第10話 不審者パーティ御一行 参る

 店に戻るとみかんが来ていた。


「お帰り。こちらバチカンから来たソニアとウォルターだ。挨拶して」


「夏野 美香です。みかんって呼んでください!

 ソニアさんちょー美人 ! しばらく泊まるんですか ? 」


「いえ、あの。次は静岡県の教会に行かなくてはならなくて……」


「えぇ~っ !? つまんなーい。せっかく来てくれたのに ! 」


 内部監査の人間に『来てくれた』とか言うあたり、流石天然太鼓持ちだぜ交渉人 !


「静岡というと……佐波司祭とクリス神父ですか ? 監査で ? 」


「監査ではありません。彼はまだ父親を亡くしたばかりでフォローが必要です精神的に脆く、信者さんに不安を与えます」


「……誰でもそうですよ。あまり本部の人間が干渉しては、佐波神父も気が焦るのでは ? 」


「あそこは規模も大きいし。『隣人を愛せよ』は教えです。頼れる者がいるべきです」


「……逆効果になることも知ってほしいだけです。心理的な観点からみてですよ。発言力のある立場の方の口から出る言葉は、時として重大な負荷をかけます。貴女は目上の人であって、更に面識もありません。それを急に隣人と呼べるのか疑問です」


「そういうものでしょうか ? 日本の国民性によるもの…… ? 」


「人によるんじゃないですか ? 俺は元々日本人じゃないですし。

 つい最近、俺の父親も他界しましてね」


「それは……大変失礼致しました」


 素直に謝る。キツそうなソニアだが、嫌な奴では無さそうだ。


「今日のうちに行っちゃうんですか?ホテルとってないんですか ? 」


「ええ。まぁ……」


 それを見抜いたみかんが更に距離を詰めていく。


「えー。せっかく来たのに ? じゃあ、駅前でぶらぶらしませんかぁ ? ホテル取れるか確認してみましょうよ ! あ、百均とか興味ないですか ? ダイSOとか行きましょうよ!

 荷物持ちますよ ! 」


「え !? あ、ちょっと ! 美香さん !? やだっ ! 本当に行っちゃった !?

 で、ではローレック神父、私はこれでおいとまさせていただきます」


「たいしたおもてなしも出来ませんで、すみません。お気を付けてお帰りください」


「ここは多宗教の人間や人種で活動していますが、非公認ですから。ですが、ローレック神父。次は捕り逃がしなどないように……」


「……あ、ええ。あの。みかん行っちゃってますけど、大丈夫ですか ? 」


「え ! いない !! 美香さーーーん !! 」


 セル、止めてやれよ……。教育の内じゃねぇのか ? トーカとつぐみんを見ると『構わん。ヤレ』って顔に書いてある。懐柔作戦ってよりみかんが怪獣だよっ !

 ソニアとみかんがバタバタ出て行った後、ウォルターは店に残っていた。


「お前は小娘ソニアに同行しないの ? 」


 セルの口調が急転する。ウォルターには随分フランクな話し方だな。顔見知り ?

 俺も、大福とつぐみんも顔を見合わせ、視線をトーカに移すが、トーカもふるふると『知らない』の素振り。


「僕はここまでです。

『彼女』に会いたいです。だから日本に行くソニアに同行しました」


 セルがサイダーの王冠を毟り、ウォルターに瓶を渡す。


「監査にしては若すぎる。熱心なのはいいが、俺達にいいように丸め込まれたな。

 うちはサンピエトロ教会に誓って、魔窟のような存在だって知ってんだろ ? 」


 それ宣言していいのかよ。


「知っている。それは年配の方と重役だけです。今の新規参入者は知らされません」


 ウォルターは眼鏡を外すと額を押さえてため息をつく。


「若いうちは男女問わずジャジャ馬の様です。

 BLACK MOONはエクソシストとして活動してるので問題無いです。ただ、警察の一件は問題を生みました。公式依頼で失敗とは……良くありませんでした」


 なんか、ウォルターの日本語面白いな。


「神村署長から苦情無かったろ ? あの人は全部予知してたはずだ」


「確かに。そう分かっていたと思います。RESETの力が必要だったと思うから、貴方を利用した。

 ……彼女は警察官。サイキッカーとしてプロではないから、あくまで視える人命を優先するのです」


「そうだけど……言い訳が通用するなら、時期が悪かった。年末年始だったし、俺も父親の件で……向こうの世界で戦争勃発寸前まで揉めてね……」


「僕でよければ言い訳聴きます。本部に話付ける事が難しいですが」


 ウォルターは何もかも知ってるんだな。本部の奴なら当然か。

 後に『マジシャン幼児殺人事件』として数ヶ月騒がれたあの事件。もどかしい日本の法律。もう少し早く俺たちが行ければ、もう少し日数があれば……あれは未来が変わったかも知れないのに。俺達も生きてる人間を犠牲にして霊や悪魔を救いたい訳じゃない。人の為に退治するのがエクソシストなわけだし。それでもあれは母親の虐待が原因だった。悪魔を呼び込むのも人間だ。俺がクロツキでヴァンパイア連中に良いようにコントロールされたように。人はいとも簡単に悪魔と接点を持ってしまう。


「それで、ローレック。僕は『彼女』の店の場所知らないのです。案内を頼んでもいいですか ? 」


「いいけど。

 ん〜……ユーマ、つぐみん、一緒に行くか ? 」


 どこに ??? 全く話の流れが見えねぇじゃん。


「みんな知らないのですか ? 今までどうしてましたか ? 」


「あ〜うん。バリバリ勘違いされてるんだよね、俺〜」


 セルに対して、俺達が勘違いしてる事ってあるのかよ ? 怒ったら意外と怖かったって事くらいだぜ。


「あの……どこに行くのか全く分かんないんだけど ? 」


 つぐみん当然の質問。そりゃそうだ。BOOKが肝心なところで止まったままだ。

 セルはヘラっと斜め上を見ながら、すっとぼた表情で言う。


「長年世話になってる女性の店だよ」


「それって……」


 熟女の恋人かよ!行かねぇよっ!


「セルがいつも行く女性の店……ってことは、いかがわしい店よね !?

 え !??? 熟女を選ぶのはせめてもの良心 ? 若い子も選べるのに ? 本当に熟女専門 ? 」


 そうだな。神父が何やってんだと……。


「喜んで行くわっ !! 」


 つぐみーーーーーん !


 あぁぁぁぁっ!一番いかがわしいもの好きな奴だった!


「さ、準備しましょ ! 」


 くっ ! 見たくない。その女性と会って、うっかり視えたらどうすんだよ!みたくねぇよセルと熟女の絡みなんて ! 記憶遡行能力が憎い !


「お、俺もかよ……」


 断ろうとしたが、セルから意外な言葉をかけられた。


「ジョルも連れてこいよ。どうせ紹介しなきゃならない人だ」


「紹介しなきゃ…… ??? 何でだ ? 」


「知って置いた方が楽だからさ」


 知れば楽になる?

 いや、俺は不老不死じゃないし。だとしても熟女とイチャイチャしないんだよなぁ。


「あー……いや、俺がもし不老不死になっても、ソッチに興味は無いんだよな……」


「違いますよ、霧崎さん。その店舗は確かに男性向けの店だそうですが、経営者の彼女はサイキッカーです」


「え !? あんたの女って同業なのっ !? 」


「ああ。いい人だけど、本当にそんな仲じゃ無いんだって」


 怪しい〜〜〜っ !


「え ? じゃあ何 ? 知っておいた方がって……同業に挨拶って事 ? 」


「いや、それもあるんだけど、俺の過去に関わりがあるんだもん」


 そういう関係 !? 恋人じゃなくて !?

 な、何だこの気持ち ! ガッカリしたような、泣きたいような。

 そう ! 冷やかすネタが減っちまった !


「みんなあんたに女がいると、完全に思ってるぜ !? だってお前も否定しねぇじゃん」


「説明に過去が絡むから避けてただけだよ。昔世話んなってんだ」


 しょっちゅう行ってるよな ? んじゃ同業だとしても茶飲み友達くらいのノリなのか ?


「我々からスカウトを受けても、所属しないサイキッカーはとても多いです」


 ウォルターの違和感はあれだ ! 日本語が一昔前のGoogle翻訳。


「はあ……なるほど」


「所属しない理由は様々です。故郷を離れたくない方や、家族がいる方、宗教問題などです。

 ですが、猫の手も借りたい状況は多いです。なのでその時、外注で依頼することもあります。彼女もその中にいます」


「って事は、本当に同業……祓魔師って事か ? 」


「はい。彼女は強大な力を持っています」


「ふーん」


 同業で、まぁ交流が盛んに行われてるにしても……セルの帰宅後の香水の残り香って、同じ部屋にいましたってだけのレベルじゃねぇんだよな。ウォルターはそこまでは知らねぇのかな ?

 ま、別にバラす必要もねぇか。


 セルはスマホ片手にジョルを呼び戻している。


「それにしても、祓魔師ってバチカンが把握してるだけでもそんなに多いんすか ? 」


「いいえ。多くはありません。特に日本で祓魔が出来る人は、多くが相手が悪霊の場合が多く、悪魔はとても難しいようです」


 そっか。悪魔祓いは信仰と聖書の文言、キリスト教の理解がないと難しいからか。


「ん ? って事は、キリスト教を信仰しなければサタンは存在しない…… ? って事にならねぇんすか ? 」


「それは、話が飛躍しすぎです。仏教徒でなければ、目の前に幽霊や火の玉が出ないのか……と言う質問のようです」


「おぉ。そっか……すんません、悪気はないんです。気になったもんで」


「祓うのはオボーさんやグージさんの仕事のでも、一般人でも祓う力を持った人もいます。

 TheENDを持つ霧崎さんのように」


 それもどうしてなのかな。

 俺がそういう力があるって両親は知らない。母さんが死んだ後で身に付いた訳だから、生まれつきの能力じゃないし。

 信仰もない俺にどうしてそういう力があるんだろう ?


「ユーマ、早くそのコスプレ脱ぎなさいよ ! 行くわよ ! 」


 したくてしたコスプレじゃねぇよ !

 セルとは面識あるようだし。状況理解出来てないの俺だけ ? それともつぐみんがエロいものに目が無いの ?

 っつーか、トーカ……は、ダメか。見た目が子供だし。大福……は坊さんか。いや坊さんはいいだろ !


「大福は行かんの ? 」


 大福は笑顔で首をフルフルするだけだった。セルはアレだよ。この大福のストイックさを見習って欲しい。


 *******


 広瀬通りからアーケード方面へ向かう。

 少し歩けばすぐ国分町に行き着く。時間は真昼間だがガッツリ営業中。


 正直俺は金もねぇ方だったし、成人前に仙台にきたからこーゆー店の経験は無い。興味が無いわけじゃないけど、つぐみんとかに目撃されたら絶対ネタにされるし !


「オフロ屋さん ! 行くノカ !? 」


 ブハーーーッ !!


 俺は口に含んだコーラをスプラッシュしてしまった。


「え……お前、なんでそういう偏った知識はあんの !? 」


「 ??? 人間の雄が来るのはフツーなんダロ ? オレ、元はニワトリだけど、人間の女の子の方が可愛い ! 体人間だから人間の子がいい」


 まて。待て。待って ! 脳ミソ動かねぇ。お前がよくても、相手はどうなんだよ。


「うふふ。ジョル君はモテそうだもんねぇ〜」


 つぐみんがジョルのホッペをムニムニしてる。そいつはニワトリだからいいけど、絵面はイチャイチャしてるようにしか……ってか、ジョルの奴「うへへ〜役得〜」って顔に出てんぞ !

 いや、そうじゃなくて ! 誰だよジョルをプレイボーイにした巨悪は !!


「おいっ ! あんまジョルに変な事教えんなよ ! くっ !! 産まれた頃は黄色いまん丸で俺の後を一日中付いて歩いていたのに…… !! 」


 セルはニヤニヤしながら振り返る。


「え〜 ? 動物の生理現象だって一緒だろ ? 男なんだから。

 子離れしろよ、お父さん」


 え ? そういう問題なのかな ?

 ってかヤメロお父さんは。ガチでムッチさんが妻になっちまう !


(つ、つぐみん)


「んん ? 」


(いや、こーゆー質問とか、別にセクハラじゃないんだけどさ)


「ハッキリ言いなさいよ」


(ジョル、ニワトリな訳だろ ? 人間の振りして、そういう行為……内情を知らない相手とすんのって、女性的にはどうなの ? )


 つぐみんは一瞬、ふーむと首を傾げた。


「別にいいんじゃない ? 身体は人間だし、遊ぶくらいなら。セルだって人外じゃない 。

 これが鶏と女性とかなら問題……あっ !! 」


「え !? 何っ !? 」


「エッチなことする時だけ動物に戻っちゃうラブコメとかどうかしら ? 」


 うん。つぐみんに相談したのが間違いだった。多分トーカならしっかり答えれくれたと思う。


「う、ううーん。俺は目の前にあっても買わないかな。何かで見た感じがするし」


 ***********


「ここ」


 セルが雑居ビルの前で足を止めた。看板はあるが、かなり寂れている。


「とても意外です。もっと煌びやかな感じかと思ってました」


「かなり古いからな。俺が仙台に来た頃から世話んなってる」


 店舗は二階。黒ずんだ階段を神父と似非神父、そしてエロ絵師、俺、鳥人間という訳の分からないパーティで上がる。

 一つだけ言えるのは……ここは聖職者のセルとウォルターは来ちゃダメだろ !

 壁には俺と同じくらいの歳の女の子の写真がパネルになってる。くっ ! 嫌でも気になって見ちまう。


「あれ ? ここ若い子のお店なの ? セルって熟女好きなんじゃなかったっけ ? 」


 店に入る……と思いきや、セルは俺たちを連れ、三階までの階段を上り始める。


「あ……あ〜……」


 つぐみんはこれで納得。


 二階から三階にかけての階段のパネルの女性は、更に年代が上の方々だ。俺の母さんより上の人もいるな……。

 そして俺たちは三階の店舗に入………らない !


「え !? どこまで行くの !? 」


「言ったろ ? ここに来てるのは紛れもない事実だし、熟女とは会うけれど、別に不純な事はしてないんだってば」


 四階が最上階。

 小さな小豆色のドアが一枚。看板も何も無いけど、飾られた鉢植えが客人をもてなす様に咲き乱れている。


「ここ、下の店とは違うの ? 」


「ああ。経営者だけの部屋だから。

 けれど、本人はここで副業って言うか、気まぐれで色々なこt……」


 バンッ !!!!


 ごちゃごちゃ何か言ってるセルの背後、ドアが突然凄まじい力で開く。


「「「「うわぁっ !! 」」」」


 下手したら誰かに激突してもおかしくない勢いだった。

 そしてそこから悪魔のような……悪魔のようなメイクの女が腹を揺らしてセルに飛びかかった !


「セルシア〜、んもう ! 久しぶり〜ん ! んちゅ~~~っ ! 」


 これかーーーーーーーっ !!


「……………っ………ぐっ… ! 」


 セル、なんか言ってるけど。贅にk……巨乳で圧迫されて何も聞こえん。なんなら目の前のこの初老の女性が本当に人間かも怪しい。メイクが人外。世紀末の悪の魔導士。

 髪は解け、黒のシュシュが床に落ちる 。

 胸の辺りにセルの頭髪はあるが肩は女性の脇の下から出てる。

 セル、キマっちまうんじゃねぇのか ? 締めすぎだ。でも誰一人、助けに入ろうとはしない。


「むがもごっ !! ブハッ !! 今日は、ゴホッ、うっゴッハァ !! ガハッ !! はぁはぁ !! その、ウォルターも一緒で…… ! はぁはぁ」


 手加減しないで大型犬をガシガシ撫でる人っているよなぁ。つぐみん、いつものネタ帳になんかメモってるし。


「ああん !! ウォルター ! あのウォルターの孫ねぇ ! やだぁ〜いい男じゃない 〜」


「僕はウォルターです。お会いできて光栄です」


 ウォルターにはやらないんかい !!


「ゼェゼェ、彼女はリタ。

 リタ、こっちはいつも話してるうちの若衆で……」


 話してんの !? ヤメテ !


「うんうん。つぐみとジョルとユウマだね。

 まぁ入んなさい !

 は〜ん。お煎餅あったかしらぁ〜うふふー」


「お、お構いなく」


 あれがセルのお相手 ?

 いや、なんか一方的だな。そりゃあんだけ羽交い締m……抱擁されたら残り香もするよな……。


 セルは床にぶっ飛んだシュシュを拾い、手櫛で髪を整え直している。ハグ一回で9998くらいのダメージだろコレ。


「なんで全員、俺を可哀想な目で見るんだよ……」


 だって、可哀想なんだもん。

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