第11話 相棒

「ジョル」


 目覚めたのは俺が先立った。ジョルは布団の中で「ポププ」と寝息を立てていた。


「ジョル、起きろ」


「む……うぅ……」


 寝ぼけ眼のままのジョルを揺さぶる。


「なんだよ~ぉ。まだ朝だろー。店開いてねぇよぉ~」


「いいから早く!お前、視たか?昨日の夢 !! 」


「う~ん」


 ジョルは人型に戻ると、しかめっ面でむくりと起きる。


「あ~。あの子供のことだろ〜 ? 」


 やっぱり ! 覚えてた !



「流石だぜ、お前!……その割には、完全に鶏に戻ってたけど」


「ったりめぇ~だろ!!なんだよ、あそこ!」


 ジョルはボサボサの赤い頭を両手で掻きむしる。


「気付かれたら、生きて帰れないんじゃないかとか思ったぜ ! 危険な場所だ ! 」


 薄々そんな場所だとは思っていたけれど。


「ジョル、単刀直入に聞く。あの二人のうち、片方は悪魔だ。

 どっちだった !? 」


「……」 


 ジョルはため息を付くと、突然真顔に戻った。


「……あんた、アレに関わるのやめた方がいいぜ」


「……百も承知なんだ。あの双子の死因の真相をつきとめるのが俺とトーカの願いでもあるし、俺がここで働く契約でもある」


「契約 ? まさか。ローレック神父の手駒になってるって事か」


「まぁ、でもその変わり ……俺も母親の敵を捜して貰ってるし……」


「アンタの母親の復讐ってさ……本当に一人で出来なかったのか ?

 体よくBLACK MOONに巻き込まれたんじゃねぇのか ? 」


「そ、それは」


 俺はここに来てから色んな事を学んだと思う。今まで通り、一人っきりでアカツキを歩き回っていたとしても母さんの仇が見つかると思えないし、水銃 翡翠も出せないまま。エクトプラズムについての知識も、クロツキの存在も知らないままだったろうし。


「俺にとって、BLACK MOONは大事な居場所だ……」


 ジョルは俺に向き直ると、今までに見たこともない真剣な眼差しで口を開く。


「あんた、マジでさ。あの子供を救うとか言うなら……尚更ここを出た方がいいぜ」


「何故だ?」


「ローレック神父に頼まれたんだよな?

 あの子供が何も覚えてないなんておかしいじゃん。誰かに記憶消されたんだよ」


 そりゃ分かってる。だが、何で消されたのか……。


「記憶が無い……。それの何がそんなにまずいんだ ? あいつら悪魔に憑かれて、死に追い詰められたんだ。でも、精神体……つまり霊体はコキュートスに眠ってるのを見た。

 要は成仏してねぇんだ」


「じゃあじゃあ、尚更だ。何で霊体を分散させて、薔薇のテリトリーに霊体が存在してるんだ ? あんたの話が本当なら、コキュートスに居る霊体と、薔薇園の霊体二つが存在してるって事だぜ ?

 よく考えろよ。悪魔は人間を苦しめることで、エネルギーを吸収したり歓喜する。それなら、記憶は消さねぇだろ。

 死んだ霊体を閉じ込めていても記憶は消さないはず。『あのときこうすれば』『許せない』『神様なんか存在しないじゃん』って思わせるために。そういう後悔の念も当然、大好物なんだ。

 だから、記憶を消す必要なんかない」


 確かに。理屈ではそうなんだろうけど、何かまずい情報でも双子が持っていた場合だってあるかもしれない。あいつらは魔術師だ。記憶が戻ったら術の知識も戻ったりするかも……。


「……そういうモンか。なるほど。

 記憶か……。見た目もだよな。もっと大人だったはずなのに」


 ジョルが言ってることは正しい。あの薔薇園は天国でも地獄でも無い。挙句、セルやトーカを差し置いて、俺が行き来出来る理由ってなんだ ?


「トーカさんはわからねぇけど、ゲートの能力使うときの悪魔いるじゃん」


「スルガトの爺さんか ? あの人は大丈夫だぜ。少なくても、トーカに悪意はないと思うぜ」


「うん。あの爺さんはそんな感じする」


「それで?あの双子のうちどっちが悪魔憑きで、『精神を取られた』偽物って事なんだけどさ」


「俺、一目で分かったぜ ? 」


 思わず、息が止まる。最後のガンドの言葉を信じるなら。これで確定か…… 。


「女の子の方だぜ。ありゃ子供の姿をした大悪魔だ」


「……セイズか。

 ガンド……最初から気付いてやれなくて、すまねぇ……」


 セイズ……。セイズの霊体はコキュートスにある物のみが本物。

 薔薇園に居るセイズはセイズの精神を蝕んだ悪魔。肉体を失ったガンドの霊体を分散させて、薔薇園で仲良しごっこをしてるのは何故なんだ…… ?


「でも、これで進展した。俺はあの男の方、ガンドの過去を視る許可を貰った。これで、とあるアイテムを使えば真相が分かるんだよ」


 せめてガンドだけでも神の元へ送れれば !

 セルの復讐がどうなるにせよ、今までより全然いいんだ。救えるものから、確実に手を差し伸べられる。

 それは復讐よりも優先するべきだと、俺は思う。


「記憶を観る……かぁ……」


 だが、どうにもジョルは気乗りしないようだった。


「ローレック神父がアンタに復讐を頼んだこと、トーカさんは知ってたか?

 アンタも警戒したから夢のこと、ローレック神父に話してないんじゃないのか?」


 ……意識はしてなかったけど、確かにセルとは『何でも話せる仲』とは違うよな。セルもトーカには俺に依頼した事を言ってなかった。

 双子が死んだ時、トーカがアカツキで待機してたのだから当事者だ。隠す必要なんかあるのか ? それに双子の死因にトーカは関わってない証明でもあるのに、どうしてトーカよりレベルの低い俺に話を持ちかけたんだ ?

 トーカの年齢の呪いはスルガトの爺さんが成り行きで仕方なくかけたものだ。けれど、セルの老いない魔力はどこから来ている ?

 確かに不審点は……。


「分かった。お前の話にも耳を傾けるべきだよな。

 具体的に何がやばいと思うんだ ? 」


「ローレック神父だな。たまに悪魔の匂いが混じってるだろ ? 」


「それは知ってるけど、アカツキに頻繁に行くと俺たちもそうなってるはずだぜ ? 霊の臭気とか悪魔の妖気は、戦ったりしたとき付いてくるときがある」


「そだよ。そだよ。それで今日気づいた。

 ローレック神父が纏ってる悪魔の匂いの中で、昨日会った双子の女の子の魔臭がするんだもんな。頻繁に」


「嘘だろ……そんな」


 それって……。俺が知らないところで、セルがセイズと会ってるって事か。もしくは仇の悪魔と会っている ?

 何故 ? 仇じゃないのか ? 会っているなら何故戦わない ? 戦ってはいるのか ? それなら俺に隠す理由は何だ ?

 それともなにか理由があるのか ?


「確かに……。俺、なにか騙されてんのかな…」


 隠し事はしねぇって、あれ程言ってたのに。


「俺、分かんない。でも、男の方の記憶を観れるなら早い方がいいぜ。ここの誰にも言わない方がいいし」


「そうだな」


 ……とは言っても、トーカを除外すると……紫薔薇王へのコネクションが……。


 いや、一人いるか。ここの部外者でヴァンパイア界に君臨してる奴が。

 山吹 蓮司か、百合子先生だな。ジェー討伐の時、蓮司さんはセルより立場が上って感じだった記憶がある。どうだろうな。

 やっぱり百合子先生の方が……。紫薔薇王のところにはすぐに紹介出来るってヴァンパイア領土で言われたし。セルとは仲良さそうだけど、約束事には誠実に対応してくれそうだ。みかんに対しても義理堅い一面もあるしな。


「わかった。じゃあ、お前を信じるぜ。

 華菜さんの一件が終わったら、ガンドの記憶を観に行く。誰にも言わない」


 その間、寝た時薔薇園に飛ばなきゃいいけどな。こればかりは寝てみねぇと分からねぇからな。

 ジョルはベッドに座ったまま、項垂れている。


「ああ。その方がいい。

 ……ルシファーの眼の俺を、本当に信じてくれるんだなアンタ」


「え ? おぉ……」


 ルシファーの眼の契約には、交渉人のみかんが

 アフラ·マズダー様がお目付けとして噛んでるからな。あくまでルシファーは観察するだけ。ジョルに何かをさせるつもりなら、契約は破棄されペナルティも課せられる。ジョルには何も害はない。


「信じるさ。相棒」

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