第6話 escape from Xmas

「ただいま」


 店に戻ると大福に声をかけた。


「おかえり〜。ご飯食べるかい ? 」


「いや、今日は外で食ってきたんだ」


「そう〜。さっきまでジョル君がホールの掃除してくれてたんだ。非番だったのに……お礼言っておいてくれよぉ〜」


「分かった。大福もおつかれさま」


 俺はエレベーターで部屋へ上がる。つぐみんは書店に用があるとかで駐車場で解散した。

 エレベーターの扉が開いた……と、同時に


「うべっ !! 」


 何かが顔に張り付いて来た !


「おいっ !! 」


 両手で羽毛の塊を引き剥がす。


「なんだよ !! 」


「怖ぇ〜よ !! オレ、置いてどっか行くなよ ! 眠れねぇヨ !!」


「まだそんな時間じゃねぇだろ……」


「ウトウトしたら、どうすんだヨ ! 暗くなったら寝ちゃう !! オレ、寝ちゃう !! 寝ちゃうの !! 」


「電気つけとけ ! 養鶏所みたいに ! 」


「バカ言うなヨ〜 !! もうそんな本能薄れてるんだよ〜 ! 」


 そん時ゃ〜、お前一人で薔薇園の双子の相手するしかないよな。


「なぁなぁ。どうするんだよ。眠れねぇよ……」


 ジョルは極端にあの場所へ飛ばされる事に拒否反応を示していた。

 俺はここに来てからトーカの指輪を貰って、寝てる最中アカツキに行く心配は無くなった。

 けど、双子の結界に飛ばされるんじゃ似たようなもんだ。

 寝た気がしない。


「うーん……。でも、あれ以来、俺もお前も夢見てないよな ?

 そもそも、あれって毎日飛ばされる訳じゃねぇんだよ」


「オレ、もう行きたくないのっ」


 俺も……毎日ニワトリ抱えて寝るの、いい加減辞めたい……。


 冷蔵庫からビールを二本取り出すと、片方をジョルに持たせる。


「ん〜。ずっと思ってたんだけどさ、お前ってルシファーに俺の情報送ってるじゃん ? 」


「うん」


「ルシファーにコンタクトって取れない ?

 例えばだけど、双子の一件で誰か悪魔の一人が敵に回るとするだろ ? 俺はTheENDで戦ったら、その悪魔は消滅するわけじゃん ?

 そうなると、地獄と天国の……バランス ? みたいなのが崩れるんじゃないかって思うんだよね」


「……何言ってるかちょっと分からない」


「えとさ、ルシファーは悪魔側の存在だよな ? そのお仲間と俺がドンパチするかもって事は、ルシファーにとっても損なんじゃないかって思うんだけど」


「ドウダロ。

 ……ホントにヤバい状況なら、もう何か言って来てるんじゃないノカな ? 週一くらいで記憶玉送ってるし」


 週一か。俺のプライバシー、筒抜け過ぎるだろ。


「なぁなぁ、今日はどこ行ってたんダ ? 」


「その辺ブラブラ買い物だよ」


「ムゥ……」


「明日はイブだろ ? まぁ客が多いような店じゃないけど、一日仕事だし。

 これ飲んだらもう寝ようぜ」


「分かった。

 あ、さっき美香さんから電話来た。光希君とルナさんがお店でライブ配信するって」


「えっ !? あいつら明日来るの !? 」


 ルナちゃん家、スタジオくらい完備出来るだろ……。光希も出入りしてるようだし、行動が読めねぇ。


「オレ、初めて聴く ! 」


 そっか。ジョルはまだあの二人と関わってないもんな。


「明日か……。

 ルナちゃん、何も言ってなかったけどな……」


 俺の漏らした一言に、ジョルの首がグリンっと回る。


「えっ !! まさか、アンタ !! 今日、ルナさんと……デートして来たっ !? 」


 やべぇっ !!


「んなわけねぇだろ。道ですれ違って、立ち話しただけだよ」


「だってだって、女の子の匂いするモン ! 」


「いや、まじで話しただけ」


「……アヤシイ」


 ここでゲロったらルシファーに記憶として送られちまうからな。何も言えん。すまんジョル。

 ルナちゃんには、今日の事は口止めしてあるし、つぐみんも百合子先生も口を滑らすタイプじゃないから大丈夫だろうけど。


「だってなんか香水の匂いするゾ ? 」


 クソ〜。これは百合子先生んだよ……。

 こういう時だけ勘がいいのやめてくれよ……。


「あ、あ〜。うん。まぁ……ちょっと……」


「…… ???」


 頑張れ俺 !!


「お、大人の遊びをしてきたと言うか ? 」


「…………」


「…………」


「……もっとマシな言い訳無かったノカ…… ? 」


「……すまん」


 ジョルはローテーブルに空き缶を置くと、そのまま服を脱ぎ始める。


「おい、風呂場で脱げよ」


 この部屋はバスルームがあるってだけで、脱衣所が無い。オマケにジョルは元が鶏なせいか、『見られて恥ずかしい、気まずい』という感覚が薄い。


 毎日丸い羽毛と同じ布団で寝て、早朝と就寝前に全裸で目の前に立たれ、その上目覚ましより早く朝は鳴く。あと、意外と足の爪が痛てぇ。

 昼間は人型でいるけど、こんな生活をつぐみんに知られたらネタにされちまう !!


「詮索しないでおくヨ。

 ……オレってそう言う存在だもんナ」


 ジョルがタオル一枚肩に掛け、バスルームへ向かう。

 拗ねちゃったか ? フォローすんのとか、苦手なんだよな。ストレートに言うしかないんだけど……。


「そうだな。だからなるべく状況が整ってからお前に話したいんだよ。ルシファーと繋がってんだったら、お前だって危険なんだぜ ?

 お前を守る為にもさ」


「ユーマ !! あぁぁぁっ、持つべきものは相棒だよナ〜っ!!」


「うわぁぁぁぁっ !! その格好でこっち来んな !! 」


 ジョルは渋々、腰にタオルを巻く。

 風呂はいんのか入んねぇのかどっちだよ !


「しっ ! しっ ! 早く風呂行けっ」


「そだそだ。思い出した。

 これ、明日のタイムテーブルって言ってた」


 ジョルはスマホに受信した画像を開いて見せてきた。


「あの二人。たった二曲 ? トークばっかりだな。何喋るんだろう 」


「未定って聴いた。あと、次の日はライブハウスに行くんだって言ってた」


 ライブか。気合い入ってんな……。

 じゃあ、明日はその宣伝で配信って感じか。


「と言うか、お前のスマホ。みかんが支払いしてんのか ? そりゃダメだぜ。あいつ、未成年なんだから」


「違うって言ってタ。これは雲雀さんがくれた」


 雲雀さん ?


「ああ。斡旋屋の。クズ崎先輩か ! へぇ〜」


 あの人、そういうとこ親分肌だよな。数回しか会ってないけど、なんか手に取るように分かるわ。どんぶり勘定しそうなタイプだよなぁ。


「ステージの飾りとか美香さんにお願いされて、明日買い出ししておくように言われた」


 ……うん。

 確実にパシり用の連絡機って事だな。


「早い時間のうちの方がいいぜ。明日はセルは教会に籠りっきりになるだろうし。

 みつルナのネットの配信って結構人手いるんだよ……」


「カメラ立てて歌うだけじゃないのか ? 」


「そういうので納得するタイプの配信者じゃねぇんだよ。俺達も多分、巻き込まれるぜ。楽器の交換だなんだの。使う楽器多いんだあいつら。無音でトークするわけじゃないだろうし」


 何しろ、つぐみんが演出好きだからな……。

 機材の運搬は明日搬入か ?


 そんな事より、俺はアカツキに行かなきゃならないんだけど。つぐみん、みかん、ジョルは配信に付き合うとして、厨房は大福。セルは教会。

 明日、皆の手が空かないうちに行ってくるのがいいのかもな。

 ただ、トーカはどうだろう。

 俺の挙動に気付く可能性もあるし、スルガトが報告するって可能性もなくは無い。


 誰か……トーカを店に足止めしてくれる奴がいればいいけど……。


 ********


 午後七時。

 店の一角を貸し切った光希とルナちゃんが、普段着より少しフォーマルかなってくらいの服装で淡々と配信を進めていた。


『〜ですね。今日の質問コーナーは〜』


 デデン !! ♪


『お二人の学校生活は〜』


『あー。よく来るよね〜』


 興味ねぇ〜〜〜……………。


 正直に言うと。

 申し訳ないのを前提に、本当に正直に言うとだ。

 つまんねぇ配信内容だ。

 いや、多分ファンサービスの配信な訳だから、身内ネタばかりなのは仕方ないんだろう。


 みかんはヘッドホンしたっきり、音響機器の前から動かない。

 つぐみんはカメラの死角でメイク道具持ったまま、常にルナちゃんをガン見。

 ジョルは物珍しそうにそんな光景をボンヤリ眺めている。


 一方、問題のトーカだが……厨房であくせく働いていた。

 普段、配膳しかしないトーカ。料理が下手そうなのは先日の芋剥きから想像出来たけど、カクテルやアルコールの扱いとなると別だ。

 目分量でもきっちり同じ味で、更には超速で作り上げるのだ。

 薬やら調合やらは、魔女の嗜みだもんな。得意なわけだ。


 ……それで、その酒を消費してる面子だが……。


「ふふーん。美味いじゃないか。

 おい、もう一杯だ」


「くっ…… !! もっと味わって飲みなさいよ馬鹿舌 !! 」


「なんだと !! 失敬な」


 昨日の今日で……百合子先生、本当に暇なんだな。


「やだ〜っ !! あははははっ !! あんた達、いつもこんな感じなの ? ウケる !! 」


 トーカに招待されてやってきたサンディだ。


「そうなんだ。言ってやってくれ。

 最近、急にお淑やかさが無くなったんだよこいつは」


「分かる ! あたしもそう思うわ〜」


「うぎぎぎっ」


 一緒に厨房に居る大福は我関せずでツマミ量産マシーンと化している。


 そんで。

 俺は意外な顧客に捕まっていた。


「ユーマさん、先代が失礼致しました」


「あ、いえいえ……」


 現 アムドゥスキアスだ。

 俺に取り憑いた奴じゃない。その後釜になった新人で、今日が初顔合わせだ。


「えーと……ご息女とか、そういうのですか ? 」


 流石に代替わりしましたと言えど、こっちは先代のアムドゥスキアスを殺っちゃってるからな……気まずいんですけど。


「いえ、私は楽器隊の長を長年していました。今回は周囲の推薦と言う形で就任しまして……」


「ああ。そうなんですね。

 あの楽器隊の方たち、守れなくてすみませんでした」


 元はと言えば、その事で逆恨みされたから、俺が謝る事では無いけど。この店は悪魔も天使もオールオッケーだから、それなりに接客してやらないといけないし。

 飯だけ食わせて放ったらかしてもいいんだけど、少し聞きたいことがある。


「それは昔の話ですので、お互い水に流しましょう。

 今日は、先代が楽しみにしていたあの音楽家の歌を聴こうと思いまして」


「あぁ、音楽がお好きなんですよね。あの方が最初に店に来たのも、それが理由でしたよね」


「そうです。運悪く道で天使と鉢合わせしちゃって……」


 あ、この流れなら離席出来るかも。


「そうでしたね。俺もあんなトラブルはごめんです。

 そうだ、一応天使がいないか……確認してきますよ ?

 折角ですから、ゆっくりして行ってください」


「まぁ。悪魔に対して本当にこの店はサービスがいいのね」


 一応、そうするように言われてるけど、あまり関わりたくないのが本音だよ。


「トーカ、アムドゥスキアスさんの相手頼めるか ? 俺、周り確認してくるよ」


「そうね……。もし見かけたら、今夜は新規のお客様はお断りしてもらった方がいいかもしれませんわ」


「OK。じゃあ行ってくる」


 上手くいった !!


 俺は店を出ると階段を上がり、結界のコンパネ板をすり抜け地上へ上がる。

 向かうのは車の中。

 そこからアカツキに行く !


 ポケットから車のキーを出すと、駐車場に向かう。

 ビルの前は人通りが多いけど、この私有地の駐車場まで来る奴は居ない。


 俺は車に乗り込むと、少しシートを寝かせて目を閉じる。


「さて……」


 アムドゥスキアスが来るとは意外だったな。

 前のアムドゥスキアスに取り憑かれた時は災難だった……。


 ……そう言えば、あの時……セルは必死に助けてくれたよな……。


「……」


 こんな土壇場で、紫薔薇王の言葉を思い出す。


『双子の過去を知り、お前はどうするのか』


 違う。

 俺は巻き込まれたんだ。つぐみんも。


 それが何かの導きで、ガンドが助けを求めてるなら俺はエクソシストとしての義務を果たしてるだけだ。


 でも、セルを疑うのは…… ?


「はぁ〜。今更、何悩んでんだ俺」


 セルが何か隠し事してるのは明確だ。

 そうだよ。

 アムドゥスキアスを祓う時も、結局ケリをつけたのはトーカのTheENDだったじゃん。

 雨を聖水に変えたのも。


 なるようになる、だな。


「行くぜ……DIVE !! 」

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