アジオスへの侵入

 ここで躊躇している余裕はない。

 メアーズ様の懐の中から拘束触手を伸ばす。


「キャッ! なに!?」


 いきなり胸元から飛び出した変なものに悲鳴を上げるが、ごめんなさい、今は我慢してください。


 この一本で城壁に取り付くと同時に、今度は下だ。

 股下から後ろに延ばした二本の触手を二人の兵士とミリーちゃんに巻きつける。


「ひあああああああああ!」


 メアーズ様の壮絶な悲鳴……いや本当にごめんなさい。


 最初に伸ばした拘束触手で城壁にしがみ付き、そのまま全力で上まで全員を引き上げる。

 かなりきつかったけど、やればできるものだね。

 ヤギ人間ゴートマンたちが城壁の上をメーメー言いながら走って来るが、こいつら思ったよりも目が良くないな。

 さっきの矢も、霧の中ででたらめに放っていたって感じだ。


 全員を城壁の上に降ろしてから、高速触手の一本を先頭のヤギ人間ゴートマンの足に巻きつける。

 足を取られた奴は転倒し、後ろを走っていた連中もつまづき倒れ、中には城壁から落ちるのもいる。思ったより馬鹿で助かった。


 そして彼らが持っていた弓矢を触手で回収し、同時にバステルへと変わる。

 後はもう一方的なものだ。城壁の上に残っていたヤギ人間ゴートマンは僅か10数人。

 メーメー騒いでいたけど、この霧の中でも見えるのか!?

 まあ全部射抜いて終わったけど。


 問題は城壁の上に運んだ4人。特にメアーズ様の狼狽っぷりが逆に怖い。放心したようにへたり込み、霧に包まれた虚空を死んだ魚の目で見つめている。

 まあ、彼女の胸元から突然現れた上に、股間を通って3人引き揚げたんだもんね。

 そしてそこに入って居たのはテンタ。うん、どうしよう。だけど今はそれどころじゃないね。


 城壁の内側には同じ様にヤギ人間ゴートマンが居る。その中に人間の兵士らしいのも混ざっているけど、中身が人間とは限らないな。

 彼らの様子を見る限り、やはり視界は霧に遮られている様だ。でも近づけばシルエットや足音で見つかってしまうだろうね。

 一方で、幸い城壁の上はもう全部倒してある。


「下にはまだ敵がいる。城壁の上を行くぞ」


 なるべく平静に言ったつもりだけど、顔を真っ赤にして胸と股間を抑えながらプルプルしているメアーズ様が本気で怖い。

 でもどうか、今だけはお許しを。

 というか、バステルの口調はこんな感じで良いんだったかな?

 長く一緒にいたラマッセと差別化したくてちょっと強気にしたけど……いいや、そもそも知っている人はいないしね。


「そ、その前に服を着たらどうかな?」


 ラウスからのありがたい申し出だけど、残念ながら服を用意する時間は無さそうだ。

 そもそもヤギ人間ゴートマンは手だけ人間の直立したヤギって感じだ。基本的に全裸。僕と変わらない。


「それは後だ。今は急ぐぞ――敵は待ってはくれない。説明は……後でする」


 まだ何か言いたそうなメアーズ様だったけど、僕が動き出すと静かに付いて来てくれた。

 ここで口論になったらどうしようかと思ったけど、城壁の下にいる人影と騒いでいる様子はこちらからも見えている。

 こんな所で我が儘を言うほど子供じゃない――というより、確かにメアーズ様は実戦を経験しているな。それも相当に身近でだ。そんな雰囲気の冷静さを感じる。


 2人の兵士も同様だけど、ミリーちゃんは飄々とついてくる。楽しそうに。

 こちらはこちらでどうなんだろうか? ちょっと不安を隠せない。





 城壁の幅は8メートルはあるだろうか? かなり広めだ。

 意味があるのか制作者の趣味なのか、要塞建築の知識なんてないからね。取り敢えず、キョロキョロしていた二人のヤギ人間ゴートマンを射抜く。


 人の視覚では、霧の中に微かに感じるシルエットって感じだ。向こうからすれば、敵か味方かの判断どころかちょっとした影との見分けもつかないだろう。

 今は、この視界は大きなアドバンテージだね。

 だけど後ろの階段から上がってきている連中がいる。のんびりとはしていられない。どんどん進まないと。



 城壁の上には所々左側――町の方向に僕の身長くらいの煙突が伸びている。

 これは狼煙台か。いや、煙突も兼ねているんだろうけど、緊急時には狼煙を上げるための場所だ。

 下には炎の熱さと複数の人間の体温、それに明かりが感じられる。それと聞こえてくる話し声や笑い声。だけどそれが本当に人かは分からない。

 そんな中、一瞬女性の声が聞こえた。かつて聞いた事のある声。だけどそれは弱々しく、幻聴かとも思う。だけど無視は出来ない。


「この先に下に降りる階段がある。皆はそこから降りてくれ。互いに離れないようにな」


「貴方はどういたしますの?」


「知り合いの声を感じた。すまないが先に行く」


「行くって……!?」


 そう言って、声が聞こえていた狼煙台の中に飛び込んだ。煙い。熱い。だけどそんな事が気にならないくらい、僕の心は不安で満たされていた。

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