反撃の鞭
使徒がメアーズ様の頭を飲み込もうとした瞬間、その口をこじ開ける様に3本の触手が侵入する。
いやそれはそんな生易しいものではない。勢いあまって口内を貫き、引き裂くように大きく広げる。
「な……に……!」
表情は無いが、使徒からは明らかな驚愕を感じる。そうだろう、ここまで容易く自分の体が破壊された事など、今まで一度もなかったのだろう。
使徒――神の御使い。確かに常人の技で対抗できるものではない。凄かったよ。
だけどなぜだろう? 今は全く怖くない。
完全に剥き出しになった青い眼球に、今度こそ完全に吸引触手を張り付ける。
これでもらった!
アルフィナ様が僕を引く。
そう、今の僕の姿は何本にも枝分かれした鞭。当然、操るのはアルフィナ様だ。
力を感じる。アルフィナ様の意思が伝わる。言葉がなくても、何をしたいのかが分かる。
そしてそれは、アルフィナもまた同じだった。
何が出来るのか、何をしたいのか、どうやったらその力を引き出せるのか。
それは直感というより、まるで生まれた時から知っているかのような奇妙な感覚だった。
余計な考えなど要らない。一人の少女と一本の触手は、まるで一体の生物であるかのように、完璧に繋がっていたのだ。
メリメリと音を立て、青い眼球が引き出される。
双方の体重差は数百キロ。筋肉量など言うまでもない。本来なら、使徒が下がれば抵抗できるわけがない。
だがアルフィナは動かない。
「うがああああ! あっ、あがあああああ!」
使徒は懸命に暴れもがくが、テンタの吸引触手が短くなるにつれ、どんどん目玉が抜けてくる。
その後ろに繋がる複雑な神経節まで、今はもう丸出しだ。
黒銀の剛毛が慌ててそれを包み引き戻そうとするが、この綱引きの勝敗は歴然だった。
「や、止めろ、止めるのだ!」
「ならばこの場を去り、二度と現れないと誓いなさい」
「あ、有り得ぬ。我ら使徒は神の意志にのみ従う。ましてや他神の宿主などに従う訳がなかろう」
「あっそう」
何の躊躇も慈悲も無く、そして使徒の抵抗も虚しく、3本の拘束触手は顔を引き裂き目玉は無惨に千切れ宙を舞う。
それはたまたまミリーちゃんの手元に飛んで、スポンと綺麗にその小さな掌に収まった。
「え、なに? これ貰っちゃって良いの?」
「お好きに」
――いやまあ好きにすればいいよ。
僕とメアーズ様は、二人して同じことを考えた。
でも微妙に違う。僕はばっちいから捨てた方が良いと思ったけど、アルフィナ様は自分で研究したいという未練がちょっとだけあった。
この辺りは性格の差異というものだろうか? まあなんにせよ、僕はアルフィナ様に従うけどね。
「よくもやってくれましたわね!」
体だけとなってよろめく使徒に、容赦なくメアーズ様の拳や蹴りが飛ぶ。
「うが、あああ、が、がっあ!」
自分が殺されかけたからか、それともラウスの仇だからか……いやまだ死んでないけど、それとも単にここまで事態を悪化させた敵だからかは分からないけど、本当に容赦がない。
もう床に転がって
あれ? そういえばメアーズ様って、使徒に対して普通にダメージを与えているよね……。
「いい加減にしろ! 不敬者が!」
再び全身を覆う黒銀の剛毛がうねり、メアーズ様を襲う。
だけどそれより早く、多鞭となった僕が空気を切り裂く音と共に背中を打つ。
脆くなっている?
僕の一撃――といっても拘束触手3本の攻撃だけど、その一撃は剛毛を切り裂き、2撃目で皮をはぎ、3撃目で肉を裂く。
「不敬? 貴方の神になど、これっぽっちの興味もございませんわ」
既に動けなくなった使徒の首をメアーズ様が踏みつける。頭はもう無いからね。
これで完全に勝敗は決まった。後はもう止めを刺すだけだろう。
「愚かな……あまりにも愚か!」
だけど使徒の抵抗は予想外だった。
何の音もなく、使徒の周辺が黒く凹む。
いや、それは凹むなんて生易しいものではない。急速に、急激に、底へ底へと沈んでいく。
それは真っ暗な穴。どこまでも続く深淵。物理的な世界に繋がっているとも限らない。もしかしたらあの先は――。
メアーズ様は幸いにも、寸前のところで淵にしがみついていた。こちらは大丈夫だ。
だけどあいつを逃がしたら? いや、分からない。僕らとは住む世界の違う住人だ。
案外、僕らが生きているうちに出会うことは無いかもしれない。
それは分かるんだ。アルフィナ様も脱力して、もう終わったと考えている。
でも僕の中の何かが告げている。逃がしてはいけないと――。
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