう言ったミリーちゃんは、かなり自虐的な表情をしていた。その様子は寂しそうでもあり、悔しそうでもあった。


「その袋、例の磨き粉ですよね」


「さすがに神学士ともなれば、見ればわかるか。そうだよ、これは油に混ぜる前の現品。ただのゴミだよ」


「ゴミとは……いえ、そんな事は――」


「あるよ。これはただのゴミ。何の役にも立たなかった。まあ、幸い今回生き延びた褒美にもう一度チャンスは貰ったからね。次こそは頑張るよ」


 そう言ったミリーちゃんの、袋を運ぶ手が震えている。


「手伝いますよ」


 僕にはそう言うしかなかった。


 あの時、メアーズ様の攻撃に磨き粉は何の意味もなかった。彼女は自らに宿る何かしらの神の呪いギフトによって使徒と堂々と渡り合ったんだ。


 一方で、ラウスの攻撃は全く効いていなかった。

 後方支援で殆ど戦っていなかったとはいえ、実はシルベさんも短剣を投げて牽制はしていた。

 いやホント、全く何の意味もなかったけどね。

 二人とも、ちゃんと磨き粉を使った武器を使用していた。でもそれでも、使徒には傷一つつかなかった。


 では僕はどうなんだろうか?

 触手を使って磨き粉の付いた布を集め、攻撃の度に塗っていた。

 そして、その攻撃は確かに奴に効いていたんだ。

 でも冷静に考えてみれば、触手の攻撃も普通に効いていた。それに後半はアルフィナ様の武器として普通に戦っていたからね。正直、あの磨き粉が役に立っていたかの確証はない。

『バステルが使っていた武器に塗った分は、ちゃんと効果があったよ』

 その言葉は口には出せなかった。余りにも虚しい言葉だったから。

 僕にもその位の事は分かっている。僕はやっぱり、彼等に近いモノなんだ。


「まあ心配しなくても大丈夫だよ。あの神学の大家にして高位の錬金術師、レルゲン・ワーズ・オルトミオンが残した資料はちゃんとあるんだ。難解でまだ完全には解読できていないんだけどね。その辺りが、今回の失敗の原因かな」


 精一杯の虚勢を張って、歯を見せて笑う。そんなミリーちゃんが少し気の毒だった――けど、ちょっとその名前、どういうことなのか僕の中に質問する。

 だけど誰も答えない。それはそうか、ここは普通の世界だ。

 でもその名前は忘れちゃいない。僕にいろいろと教えてくれたレルゲン先生に間違いない。

 いずれちゃんと聞かないとダメだな。


「そういや、メアーズ様には会って行かないの? 会いたがっていたよ」


 そうなんだよね。今でもメアーズ様は時間が空くと、僕をアルフィナ様の懐から引っ張り出してラマッセはどうなっているのか聞いてくるんだ。

 いきなり胸元に手を突っ込まれてアルフィナ様は短い悲鳴を上げるけど、知った事ではないという感じだよ。


 うん、分かるよ。男爵家の復興を約束しちゃったからね。それだけに、今は絶対に会う訳にはいかない。

 何も知らない無害な触手であり続けなければだよ。

 ごめんなさい、メアーズ様。埋め合わせはいつか必ずするよ。



 話し掛けられるといえば、シルベさんもたまに僕を連れ出してはバステルを要求する。まだ諦めてはくれないらしい。

 しかも、こっちは「テンタを外で遊ばせてきますわ」と言うと、アルフィナ様が素直に差し出してしまう。

 最初にこの館に来た時、動き回ったのが今になってあだになった。


 今日も裏庭に連れていかれると――、


「ねえバステル、聞こえている? 他の人でも良いのだけれど、バステルに用事があると伝えて頂けないかしら?」


 いつもの無表情から一転、ものすごい清楚で真面目なお手伝いさんに見える。

 でも無駄でしょ? 戦っている姿とか、もう全部見ているよ。

 とは言ってもこちらもバステルになるわけにはいかない。なにせ全裸で登場だからね。そんな失礼なことは出来ないや。

 いずれ機会を見て会わなきゃなとは思うけど、なんとなく嫌な予感もするんだよね。

 そんな訳で、当分はやめておこう。

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