第6話 純新無垢は時に残酷な世界を彷徨う

 ガチャリと玄関のドアを閉める。外はあいにく雪がチラついてきた。シャツに滲みた背中の冷や汗が不愉快に感じる。


「はぁー……」


 だが、これで敵側からも『クロツキから俺とジョルが出て行った』と認識するだろう。


「しゃ……っ ! しゃむっ……寒い !!」


 しゃーねぇなぁ。俺はマフラーをジョルに貸す。


「なぁなぁ。これ、巻けばいいのか ? あ、これ暖かい ! 暖かい !! 」


 良かったな。うん。良かったな。


「少し離れて話そうぜ」


「お、おう」


 俺たちは家から離れて、何となく駐車場まで歩を進める。


「俺、お前に聞きたい事あるんだよな」


 クロツキであの幼女を見るまで、不思議にも思わなかった。今になって思い返すと、違和感があったんだよな。

 ジョルの発言だ。


「お前、挨拶済ませてから炬燵に座った後さぁ。華菜さんに『娘さんですか ? 』って聞いたよな ? 」


 心春ちゃんはショートカットだし、一応スカートだったけどボーイッシュな感じだったから、てっきりジョルは性の判別に困ったのかなって……。でも、女の許容範囲が広いこいつにとって見分けが付かないわけが無い。


「そう。そうそう、聞いたよ。

 だって心春ちゃんは後ろで遊んでるのに、その子だけ冷蔵庫の影から俺たちを見てたんだからよ」


 やっぱりか……。


「ソイツぁ、霊だよ !

 まんまと……あぁ、嵌められたぜ ! 」


「霊っ ! ? あの子、霊だったか !? うーん、なんで一緒に遊ばないんだろうって思ったぜぇ〜。

 そっかァ〜霊かぁ……それにちゃなんの悪意も無い、普通に住んでる子みたいに感じたけどなぁ」


「何か話したり、名前聞いたか ? 」


「いや、何も。内見の時、華菜さんにくっ付いて来ただけ」


 霊だと気付かない程はっきり視えてたんだな。これは視える奴って、どうしても仕方がないんだよな。俺もたまに人混みで霊を見かけると、人だっていう思い込みで道を譲ったりしちゃうもんな。


「心春ちゃんを離したのは、物騒な話を聞かれたくなかったからなんだぜ。その子だけ付いてくるって……おかしいと思わなかったか ? 」


「え〜 ? 華菜さんも何も言わねぇしさぁ ? いいのかなぁ〜って思ってたぜ〜」


「まぁ、別に責めてるわけじゃないけどさ」


「ん〜 ? なぁなぁ。あの子が霊なら、おかしいぜ ? だって、子供部屋は二部屋あったもん」


 それなんだよなぁ。


「ジョル。これは認めたくねぇけど。難しい仕事を引き受けちまったと思うぜ……」


 坊さんの大福が渋った訳だ。

 俺達みたいな二十歳そこらの男に、子を失った被災者の気持ちなんて……華菜さんの苦しいおもいを諭して説得するなんて……。


「え ? でも霊ならあの子に蝋燭渡せば成仏するんじゃないのか ?

 ってか、アンタは収穫あったのか ? 」


「ああ。

 いいか ? まず簡単に言うな。

 あの家に住み着いたボス格は華菜さんの生霊だ」


「い……生霊…… ? じゃあ、を解くには……」


「そう。華菜さんに生霊を飛ばしてる事を伝えて、心の隙間を埋めないとキリが無い。

 恐らく、お前が視た幼女は長女だと思う。死んでるんだよ。俺もでその子を視てきた。

 それも厄介な事に、あの家の玄関はゲートになってる。家に入るだけでクロツキに導かれちまうんだ。トーカのアイテムで何とか戻ってきたけど、それも予備は無い。クロツキには、今日は入れない。あそこのドアは内側から開けない」


「えっとえっと……じゃあ、窓から家に入ればどうだろ」


「それもちょっと……確証はねぇな。出入り出来る場所って概念は変わらない」


 窓も侵入経路としてカウントされてると思う。


「じゃあ、今日はこれからどうするんだ ? 」


 俺が聞きたいよ。でも、なにかあるはずだ。方法が。


「華菜さんは生霊だから、説明すれば肉体は家から出てくれるだろうけど、生霊本人には関係のない事だ。再び戻って来てしまう。

 華菜さん自信に気付かせて、娘の成仏を引き止めて居ることを伝えないと……」


「うえぇ ? それさぁ……アンタが言うのか ? 」


「……そう…しかないよな。仕事だし……。でも、気が引けるな」


「………それで大福さんは宮城の人間に拘ってたのか」


「そういうことだったんだな」


 熊本も阪神も歴史上、被災した場所はあるけど、どちらも俺は経験してないし子供の頃だ。何を言っても……安い言葉に聞こえてしまうかもしれない。

 残酷だ。

 他人に「割り切れ、子供の死を受け入れろ ! 」なんて言われたら、俺だったら発狂して暴れるかもしれない……。本人にのしかかった悲しみと虚無感は計り知れない。


 キンッ …… シュボッ !!


 煙草に火をつけて煙を見つめる。煙は細く上に上がると、そこからスゥっと一筋の帯のように真っ直ぐにくゆる。

『stay』だ。

 これはセルに教わった煙の占い。念を込めると、煙の動きで状況を視る。

 ステイ……何もすんなって事か……。このまま待っててもしょうがないしな。

 しかし、店に戻るのも……。なにか……なにか手は無いか …… ?


「なぁ、なぁ。そういえばだけどよ……家全体に霊気はあったけど、一箇所だけ清廉な部屋があったぜ」


「清廉…… ? あ〜、霊障を受けて無いって事か。どこだ ? 」


 俺たちが車に持たれながら話していると、一台、ファミリー向けの洒落たワゴンが入ってきた。俺の車の隣。『泉』と書かれたもう一台の駐車スペースに停る。

 運転手が俺たちに気付き、会釈をしてきた。

 この人が旦那さんか。

 ああ ! 『stay』はこの人の帰宅を暗喩してたのか。

 だが、この人に告げるべきか……。どうなんだ ? 生霊になってなくても、親は親だ。良い気はしないだろう。


「遅くなってごめんね ! 」


「いえ。本日はよろしくお願いします。ブラック · ムーンから派遣されました、ユーマと申します。こっちは相棒のジョルです」


「へぇ ! 若いのに凄いね ! 」


 旦那さんは四十三歳だったはずだ。いかにも働き盛りって感じ。作業服姿で車から身軽に降りると、俺たちとギュッと握手を交わす。すごくデカくてゴツゴツした手だ。顔立ちは、華菜さんの旦那さんにしては少し不釣り合いに見える。けれど、この人の明るさと気さくさが、それをカバーしている。とても印象のいい人だ。


「や〜。俺も参っちゃってね。本は飛ぶわ、酒は腐るわでさ。俺の母親、結構過干渉なタイプなんだけど、すっかり来なくなった程だよ」


「そうですか……。実は今、内見を終えたとことで少し状況整理にここへ……」


「あぁ、そうなんだ。戻って来るんだろ ? 」


「あ、いえ……」


 戻ったところで俺には……霊は倒せないし、言い聞かせるのも自信が無い。多分あの華菜さんの生霊は、存在する限り霊障を起こす。ポルターガイスト現象や、食物の傷み、植物の枯れ。

 だが他人の命を取ったり……ということは今のところ無いと判断する。部外者はともかく、家族に危害は加えないだろう。クロツキなら他の霊も簡単に入って来れない。生霊の作った完璧な要塞だ。


「ここで旦那さんから聴取したら、一度道具を揃えに店に戻ろうかと思います。申し訳御座いませんが、奥様にもお伝えください」


「それはいいけど、長引きそうなの ? 難しい感じ ? 」


「いえ、大丈夫ですよ。必要な情報は把握しましたので、道具を取りに行って、見積もりも持参しますので。お任せ下さい ! 」


 言っちゃった……打開策なんてないのに……。


「なら良かったよ〜。頼むよ ! 」


 旦那さんが胸を撫で下ろす。

 作業服の少し開いたチャックの中。胸にはシルバーアクセサリーが付いていた。高そうなデザインだ。どこのショップの物だろう。見ればブレスレットや指輪も同じ材質のアクセサリーが付いていた。随分、男性にしては沢山身に付けてるな。趣味はいいけど、作業服とは不釣り合いだ。


「ぅわ〜 !! カッケェーっ ! !」


 そうだった。いるんだ、俺の隣にも。貴金属に魅入られた鶏が。


(おい、やめろよ !!)


「めっちゃ光ってる ! カッコイイ !! 好き ! ! 」


 アホ……。


 恥ずかしい状況のジョルに向かって、旦那さんが口をパカッと開いて嬉しそうに笑う。


「ほんと ! ? 嬉しいな〜。実は全部、自作なんだ」


『まじでっ !!』


 思わず、ジョルと声がハモる。

 市販の物じゃないのか ? とても素人が作ったとは思えない出来だ。


「器用ですねぇ ! 」


「昔から無機質な物が好きでね〜。子供の頃から、金型見るだけで興奮するくらい金属が好きでさ。

 その延長線でね。趣味でシルバーアクセサリーを作ってるんだ」


「すげ〜っ! ! 」


 すっかりジョルはファン一号と化してしまった。かく言う俺も、ちょっと欲しい。

 この人センスの塊だな。


 でも、これで薄々分かったぞ。


「仕事もそんな感じの…… 金属を扱う仕事ですか ? 」


「まぁ、ただの鉄工所だけどね。楽しいよ」


 なるほどな。


「ジョル、清廉な部屋ってのは旦那さんの部屋か ? 」


「御明答〜。でも、なんでだ ? 」


 旦那さんも不思議そうに俺を見てくる。


「旦那さん。家で起きてる怪現象ですが、自室では起きていませんね ? 」


「あー。言われてみれば起きてないねぇ。え…… ? 分かるものなの ? 」


「はい。キーアイテムは鉄です。魔物は総じて、鉄や純銀を嫌うんです」


「へぇ〜 ! あれだね。吸血鬼みたいだね ! 」


 実際のヴァンパイアはシルバーも鉄も大丈夫だけどな。むしろ、無機質な家電に夢中ときたもんだ。

 まぁ、とりあえず旦那さんはピンピンしてるようだ。

 問題はやっぱり華菜さんだな。生霊は飛ばす方もかなり消耗する。


「奥様には帰ることをまだ伝えてないんですけど……」


「ああ。俺が言っておくよ ? 」


「有難うございます ! では、早速店に戻ります。

 次の訪問日も、希望の日時は日曜日で構いませんか ? 」


「ああ。そうだね。俺もいたほうがいいからさ」


「承知しました。では本日は失礼致します。また日曜にお伺いします」


 俺とジョルは車に乗り込み、焦りを隠す様にその場を後にした。お互い、ずっと無言。


「………はぁ……」


 何となく、目に付いたコンビニに車を停める。


「なぁなぁ ? ……どうすんだ ? 」


「どうするって……」


 このまま店に帰るのは気が引ける。「やっぱり出来ませんでした」って ? 大福からもぎ取ってった仕事を、イタズラに首突っ込んで突っ返すなんて出来るはずがない。

 でも、ここで嘘の上塗りで処置を続けたら、人を傷付けて、一時いっときだけ霊障を抑えるだけの応急処置にしかならない。それで分かってる上で「除霊完了です」と言ってしまったら、それは俺が一番嫌いな奴……インチキって奴になっちまう。

 それは嫌だ。


「プライドより……依頼人の幸せだよな。それが一番だ……。例え説教くらってもさ。やっぱ、適当はダメだろ。言うしか無いな……」


「おう……。そだな」


 うぅ〜……本音ではセルに説教されんの嫌だァ〜〜 !! ジョルも自慢の赤い髪がヘナりと萎れている。こいつもセルは弱点だからな。


「……と」


「と ??? 」


「トーカに電話していいか ? 」


 ジョルは俺を複雑そうに見てくる。


「……ドラえもーん ! みたいだな」


 なんでそう言うのは、頭に入ってんだよ !


「しょうがねぇだろ ! !」


「まぁ、俺もセルシアに怒られるよりはいい。なぁなぁ、じゃあつぐみんも呼ぼうぜ ! 」


「やめろよ ! デートじゃねぇんだぞ ! 」


「アンタはデートだろうが ! 」


「はぁあああ ?! デデデでデートじゃねぇし !! 」


 とりあえず。とりあえず、トーカに発信。


 trrrrrtrrrrr……


「おーん……… ? じゃあ聞かせて貰おうじゃないの。あんた、トーカさんとどんな感じよ ? 」


「やめろ ! 聞こえねぇだろが」


 かくして、俺たちは調子に乗って自信満々に出ていった挙句、自身の尻拭いも出来ずに先輩女性社員にコッソリ助けを乞う……と言う醜態となった。

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