第14話 隙間の世界で

 ドアを開けると、そこは真っ暗なエレベーターの中だった。ここはアカツキだ。


「直接、元の世界に通じてるのかと思った」


 床を見ると、トーカが俺にくれたリボンの色違いが何本も落ちていた。


「もしかして、トーカのアイテムで来たのか?」


「まぁ〜店まで行ってる余裕無いって、聞いたからさぁ」


「聞いた?」


「うん。いつも助けてくれる霊がそばにいる時があるの!」


 守護霊……みたいなものか。


「夜、一人で家出ると爺ちゃん心配するから、先生に魔法で来てもらうのが一番早かったの。事情話したらすぐ来てくれるって言うからお願いしちゃった!」


 みかんは店から連絡を受けてないはずだ。独断で俺を助けに来てくれたのか……。人に助けられるのがこんなに嬉しいなんて。だって命だもん。そりゃ……嬉しくなかったら、人じゃねぇよな。俺、死んだんだぜ?


「……一応、アカツキも一通り探して……。アカツキには霊が沢山いるでしょ? このビルの周辺は皆が浄化しちゃったから少ないけど、少し歩けばうようよいるんだよ!霊が!」


「そ、そうか……」


 そんな嬉しそうに言わなくても……。


「ビルの裏手の路地の先にね。仲のいいオジサンがいるの」


 オジサン……の霊かぁ。


「オジサンは元々この辺りの土地の人でね? その土地であった出来事とかを詳しく教えてくれるの。古い霊なんだけど、そういう力があるんだよね」


 それ……土地神かなんかじゃねぇのか!? 見境無いなぁ……。


「それで楽器隊に何があったのか聞いたの。あとは悪魔祓い中にユーマが地面から出てきた『闇』に掴まれて、堕とされた事も。

 それからクロツキに行って……連続でリボンを使ったから、ちょっと霊力が回復するまで店に繋がらないけど待っててちょ! 次にエレベーターの扉が開いたら、店だから!」


 そっか。トーカのアイテム……使うと霊力を消耗するのか。なら、どちらにせよ俺は使えなかったな。コキュートスに堕ちてかなり激しく霊体が損傷した。回復してからじゃないと、現実世界の身体に異常が現れることもある。


「……みかん、ありがとな。

 いや、皆にも言わなきゃな。俺のためにすげぇ心配かけたぜ……」


「私からも言ってあげる! 皆に凄く感謝してて、迎えに行ったらユーマ半泣きだったよって!」


「……」


「冗談だよ〜ん」


 分っかんねぇ。こいつ素なんだけど、たまに怖いんだよな。一回のイタズラがデカいタイプだ。

 暗いエレベーターの中、俺とみかんは座り込み、ただぼんやりして身体を休める。


「俺さ……今回は、もう本当にダメかと思ったんだ。身体も凄いことになってさ……」


「悪魔憑きはグロテスクだよねぇ〜ウケる」


 ウケはしない。


「なぁ。普通は悪魔祓いした悪魔は地獄に戻るんだろ? どうして戻りたがらないんだ? 今回は俺に憑く事が目的だったけどさ」


「ああ!

『地獄に戻れ!』

『それだけは嫌だ〜』

 みたいな展開だね〜?

 悪魔祓いされると、その悪魔は降格処分を受けるんだよ。つまりペナルティがあるの」


 ああ!!なるほどね。こないだのリリスもそんな事を脅されてたな。先輩格のリリスにドヤされるって。降格処分か……。人に取り憑くのも容易じゃねぇんだな。しかも年間、ルシファーに献上する魂のノルマがあるなんて、年貢米かっつーの。


「お前はどの辺まで……なんて言うか、知り合い多いの? 悪魔とか天使とかさ」


「う〜ん」


 みかんはどんぐりのような目をクリクリさせながら、簡単に答える。


「うん。いっぱい!

 まずはね、色んな人やモノに声をかけるの。それで話を聴くの。憑いて来たいって言ったら良いよって言うの。

 そうすれば、満足していつか自然と帰って行ってくれてる……と思ってたんだ」


「思ってた?」


「百合子先生に会うまでは。

 私、自分で憑き物をRESETしてるって知らなかったの」


「ああ。楽器吹くだけで、まさかって思うよな」


「そう。百合子先生が顧問になってから、自分がしてる事がなんなのか……教えて貰って……。

 中一になると同時にBLACK MOONにアルバイトとして入ったの」


 蓮司さんの紹介だったはずだな。トーカの話でも、みかんは店に来てから凄く知識を吸収したって。


「あは〜。最初はちょっと気まずかったな〜」


「何が?」


 みかんはパカッと笑ったままだけど、言いにくそうに視線を落とした。


「大福とリーダーがね。あんまり仲良くなくて」


「へぇ……」


 まじか……。この能天気が気を使う程って、どんだけなんだか。


「なんて言うか、会話をしないの。大福は言霊のせいもあるけど、今よりピリピリしてて……リーダーはいつも何かに焦ってた」


「焦ってた?」


「多分、スルガトへの『人の恐怖』の献上だと思う。普通に生活してたら、他人の恐怖に立ち会う瞬間って滅多にないし……」


「はは。俺も初任務の時はやられたもんな〜。『恐怖』の回収。

 そうだ、これ貰ったんだぜ」


「可愛い。なに?」


 ポケットから取り出したチャームを、みかんが珍しそうに見つめる。


「俺の恐怖をトーカに転送する例のアイテム」


「ああ!もう出来てたんだ!

 私も持ちたいってリーダーに言ったんだけど、RESETする度に巻き込まれて無くなっちゃうって言われてさ〜。

 いいなぁ〜魔女のアイテム〜。アニメみたいでさ〜」


 なるほど。確かにRESETの浄化能力には耐え切れないだろうな。


「それで? トーカの焦りって……今はそうでも無いけど?」


「うん……バイトやりにくいからさ。私が話つけたの」


「話つけた?」


「スルガトに」


 そうだよ。これがみかんだよな。


「だってぇ〜魔女とは言え、人間が現代で生きてて……しかも見た目が子供なのに、そんなに恐怖を回収出来るはずないじゃん!心霊スポットで一日立ってたって、一組来るかどうか!」


 確かに子供の姿だと、回収方法ってそんなもんしかないよな。ギリのギリギリ、高校生くらいの見た目になればお化け屋敷でバイトなんてのも考えられるけれど……。


「大福はリーダーが自分でした事だからって……関わろうとしないんだもん」


「それについてセルは?」


カルマがどうとか、仏教の場合は仕方ないとか……言ってた」


 あ、分かったかも。大福の言ってた六道輪廻の話かな。この世が人間道だとして、そこで犯した罪は償えるだけ償わないと、転生した時人間道に戻って来れない……つまり大福的には、トーカの次の人生も考えた上でなんだろう。しかも他宗教な上に、魔女って概念がな……。寿命も普通の連中と違うようだし。

 大福にとって説法は出来ても、協力するとなるとどう対処していいか迷う相手かもな。


「セルと大福はどうなんだ?」


「あの二人は……仕事〜って感じ。バチカンでエクソシスト講習が度々あるんだけど、セルの紹介で大福が行ったこともあったよ。

 まぁ〜、ベタベタしてても……それはそれで意外だけど」


 エクソシストって講習とかあるんだ。何習うんだ? 聖書???


「スルガトは頑固だけど、馬鹿じゃないから。言ったら一応、聞く耳持ってくれる。

 他の悪魔も結構そうだなぁ〜。やばいって言われてるような悪魔程、割と人間の言う事聞いてくれるなぁ〜」


「でも、何かあるんだろ?」


「うん!言葉の揚げ足取りしたりさ〜。だから、契約書はガン見!これは『逆に』どういう意味なのかなぁ〜って深読みしなきゃいけないし。

 でも、スルガトもトーカには甘い気がする。なんだか情があるのかな? ……そんな風に見せてるだけなのかなぁ〜?」


 契約から相当時間が経ってるだろうし、契約した悪魔が人間となあなあな関係に……? そんな事ってあるんだろうか?


「そう言えば、ユーマはルシファー様がリーダーの昔の姿になっても、びっくりしないんだね?」


「あ〜……。俺、初対面で店に来た時、うっかり透視で視ちゃったんだよな。昔の姿」


「そうだったんだ……。

 ユーマ、意外とスケベなんだね!」


 え……? やっぱり無断透視は変態扱いなの!?


「ふふ〜。冗談〜」


 またやったな。

 アホの癖して他人で遊ぶなよ!


「でも、透視出来るって事は、未来も視える?」


「絶対聞かれると思った。先はなるべく視ないようにしてる。聞かれても答えないよ俺」


 命に関わる仕事してるような奴は特に。うっかり視ないように気をつけてる。俺も知りたくないからな。視えたところで、忠告した相手が信じて、俺に感謝してくれるとは限らない。


 みかんは一瞬、ヘラりと斜め上を見ると、今度は言い方を変えて来た。


「進路に迷ってるんだよねぇ〜」


 ああ。そんな事か。

 なんで迷ってるんだか? もうこいつの中で結論は出てるのに。


「別に。言えばいいじゃん。お前が恥ずかしくても、言われた方は嬉しいと思うけどな」


 もっとも、照れ隠しにどうでもいい家電の話題なんかに逸らされたりはするかもしれねぇけど。


「そっかァ〜えへへ……!」


 その底抜けの明るさは、人を導ける。指導者や教育者には、決して不向きでは無いだろうし。

 ただ……。


「……勉強は……頑張れよ」


「うっ……」


 やっぱりって顔すんな! そんな簡単じゃねぇだろ。初対面の時から赤点が視えてんぞ!


「分かった頑張る……。いざとなったら受験前日にクロツキに行って三徹くらいすれば一夜漬けが三日漬けに時間を増産……!」


「ぜってぇ止めろ。マジで。行きの電車で居眠りするから。それだけは言っておくぜ……?」


「い、居眠りっ!!嘘だ!!う、うわぁ〜ぉ……」


 みかんが肩を落とす。その時、突然エレベーターが作動し始めた。


 ガコン……!


「動いたな」


「うん。終わったね!

 お疲れ様!」


 ぽーーーーーん♪


 軽快な音を立ててエレベーターの扉が開いた。

 少し眩しく感じるくらいの灯りだ。

 ああ、帰って来れた!


 俺が一歩、店の中に踏み込むと、急に上に向かって身体が吸い上げられるような感覚に見舞われた。

 そうだ。今の俺は霊体だから、肉体がある場所に戻るんだ。


 力を抜き、引っ張られるままに身を任せ目を閉じる。身体、無事だったんだろうか?


 ***********


 暑い……。


「………」


 少し、頭がぼんやりするけど……そうだな

 お礼とかした方がいいのか?


〈いや、必要ないさ〉


 目の前の聖火がゆらゆらと燃える。


「俺は……信者じゃないんですけど……どうして助けてくれたんすか?」


 目の前に浮かぶ影に問いかけた。鳥の半身を持つ俺の守護者に。


〈信者さ。紛れもなく。君は導かれている〉


 そんなはずないんだけど。


「あの、地獄で……ルシファーに会いました」


〈知っているよ?〉


「あ、そうっすか……一応、言っておいた方がいいのかなって……」


〈報告というわけか。敵だと思うならそんな事はしない。君は間違いなく、私に敬意を表している〉


 まぁ、そう言われれば、確かにそうなんだけどさ。日本にはそういう作法がある『触らぬ神に祟りなし』ってやつ。

 俺は出来れば信仰とか、持ちたくない。むやみやたらに寺院や教会に向かえば、何か変なモノが視えるときがある。はっきりとは視ないけど、今は分かる。霊視が得意なら、多分視えるし判断できるんだろうな。

 分からないものには、近付かないのが一番なんだよ!

 けれど、そんな状況じゃないようだし……凍え死ぬ事がなかったのは事実だ。


「ペット……って、何がいいんでしょうね?」


〈そうだな!ライオンや熊はどうだ? 逞しいぞ!〉


「ライ………」


 ウッソだろ……! やっぱりそういう次元のレベルで!? みかんがルシファーに忠告したのが理解出来たぜ。


「に、日本じゃ……無理っすね……」


〈そうか。なら……麻の布に藁を詰めてだな、そこにダニを…〉


「いや、世話もあるし飲食店なので居住区の人間と相談してみます!」


〈? 分かった。

 報告ご苦労。では、戻りたまえ!〉


 いや、まだ聞きたいことがあった気がする……。何か……。


 そうだ!!


 母さんの事を!!


〈視てはいけない。もっと力を付けることだ!

 また会おう!〉



「ユーマ!ユーマ!?」


「う………ん……」


 駄目だ、ギリギリのところで戻っちまった。

 そっと目を開ける。

 見えて来たのは、天井。あとは何かの袋とチューブ。

 心配そうに覗き込んでるのは、見た事ない小学生高学年くらいの女の子だ……なぁーんか、

 誰かに似てる気がする。

 蜂蜜色のツインテールと白い肌。化粧をするにはまだちょっと早いかなってくらいの歳だけど……素でも綺麗な顔立ちをしている子だ。


「……あ、そうか……トーカか」


「ええ。ええ、そうよ!」


「……あー…神様がさぁ〜……ペットの話振ったら、熊はどうだとか、言い出してさぁ〜……ははは。熊とか……ないよなぁ〜」


「ユーマ……」


 この袋みたいなの、点滴か?

 ああ、うちには医者がいるもんな。自称ペーパードクターが。


「起きたか?

 少し混乱してるみたいだな。しばらくすれば、はっきりしてくるよ。

 ユーマ、身体は無事だから、ゆっくり休むんだ」


 ああ。なんか、すげぇ眠いもんな。

 身体がベッドに沈んで行く。気持ちいい。女の子が握ってる右手もあったけぇ……。


 ベッド……貰っておいて良かったな……。

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