第7話 同業者 ボコ屋のサンディ

トーカは外出先、一人でいる時に俺の連絡を受けた様だ。その後、俺たちは言われるがままに多賀城市まで南下して来た。

 正直、連絡を受け取ったのが店じゃなくてホッとする。

 既に時刻は十九時。冬は本当に日が短い。すっかり暗くなっていた。


「なんか普通の町って感じなんだけど……トーカ、どこにいるんだ ? 」


 電話番号をナビに入力したけど、店でもなんでもないような場所にゴール旗が立っている。


「俺ぇ〜水族館に行きてぇ〜なぁ〜。なぁなぁ ! 今度連れてってくれ〜。社会科見学〜」


「今度な。っつーか、バイト代出すから女と行ってこいよ」


 出発してから安心しきったのか、ジョルは呑気に背もたれを倒し伸びていた。


「チケットの買い方も分かんねぇのに、女と行けとか言うアンタ鬼畜すぎぃ〜」


「みかんとか、面倒見いいだろ。あーそっか。お前はつぐみんがいいんだっけ ? 」


「美香さんも好きだよ。シャモさんのような体つきが良いよなぁ〜」


 軍鶏シャモと比べられるみかんよ……。っつーか、やっぱり雄鶏の中でもシャモは『カッコイイ憧れ』みたいなもんなのか…… ? 新境地感覚だ。


「そんな事より……トーカに連絡は付いたけど、助言が貰えるかは別だぜ ? 」


「はっ !? 」


 ジョルがガバッと身を起こす。


「嘘〜ん。そんな薄情な彼女なのか !? 」


「彼女じゃねぇっつの。

 薄情ってより、単純に厳しいんだよ。助言が貰えたとしても、セルに報告しないとは思えねぇし」


「意味無ぇじゃんかよ……。じゃあ、最初からセルシアか大福さんに言えばよかったんじゃねぇのか ? 」


「二人に相談したら間違いなくこの仕事から降ろされる。俺は最後まで見届けたいし、経験も積みたいんだ」


「あ〜……そうそう。そだそだ。俺もケーケンが欲しい」


 トーカは良い意味で厳しい。途中で投げ出す……なんて事はさせないはず。多分。

 泉家の玄関のゲート対策も聞きたいところだ。


 ポン♪


『目的地周辺です。運転、お疲れ様でした』


「え〜……」


 ナビのこの中途半端な最後、どーにかならねぇのかねぇ。目的地が何処なのか分からねぇからナビゲーションシステムを使ってるのに。

 夕方は多分、高校生や中学生が下校する賑やかな土地だ。辺りを見るが、住宅ばかり。とりあえず『周辺です』とナビゲーションされた付近を走ってみる。


「あ、いた」


 百メートル先の角を曲がった所に、歩道に立っていたトーカがヘッドライトに写った。今日は黒いパーカーにデニムのホットパンツ、オーバーニーに赤のスニーカーって出で立ちだ。やっぱりあのショップ最高だよな。フードの白いフリルがアクセントになったボア付きパーカー。

 見た目が少し成長してから、トーカの服装にも変化幅が出てきたようだ。カジュアルスタイルも着るようになったって言うか。俺はこっちの方が断然似合ってると思う。


「待ったか」


 ウィンドウを開けて声をかけた。


「いいえ。中に居たから大丈夫ですわ」


「中 ? 」


「ここ、友達の家なの」


 トーカが背後の家に手を向ける。

 その手首には、いつも襟元に付けているリボンがあった。赤いベルベットのリボン。生き別れた妹、メグの物だ。

 ジェスチャーで車を停める場所を誘導される。車を降りると、トーカは特に怒ってる様子も無く俺の傍に来た。


「現場から移動させてごめんなさい」


「いや、俺たちは大丈夫。次に行くのは来週の日曜日なんだ。

 その……どうしても力不足でさ……帰るしかなくて……ごめん」


「評価するわ。最初に言った通り、出来ない時は皆で補うの。それがBLACK MOONよ。

 泉 華菜様の家ですわね ? 調査票は読みましたわ。大福が担当じゃなかったんですの ? 」


 ジョルがおずおずと手を挙げる。


「アノ……俺がやりたいって、大福さんに無理にお願いしたデス」


 トーカは小さく溜め息をつくと、分かったと言うように頷いた。


「それで引くに引けなくなった訳ね。

 とりあえず、中に入りましょ」


「ああ、うん」


 トーカの友達か……。なんか不思議。普通の女性とお茶会ってイメージが無いよなぁ。

 ガレージから玄関へ向かう。本当になんて事ない普通の一軒家だ。近隣の家よりちょっと狭いくらいの。

 インターホンまで来て、ようやく庭側に面した部屋が店の様になっていると気が付いた。


『輸入雑貨店 Sandy』


 小さな木の板が、表札代わりに貼り付けてあった。


「ここ、お店なのか ? 」


「まぁ。表向きはね。でも、店主は私の同業者よ」


 って事は、魔女って事か ? それならなんか納得だ。

 中に入っていくトーカに俺達も続く。


「サンディ。着きましたわ」


 店の中はもう消灯していた。入口から土足のまま入れる。真っ直ぐ細い通路になっていて、フローリングの板がギィギィと音を立てる。

 両棚にはエキゾチックな雑貨や民族楽器なんかが所狭しと並んでいた。値札も付いている。


「早いわね ! 」


 窓際まで来ると八畳くらいの空間があって、一組だけ座れるテーブル席があった。その反対側に狭いカウンターがある。そこにいたのは一人の黒人女性だった。


「珈琲でもいかが ? 」


 綺麗に編み込まれた髪に個性的なヘアターバン。大きな口がパカッと笑みを浮かべている。人懐こそうな印象だ。


「あ……いただきます。コイツのは砂糖多めで」


「あはは。オッケ〜 ! さては珈琲苦手なんだな〜 ? ココアにしてあげる ! 」


「ありがとうゴザイます ! !」


 唐突な親切にジョルはパニクっている。

 年齢は百合子先生より上だな。多分、三十代半ばくらい。痩せ型だけど、ミサイルのような巨乳が首飾りのチェーンを割くように突き出ている。冬だと言うのに上半身はチューブトップ、スカートは特徴的な柄物でエスニックな魅力のある人だった。長い爪に細いウエスト。

 印象深く妖艶な美しさだ。


「あらぁ、随分若いんじゃないの」


 その女性は俺とジョルを見ると、気さくに話しかけてきた。


「アタシはサンディ。ミアとはアメリカにいた頃からの腐れ縁なのよ。あんた達、名前は ? 」


「ユーマと申します。こっちはジョルジュ…相棒です」


「相棒 ? ソイツ家畜だよ ? 奴隷じゃないのかい ? 」


 視て分かるもんなのか…… ? ジョルは平然としてるけど、なんか他人に奴隷だよねと言われると……ムッとするな。


「相棒です。確かに契約上は畜魂契約ですけど……」


「へぇ。いいじゃん。幸せもんだね」


 サンディさんに悪意は無いようだった。多分、それだけ奴隷として契約する畜魂が多いんだろうな。


「ここは見ての通り民族衣装や雑貨品を売ってるんだ。

 ほら、受け取って」


 サンディさんはラージサイズの紙カップにココアを入れてくれた。


「ありがとうございます ! いただきます」


「熱いからね。気をつけて〜 !

 それで ? ミア、アタシは何をすればいいの ? 」


「部屋を貸してくださる ? 」


「いいけど、今回の支払いに上乗せになるからね」


 有料なの ? あ、魔女の店だから商売か。トーカは頻繁に来てる感じだけど、何を買ってるんだ ?


「構いませんわ」


「こっちよ〜」


 サンディさんが俺たちを連れ、店の奥の扉の中に入るよう促す。


「どの部屋だい ? 」


「邪視避け出来て、霊視の出来る部屋をお願い致しますわ」


 サンディさんが鍵束を取り出す。


「なら奥の部屋ね。道具も揃ってるわ」


「ありがとう」


 窓がない。家の中は迷路みたいだ。全く一軒家の造りじゃない。細い廊下がいくつか分岐していて、扉の数からすると四畳半程の部屋が何部屋も密接しているようだった。見た感じサンディさんの持っている鍵の数が部屋数と合わない気がする。もしかしたら更に隠し部屋や金庫があるのかもな……。 天井も頭スレスレだ。ジョルは顔を少し傾けたままカックンカックンと歩いてる。うーん……鶏臭が滲み出ている……。


「サンディさんも魔女なんですか ? 」


 俺の質問にも、サンディさんは白い歯を見せながら陽気に答えてくれる。本当に愛想のいい人だ。


「サンディ、でいいわよ。

 アタシはヴォドゥンのボコ屋なの」


 何 ??? 何語 ???


「ヴォ…… ? ヴォドゥンってなんですか ? 」


「あーそっか。えと……ヴードゥーって言った方が分かるかな ? 」


 キリスト教系魔女の友達が、まさかのヴードゥー教魔術師……。


「知ってます。会ったりするのは初めてですけれど」


「そだよねぇ〜。日本じゃ浸透してないもんね。まぁ、おかげで生活は安定してるわ。酷い差別も無いしね」


 ヴードゥー教はアフリカ系民族の宗教で、独自解釈の精霊を祀った宗教だ。信者を勧誘したり、手広く術を他人に広めたりしないんだったな。


「ボコ屋…… ? ってのはな何ですか ? 」


「呪術師よ。依頼を受けて、呪うのさ」


 呪い………。

 ヴードゥー人形とか、聞いたことあるな。どちらかって言うと黒魔術に近しいイメージがある。


 見た目三十半ばだけど、トーカがアメリカにいた頃から……としたら、この人も何らかの手法で年齢を誤魔化しているって事だ。


「ハハッ。怖がらないで〜。

 今は呪具や儀式用品の取り扱いが主軸なわけ。ミアもお客よ。

 ボコが使う心臓や頭骨は他の黒魔術師なんかも使うからね。アタシは仕入れ屋メインなんだよ」


「なるほど」


 とは言え、依頼が来ることもあるんだろうな。怖っ。


「さ、この部屋だ。アタシは上にいるからね。セージを焚いてね」


 トーカが一本の鍵を受け取る。


「ええ。ありがとう」


 サンディは俺達に手をヒラヒラさせながら戻って行った。


「ここで詳しく話を聴くわ」


 部屋にはまず水晶で作られた暖簾があって、布張りの丸いテーブルが中心にある薄暗い空間だった。真ん中にマッチと杯とセージが乗っている。家具はガラス戸棚が一つだけ置いてあり、中には水晶玉とウィジャ盤。飲み水の入ったケトルが置いてある。本当に同業って感じだ。


 トーカがセージを紙に包んで捻り、その先に火をつけ杯の上に置いた。


「サンディの口車に乗せられてはダメよ ? 口ではああ言ってるけれど、バリバリの現役ですわ」


 俺に火を付けた蝋燭を一本差し出しながら、忠告をしてきた。実際、呪いで人が死んだりしたら……何罪なんだ ? 科学的に証明されないと無罪なのか ? なんにせよ、怒らせては駄目だな。怖ァ〜。


「本当に……呪い屋っているんだな」


 部屋にはキャンドルがズラリと並んでいる。俺はそれに明かりを灯していく。全部つけると結構な光量だった。なんかこう、召喚の儀式〜って感じがする。いかにも魔術師の部屋っぽい。


「ヴードゥーはね、呪いだけじゃないの。彼女は私も尊敬する、S級魔術師だわ。だからこそ、話しやすい人でも無礼は禁物よ」


 はい ! 怖い ! え〜。あんな綺麗で陽気な人が呪いとか、考えられねぇ。


「前に言った、先天性の魔術師と後天性の魔術師の話……。ヴードゥーをやる人は皆、先天性に入るわ。つまり、身内のみで引き継がれるの」


「なるほどなぁ」


 生まれた時から魔術師になる運命を決められた人間。ヴードゥーの魔術師がそうなら、イタコなんかも先天性魔術師に入るって事か。


「デ、トーカさん。お、俺はココで懺悔をスレばいいんですか ???」


「懺悔 ? しなくていいわよ。

 なぁに ? セルはこの子にそんな事させてるの ? 」


 トーカが不信げに俺に振り返る。


「えっ ? うーん……説教は長いけど……懺悔は……してたかな ? 」


「セルの事は信用してるけれど、この子の躾に関しては、あなたが把握していないと駄目よ ? 子供と同じ。セルの教育が彼の為になっているか、ユーマが見極めないと」


「へーい」


 面倒臭いな。マジで息子みたいになるから気まずいぞ。

 一方、ジョルはトーカをキラキラ見詰めて、感極まっている。


「あ、姐さん !! 今日から姐さんって呼ぶ ! !」


「ユーマ。すぐ辞めさせて。

次言ったらぶっ飛ばす……」


「oh……」


 外見最年少大賞のトーカに姐さんは無い無い。


「じゃあじゃあ、シマツ書とか書けばいいのか…… ???」


「貴方ねぇ……」


 ズレ切ってるジョルにトーカは最早苦笑いだった。


「座って。少し落ち着きなさいな」


トーカはジョルの目の前の椅子を引いて、座るよう促した。だが次の瞬間、ジョルは唐突に首を横に振って座るのを拒んだ。


「えと……なら、ここから出て話しませんか ? 」


「はぁ !?」


 唐突なジョルの提案に俺もトーカも面食らってしまう。今来たばっかりじゃん ! まだ何もしてねぇ !


「えっとね……ジョルジュ。現場から来たってことは、祓えなかった者が憑いて来ることがあるの。祓われないために、霊自身が貴方たちを気にするのだと思うわ。作戦を立てても、聞かれたら意味が無いの」


「お前、トーカに助け舟出してもらえるってウキウキだったじゃねぇか。急にどうしたんだ ? 」


 ジョルの顔を見上げたら、顔面蒼白。心無しか、肩まで震えていた。


「え……何 ? お前、どうしたの ? 」


 ジョルは床を見詰めたまま、口ごもって答える。


「キャンドルの灯りをつけたら、な……何か……部屋に居るんだよ…… !

 人でも神でも……ドッチでも無い」


 一瞬、俺と顔を見合わせたトーカが、思いついたようにポンと手を打つ。


「そうなのね ! 貴方には視えるのね ? 流石ルシファーの目ですわね。

 ジョルジュ。大丈夫よ、よく視て。そいつらに悪意は無いはず。

 サンディが使ってるモノ達よ」


「うへぇ…… ? こ、怖すぎる……」


 何が視えてんだか……。視え過ぎるのも気の毒だな。


「俺には視えないなぁ。トーカ、ジョルは俺より霊感強いみたいなんだ。海にも結界があるとか言ってたし」


「そうなのね……。でも、ユーマと別な能力で特出した才があるなら、相棒には適任だったわね」


「まぁな。でも、そのせいで今回行き違いみたいな事になったんだけどな……」


「今から視せていただくわ」


 トーカは戸棚から水晶玉を取りだし、テーブルに乗せた。


「さぁ、始めるわよ。

 まずジョルジュから視るわ。手を出して ? 」


 トーカは卓上に差し出された震えているジョルの手を右手で握って、左手は水晶玉に乗せる。


「始めますわ」


 セージのお香に身を晒されながら、今日一日の記憶をトーカは読み取って行った。

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