第15話 日常〜俺はまだ牛タンが食えてない〜

 あれからどれくらい経ったんだ?

 その日、目を覚ますと点滴やカテーテルは全て外れていて、無性に腹が空いていた。

 起き上がって周りを見るけどスマホも見当たらないし、誰も居ない。時間は分かんねぇけど、明るいから昼間だ。まだ太陽が高いところにある。

 起き上がっていいのかな?


 ぐぎゅるるぅ〜〜〜。


 とりあえず店に行こう。あ〜……大福の作る馬鹿みたいにチーズが乗っかったナポリタン食いてぇ!

 ベッドから降りてみる。特に足元にふらつきも無いし、身体もいつもの調子だ。ただ若干、霊力が弱まってる気はするな。しばらく店の仕事だけになりそうだ。

 エレベーターに乗り込み地下へ向かう。


 ぽーーーん♪


 聞きなれた音と共に扉が開いた。


「ユーマ!」


 小学六年生くらいの女の子が駆け寄ってきた。ツインテールに大きなリボン。今日はピンク系のロリータファッションなんだな。


「トーカ……成長してるな! この調子だと、すぐ戻れそうだな! 俺ビビりだから」


「そ、そんなこと! 関係ないですわよ! いえ、勿論それについては礼を……。

 け、けれど、無理は禁物ですわよっ。あの時、アカツキで何があったのか、きちんと伝えるべきだったのですわ!」


 まぁ〜、そうなんだけどね。俺もまさか逆恨みで憑かれると思ってなかったからなぁ。

 セルがキッチンから出て来る。


「トーカ、落ち着きなさい。

 ユーマ。治療は済んでるから、今日から起きて行動していいぞ。ただ激しい運動や長距離の外出は控えてくれ」


「おう、分かった」


 キッチンに残った大福に向かってカウンターに座る。


「お腹空いてるね? 何がいい〜?」


「ナポリタン食いたい!」


「はいよぉ〜」


 大福が招き猫のような笑みでフライパンを手にする。


「急にそんな、ヘビーな物大丈夫ですの?」


「病気と違うしな。大丈夫だろ! うしし」


 俺のサイドにセルとトーカも座った。


「大福、俺らも軽食お願い。

 はぁ〜、これで一件落着だな。お前が無事で良かったよユーマ」


「そうね。大福の『断言術だんげんじゅつ』も馬鹿に出来ませんわね。言った通り、本当に身体が回復しちゃうんだから」


 うぅ。それに関しては俺ももうダメかと思ったよ。腐ってたもんな、俺の足。


「はぁ……迷惑おかけしました、だな………」


「職業柄

 誰でも経験するさ。でも、ホテルに電話が来た時にはどうなる事かと思ったよ……電話口で皆取り乱してたし」


 あ〜、そういえば。悪魔さんの話では君は熟女とイチャイチャしてたんだっけ? 堂々と自白したよな? ひくわ〜。


「最近はあやかしの方が珍しいくらいだよぉ。悪魔憑きはまだまだ、セル無しでは厳しいよねぇ〜。

 俺はトーカちゃんがまだカトリック教徒のままだなんて思いもしなかったし。いやはや知識不足で失礼したよぉ」


 大福が気まずそうに話す。それも覚えてる覚えてる。「魔女が天使呼ぶとか笑えるププププ〜」みたいなこと言ったよな?


「い、いえ。話してない私も悪いのですわ」


 お。珍しくトーカが折れたな。


「魔女が信者もやってます! なんて……他の信者の顔に泥を塗るような気がして……。ただ、魔女にはそう言う系統の術者も多くいるのは確かよ。

 ケルビムが応答しなかったのは、ユーマにアフラ・マズダーの加護があったからなのね……。天使も異教のいざこざには慎重になるものよ」


 それだけど、俺も知らなかったしな。


「なぁ、俺の母さんが仮に信者だったとして、そういう加護って子供の俺にも受け継がれたりするものなのか?」


 俺の質問にセルも大福も難しい顔をする。


「無くはないと思うけど……流石に無意識にってのは、聞いたことないな。せめて家に祭壇があるとか……。一般人ならまだしも、お前は散々今までデビルハントしていたしな……」


「うん〜。サイキッカーなのに気付かないって余程だよねぇ。化身や予兆……何かしら今まで視るはずだもんねぇ」


 神父にも僧侶にもそう言われると……。

 でも、本当に覚えてない。家にそれらしい物なんかなかった。


「みかんの報告では、アフラ・マズダーと接触したと聞きましたけれど……?」


 あれか……。思い出すと、今でも頭の中がジワっとして心地好くなるんだよなぁ。


「会ったぜ。鳥の男。火の祀られた石洞でさぁ、すっげぇ空気はピリッとしてるのに心地良いんだ。

 俺は信者じゃないんだけどって言ったら、間違いなく信者だって言われてさ……ちんぷんかんぷんなんだよなぁ」


「信者か……崇拝する者。……知らず知らずのうちに聖火やアフラ・マズダーの祭壇に手を合わせてたり……」


「本当に無い無い! 心当たりがっ」


 俺が持ってるのライターくらいだし、それだってただの武器の種、くらいの認識だ。拝んだり有難がったり今までもやった覚えはない。ここに来た時も、キャリーケースの中は洋服と靴だけだし。

 全然分からねぇ。持ち物は関係ないのか?


「俺、そもそも煙草も吸わないし、料理もしないし、普段は火と無縁な生活してるんだぜ……あ、レトルトカレーあっためるくらいなら……」


「うーん。そういう問題じゃないさ。信仰心って奴は。普通の人間が、家庭用のガスコンロに祈った所で何も起きないだろ? でも、ガスコンロを祭壇の代わりだと認識しきってしまえば可能かもしれないが……」


 た、確かに。

 要は信仰心と、代用品があれば言い訳だな。じゃあ、母さんはこのライターの炎を聖火としてたのか……?

 だめだ。どうしても自分の事だけは透視も霊視も出来ない。セルは多分俺と同じくらいの透視能力かな。無論、RESET使いとしての能力は別格だけど。

 誰か他に勘のいい人でもいればいいんだけど……。


 そこへカツカツと硬いヒールの音が、外階段から響いて来た。この足音は、彼女だ。


 カラーン♪


「お! やってるな!

 ユーマ! 回復したのか! 心配したんだぞぉっ!」


「おつかれっす! 百合子先生」


 ありがてぇけど。ありがてぇけど。抱擁してくれ。これは羽交い締めだ。


「ふふーん! あの女の声は母親だったのだな? 気付いてやらんですまんな。確かに、お前に女がいるわけないからなぁ! ふははは」


 何それ! どういう意味! 傷つかない? 俺、それ傷つかないっ!?


「みかんとつぐみんは非番ですよ」


「ああ。一杯やったら、すぐ帰るさ」


 先生、ご機嫌そうだな。何かいい事でもあったのかね〜? まぁ、だいたい視えちゃったけどさ。


「いや〜、も終わったし。一杯やろうかと思ってなぁ」


「こんな昼間から……」


 セルがウンザリとキッチンに入る。


「日本くらいだぞ。昼間に酒を飲んでて口喧しく言われるのは!

 だいたいな!職場の飲み会も昼間にしてみろ! 業務として扱えば強制参加になるし、電車も動いてるから時間も気にしなくていいだろう? いいことずくしだ。オマケに女性も襲われない!」


 いいとは思うけど、やっぱり暗くなってから明るい街の世界にフラ着くのがいいんじゃないか? あと、強制参加っての。それが嫌なんですよね〜。


「どうでしょう〜。学校の先生がそういうのはぁ〜。そもそもその時間帯は生徒さんは授業か部活動があるでしょう〜?」


 大福は苦笑いだ。


「それだよ!真ん丸! 今の若い奴は酒を飲まん! せっかく卒業しても誘われもせんのだよ! 私は非常勤講師なのに……」


 それは……先生によるんじゃないっすかね? この人、休日は朝から飲んでそうだな。


「でしたら、ここへ来て下されば楽しいいですわよ」


 セルのシェイカーを待ってられないトーカが、グラス二つにウォッカをドブドブと注いで一つを先生に渡した。雑い。しかも、伝票にしっかり二杯分記入してる。悪徳〜っ!


「まず一杯ですわ」


「お前も相変わらず酒豪だな。まぁいい。酒飲み仲間だ。構わん、飲め」


「有難うございます。

 ところで百合子先生。ユーマとゾロアスター教の繋がりが掴めなくて、今その話を……。貴女なら何か手掛かりくらい視えないものかしら?」


 交渉にも似た口調のトーカを、百合子先生はポカンと見つめる。


「え? 何だって? ゾロアスター教? ユーマが? へぇ〜。

 っと言うか……ユーマ、お前自分の宗教のルーツも分からんのか! 変わったヤツだな」


「分からないって言うか、ずっと仏教徒だと思ってたんですよ。母の時も寺の墓に埋葬したし」


「ふむ……。だが、隠れ信者と言う者か。

 いつの時代も多く存在するな。理由も様々。嫁に行ったから、家族が反対したから、国で定められてるから。色々ある。

 母親はそういう境遇だったのだろう。離婚していないのだから、夫の家の墓に入っただけの事。だが、信仰心はそれだけで簡単にネジ曲がるものでは無い。良くも悪くもな」


 母さんの実家とは疎遠になってるし、祖父母ももう亡くなってるからな……。

 言われて見れば、母さんは父さんの家に嫁いだからあの墓に入ったけど、母さんが直接仏教徒だったと言っていた訳でもないし。


「でも、子供にも継承するものなのかしら? 少しの加護なら分かりますわ。

 けれど、信者だとアフラ・マズダー本人から認められた上に、TheENDも使えるなんて……」


「アフラ・マズダーの加護か。成程、強力だな」


「いや。ですから……俺自身、信者の自覚はないし、何も拝んだり崇めたりしてないんですけどね……そもそもこのままでいいんすかね? なんか祀っといたりした方がいいんですかね?」


「うーん」


 全員が考え込んでしまった。


「お待ちどぉ〜」


「うわっ、美味そう!! サンキュ〜」


 俺は大福に出されたナポリタンを受け取る。熱々だ!

 丁度、昼時。トーカはバニラアイスに蜂蜜がたっぷりかかったパンケーキを受け取る。何それめっちゃ美味そう……。

 百合子先生には枝豆と冷奴、角煮が出される。

 俺がフォークに巻いたパスタを口に運ぼうとした瞬間、百合子先生が「あっ」っと声をあげる。


「ユーマ。お前、車の免許あるんだったな。

 当てよう! お前が乗ってる愛車はマズダ車じゃないか?」


 ギャグか何かか? 中高年層の……言葉遊びとか???


「当たりだろう?」


 確かにそうだけど……。俺の愛車はマズダのスポーツカーだ。


「でも、こじつけもいい所っすよ……」


「いやいや。マズダ社の創設者は、ゾロアスター教徒だったのだぞ? 勿論、社名はアフラ・マズダーを文字ったのだよ。

 お前、趣味は車だな?」


「えぇ〜??

 納得いきませんよ。それじゃマズダ車に乗ってる奴、みんな信者扱いになっちゃうじゃないっすか」


「ああ、だから車に何かあるのさ」


「ああ、そういう事か。……母親が車に乗った時……何か隠したのかもな」


 セルが明後日の方向を見ながら呟く。唐突な透視やめろ。っつーか、最初から視えるなら視ろよ。かえって胡散臭く見えるぜ……。


「母さんを乗せたのは、ほんの少しの期間だけ……」


 あの霊媒師のところに通う時に、俺が送迎してた。行きたい訳じゃなかったけど、弱ってる母さんを歩かせるわけにはいかないし……。

 あの時期だけだ。他には誰も乗せないようにしてた。


「でも、車の掃除もしてるし……隠された物なんてあるかなぁ?」


「どうして宮城に車を持って来なかったんだい?」


 大福の質問の答えは、単純な事だった。


「月極駐車場料金ケチるため。もう少し稼いでからでもいいかなって。住んでたアパート、一台なら駐車場代かからないからさ」


「加護の話がもし当たっているなら、持ってきた方がよろしくてよ? 車上荒らしなんかに合わないうちに。何か大事な物が出てくるかもしれないわ。お祀りするにしても、確認してみませんと」


 あの親父ならレッカーして売り飛ばしかねないしな。


「あ、ああ。そうみてぇだな。持ってくるか……」


「というか、セル。社員の駐車場代くらいお前が出してやらんか。だいたいお前は気前が悪すぎる!」


「いやぁ、都会に住んでたし。ユーマが車持ってるなんて知らなかったんだよ。今の子は車持たないって言うだろ?」


 セルがムゥムゥと膨れる。


「よし、快気祝いだ。住所と車種、ナンバーを言え。

 ここまで運んで来るよう手配してやろう!」


「いえ、週末にでも自分で行きますんで!」


 逆にこの人は、めっちゃ奢って来る! 貴族の感覚で奢ってくる!! これはこれでハラスメントだ!


「週末にゆっくり新幹線で弁当でも食いながら行きますよ……」


 まだ牛タン弁当食べてないし。

 だが、百合子先生が額をひとなでして、バッグから何かを取り出した。


「それはいかんのだ。コレがある」


 カウンターに置いたのは数枚のチケットだ。うん。まさかとは思うけれどね。展開早くないかあいつら?


「ライブハウスのチケット……?」


「他の人と合同でやるのね。

 ゲソ……? ゲソっ!? あの二人のユニット名、ゲソって言うのっ? か、変わってますわね……」


 トーカがチケットを二度見する。うん。俺も最初は耳を疑ったわそのネーミングセンス。


「それだが(仮)らしい。不評のようでな」


「なら、安心しましたよ。正直」


「うむ」


 やっぱりおかしいもん。あの曲調と綺麗目の二人のユニット名がゲソとか……。


 でも、百合子先生が俺の車をキャリーして来てくれるんなら、ありがたいな。親父にも会いたくねぇし、ガス代も節約出来る。


「じゃあ百合子先生、俺の車お願いします。ライブであいつら見てみたいし」


「そうか! 良かったぞぉ〜。私も校長に生活指導の面で、二人を見てくるように言われたんだが……! 嫌だぞっ!! 若者のうじゃうじゃした中に放り込まれるなんて! どーせ、私より十も二十も下の若者の行くところだろう!?」


 十も二十も下どころか、百も二百も下……の間違いだろ……!

 でも、どうだろ? ライブハウスって結構色んな年代の人が出入りしてるし、案外いるんだよな。中年でも通い続けてる人。百合子先生のは完全に偏見だな。もしくは中身だけババア。見た目そんなに老けてないのに嘆かわしい!


 逆に堂々とチケット受け取ってるセルの方が、イラッとするな。図々しいジジイだぜ!


「ライブハウスかぁ。折角だし、その日だけ臨時休業にしようか」


「そうね。開場は夕方だから、全員でどこかで食事してから行きましょうよ」


「うんうん」


 つ、遂に来るか!? 牛タン戦争! 俺は牛タンが食べたい!


 *************


 当日。ライブは大盛況だった。

 なんて言うか、ルナ姫の男性ボイスって……やっぱり人気出るみたいだな。一発芸に近いもんだけど、歌唱力はあるから不自然さがない。

 アクのあるキャラクターを、上手い具合に光希が相殺してくる。釣り合いは抜群だ。


「おつかれさま!」


 みかんが裏口で光希とルナ姫に声をかけた。


「先に行ってて!」


 既に光希は女子に囲まれてる。制服がみかんのと似てるから中等部の女の子かな?

 チェロを抱えたルナ姫が女子の群れから出てきた。


「ルナ姫だわ」


「衣装着ると更にやばいよぉ〜っ! 尊み〜っ」


 ルナ姫を見つめる女性ファンは、どことなく控え目で遠巻きに観るタイプか。ふ〜ん。


「ルナ〜、見てたよォ〜!!

 どうだった? 初ライブ」


「みかん聞いて。光希ったら、途中からチューニングがズレてるのにそのままなんだもの!」


 ルナ姫はみかんに顔を合わせた途端プクプク怒り出す。


「チューニング? ズレてたかなぁ?」


 みかんで分からないくらいなんだから、恐らく絶対音感のレベルで話してるんだろうな。俺に用はないわ。


「ホントに気になって気になって……イライラした……!

 あ……皆さんも、来場有難う御座いました」


 かしこまって、BLACK MOONの俺たちに向かって頭を下げる。そーゆーところは大人びてんだよなぁ。


「手拍子があったけど。あれ、弾きにくくないか?」


 なんか、他のバンドってロックだったし。客もいまいち、こいつらの異質感にどうノっていいか難しそうだったもんな。


「そうですね。気にはなりました。けれど、そういった場所ですからね。完璧なステージなど、まだ私たちには遠いものでしょうし。

 次は同じ系統のバンドさんを探してみようかと思います」


 ああ。それなら似た客層になるもんな。ただ、似た客層が集まったら……泥棒猫になるの目に見えるようだけど大丈夫か……?


「そう言えば、今回は知り合いの紹介とかでしたの?」


 トーカが不思議そうに聞く。突然だったもんなぁ。


「みかんの知り合いが、あそこに……彼の紹介で」


 ルナ姫が振り向いた先、裏口から一組のバンドが出てきた所だった。とてつもない数の出待ちに瞬時に埋もれる。確か『華蝶』ってバンドだ。

 歓声が、凄い、酷い、怖い。女の子、怖い。

 そのバンドマンの中から一人だけ、女子に揉まれずにスっと一人だけ列から抜け出し、こちらに近付いて来る男がいた。

 一昔前のヤンキーみたいな奴だ。多分俺より年上だな。メンバーみんな女みたいな顔してるのに、こいつだけ男臭い髪型にただのシャツとサンダル履きだ。


「よ! お疲れ」


「お疲れ様です。クズ崎先輩!」


 先輩……って事はOBってこいつの事か。


「クズ崎じゃねぇよ! 楠崎くすざき

 あ、どうも。楠崎 雲雀くすざき ひばりです」


「あ、ああ。どうも霧崎です」


 つられて俺も挨拶する。


「『崎』仲間だ!」


 いいから、みかん黙ってくれ。


「あんたもバイトの仲間? どうぞ、もうヤケクソでクズ崎って呼んでいいぜ? 特別な!」


 ノリいいなこの人!


「了解っす、クズ崎先輩!」


「よしよし! 素直じゃん!」


 名前なんかどうでもいいけど。この人……!

 クズ崎先輩の霊力!! 下手な下位霊なんか爆発四散するんじゃないかってほど強い!! みかんと似てる!! なんて言うか、強すぎてあまりに品の無い霊力だ!

 こりゃー、なんて言うか……みかんとはソウルメイト級に仲良いと視たぜ!! それもバイトの話、知ってるんだ。俺たちがエクソシストだって。


「俺、二十一! 霧崎は?」


「十九っす」


「ざぁーんねん。これから打ち上げなんだけど、未成年組とは別れてやる予定だからさ。

 じゃあ今度店まで行っていい?」


「入れんですか?!」


 ああ、入れるかこれだけ強けりゃ!


「飯食いにだけな! 金はないぜ! 奢ってくれ!」


「先輩、私のCD買ってちょ〜」


「クラシックとか無理俺、寝るもん」


 清々しい。

 みかんがクズ崎先輩に撫でくり回されている。なんかでも……恋人って感じじゃねぇなぁ……。犬同士、毛ずくろいしてる感じ……。


「クズ崎先輩はフリーでドラムやってるの。ドラムいないバンドに臨時で入るんだ」


 そりゃまた、才能に溢れた話ですね。

 でも、ドラムは置いといて、この人俺らと同じサイキッカーだ。そっちの方が気になる。


「クズ崎先輩は霊能活動はしないんすか?」


「俺? あ〜俺はダメ! 顔に出るし、口も軽いから。

『あんた今日死ぬぜ』って言っちゃう!」


「マジか……」


 そりゃ地雷だな。向いてない。トラブルの元だ。


「まぁ、昔から強いかな?って感じてはいたけどな。

 霧崎、なんか体調悪そうだな。帰ってよく休めよ!」


 しっかり視てるし……俺より強いぞこの人。しかしセルは無関心の様子だ。こういうのを雇えばいいのに。


「なぁ、百合ちゃんは?」


「つぐみんとトイレに行ったよ」


「じゃあ、俺は見つかる前に帰るわ。

 みかん、ルナ子、じゃーな」


「お疲れ様です」


「お疲れ様〜」


 スティックの刺さったバッグと言う身なりで、バイクに跨り颯爽と姿を消した。

 俺の後ろでいつの間にか立っていたつぐみんがメモをとってる。


「『お間抜け女子高生とおチャラけ不良少年カップル……』っと。ダメね。在り来りで使えないわ……」


 ネタにすんな。


「百合子先生は一緒だったんじゃ……?」


「車を取りに行ったわ」


「そうか。じゃあ俺らもそろそろ…」


 最後にセルが前に出てくる。


「今日は招待有難う。応援してるよ琴乃葉さん」


「有難うございます。セルシアさん」


 セルが何か布に包んだ物をルナ姫に差し出した。


「……で、こないだの光希の歌だけど……」


「はい。これが録音した物と、楽譜です」


「有難う。じゃあ、約束通りの金額だから」


 金っ?!!


「また何か依頼があれば受けますので」


「ああ。助かるよ!」


 話が纏まったタイミングでセルを引っ張りこむ。


(なんの金っ!? やばくないか?!)


(何がやばいんだよ。普通に依頼して、楽曲提供して貰っただけだし)


 あの悪魔祓いの歌詞の入った歌だよな。有料?! いや、確かに曲なんて作って貰ったら有料なんだろうけど、買い取る意味あるのか?


(それ、録音をスピーカーから流しても効果あるのか!?)


(光希の声なら十分だよ。五回は使える)


 マジか……。

 はぁ〜世の中なんでも金で手に入るな……いや、命だけはそうでも無いか。


「悠真さん、本調子じゃなかったんですね。大丈夫ですか?」


 珍しいんじゃないかな? ルナ姫タイプの女の子がこういう気を使ってくるって。


「いや、ルナも聖水かけててくれたし、この通り五体満足で戻ってこれたぜ! 大丈夫大丈夫」


「無事で何よりです。今度、お菓子の差し入れに行ってもいいですか?」


 うん。そういう事か。それは本人に直接聞けばいいのに!


「みかんにシフト聞いて来なよ。じゃないと空振りしちゃうぜ?」


 目当てはうちのずんだマンだからな。


「はい!」


 ファンを振り切った光希がルナを呼ぶ。


「ルナ〜! 帰るよ!」


「はーい。

 じゃあ、また」


 停車した百合子先生の車に大福が楽器をトランクに突っ込み、二人も乗り込んだ。


「またな」


「学校でね〜ん!」


 みかんはちょっぴり名残惜しそうに手を振る。


「俺達も帰るか」


「そうね」


 ちなみに食事はファミレスだった。もう、これはあいつら関係なく牛タン食いに行こうと思うんだ。一人で行こう。俺は心の中で強く宣誓した。


「そうだ。俺、皆に相談があるんだった」


「相談?」


 トーカは勿論、全員に聞いて貰って……更に許可もいるだろうしな。

 俺たちはアーケードを歩きながらビルを目指す。

 つぐみんもセルも不思議そうに俺を見る。何から話そうかな?


「みかん、ルシファーの契約書はどうなったんだ?」


「………」


「まさか……」


「あ〜……ほら。進路指導とか? 忙しくてさぁ〜」


「セルにも!? まだ見せてないのか!?」


「あはー」


 おい、俺の命に関わる契約だぞ!


「みかん、またか……?」


 セルがギロりとみかんを睨み付ける。


「大丈夫大丈夫! 向こうの連中って結構時差ボケしてるから、数日なんてなんてことないよ! 人間社会は忙しいんだからさぁ〜」


「そう……なのか?」


「……そんなわけないだろ!

 帰ったら、家に連絡入れろ。今日は確認するまで帰れないからな」


 店に戻ってから、みかんはセルに数時間、お小言を聞かされる羽目になった。

 ルシファーがぼんやり待っててくれりゃいいけど。


 アーメンアーメン!

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