第21話 悟る

 聞き慣れた音を立てて、エレベーターが御堂のある五階に到着する。

 まだ眠ぃ……。四時半だもんな。

 俺は御堂へと足を踏み入れた。


「お邪魔しま〜す」


 大福は既に座っていて、その後ろに座布団が一枚用意されている。ここに座っていいんだな…… ?


「おはよう大福。俺、遅かった ? 自分からメールしといて……なんかごめん」


「うんにゃ。今来たところだよぉ。まだ早朝ぉ。早い早い」


 招き猫のようにニンマリと微笑む大福だが、多分もっと早く来てたはずだ。大福はいつも御堂に来ると、必ず真新しい香を一本立てて火をつける。その香がもう半分位、灰になっていた。


「さぁ〜座りなよぉ。

 話って、仕事の話かい ? 」


「あ、ああ。そうそう……」


 なんか、こういう時って敬語の方がいいのか ?

 いや、でもいつもタメ口利いてて、更にメンバーでも「あだ名で呼びあえ」とか言われてんのに、今だけ「大福さん」って言うのもな……。


「仕事の件はトーカちゃんから報告受けてるから大丈夫だよ〜。

 それにしてもぉ、大変だったみたいだねぇ」


 トーカ……。

 俺は昨日、大福にメールしてビール飲んで寝たけど、トーカはしっかり昨日のうちに話してたのか……。

 うぅ……俺、本当にダメだな……。


「あの……その仕事だけどさ……。

 俺、セルと大福に来た仕事を無理に請け負ったじゃん ?

 悪かったなって思ってさ……」


「悪い ? どぉして ?

 俺もセルも許可して任せたじゃない ? それに、こうして解決して無事に終えた訳だしさぁ」


「そう……かな ?

 結局、やってみたら手に負えなくてさ。トーカ呼んで……頼って。

 俺、見栄張ったんだ。

 大福とセルに、出来なかったって知られたくなくて……それでこっそりトーカを呼んだんだ」


「そうかぁ」


「……うん」


「……」


「………… 」


 大福からの返答はない。ただ俺の言葉をじっと待っている。

 頭ごなしに怒られるのは覚悟してたけど、これはこれで怖いっていうか、圧が凄い。


「……ええと、うん。それで……悪かったなって」


 俺 ! しどろもどろ !


「悪い ? ユーマは何も悪い事してないよ ? 」


 え ? そうかな ?

 もしかして、話が通じてないのか…… ?


「いや、ほら。だからさ。

 勝手に仕事を強奪した上に、出来ませんでした〜って……そりゃねぇよな〜と思うじゃん。

 しかも隠蔽未遂までしてさぁ。

 トーカならこっそり手伝ってくれるんじゃないかとか、甘い期待もしてたし。

 俺って、すげぇ卑怯もんだなって思って……。

 でも、既に皆んなにバレているだろうし、このまま知らんぷりしてるのもさ……」


 なっさけねぇぇぇっ ! うぅ……。黒板に落書きした小学生が先生に謝りに職員室に来ました、みたいなシチュエーションじゃん。


 大福はしばらく無言だったけど、「うーん」と首を捻る。


「トーカちゃんはみかんも呼んだし、隠す気が無かった様だね」


「うぐっ……」


 そうそう。

 それでもう、言い逃れできねぇって腹括ったんだよ。

 トーカは俺がこっそり泣きついたのは分かってたはずだ。なんで言っちゃったんだよ……。


「トーカちゃんが隠さなかった理由が分かるかい ? 」


「え…… ? 」


「きっと。トーカちゃんは、ユーマが俺たちに内緒にしたいっていうのは知ってたはずだよねぇ。でも、結局話したでしょ ? 」


「あ、ああ」


「……俺はねぇ、ユーマがトーカちゃんに助けを呼んだ理由と同じだと思う」


 大福は穏やかな面持ちで俺を見下ろす。大福の仕草も口調も穏やかなのに、何故か空気がヒリついている。

 蝋燭の灯火、黄金色の像。大福の袈裟の金の刺繍が、時折キラキラと光る。充満した香の空気も相まって、堂の中が異空間のように感じる。頭がボンヤリする。

 何か……俺の中の邪気が抜けていくような……ボーッとするけど、嫌な感じじゃない。


 大福は「ウンウン」と頷く。


「トーカちゃんも、同じだったんだよ。必要だからみかんちゃんを呼んだし、依頼人を救うのが最優先だから。

 そしてユーマも、今日こうして報告に来てくれた」


「……そりゃそうだぜ。依頼人の事考えたら……ちゃんと解決しなきゃって思ったし……」


 出来れば、俺とジョルで華麗に解決と行きたかったぜ。


「俺はねぇ。もしトーカちゃんが俺たちに何も報告しなくても、ユーマは今回の事を俺に報告に来たと思うなぁ」


「え……そうかな ?

 バレなきゃ来なかったかもと思うけど」


「にゃはは。

 俺が思うに、君は自分で思ってるほど、君の中身は擦れてないんだよ」


「でも、隠そうとしたのは事実だ……」


「うん。じゃあ、この先はそんなことがないように祈願でもしようか。気分的な暗示は大事だからね。

 きっと、これからはもっと周囲を頼ろうとするようになるよ」


 何を根拠に……。


 あっ !!


 今の言葉 !!


 言霊だ。


 経を上げ始めた大福のデカくて丸い背。

 毎日毎日、ここに来ることを欠かさない大福。


『周囲に頼る』か。


 俺は目を閉じ、静かに手を合わせた。

 そうだ。ここに来てから、皆んなが俺を助けてくれてる。

 俺も困ってる人を……エクソシストとして悪魔や悪霊に脅かされてる人達を助けるんだ。


 華菜さん、早めにメンタルの回復もしてくれるといいな。もう霊障はないし、大丈夫かな。


 今までは漠然と強くなるって思ってたけど、少し小さなところから行動に移してみよう。


 焦らないで、確実に。

 いざと言う時、後悔しない為にも。

 後悔や絶望した人に、真っ当な言葉をかけれる奴になるためにも。


 少しでいいから、学ぶんだ。

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