第49話 クランメンバーズ Ⅲ
後ろからついてくる巨大なメカに、シュコーシュコーと排気のうるさい筒型のポッドがやけに気になる。どこから推進力が発生してるかわからない円形のフォルム。
ダグラスさんは本当に面白いことを考えつくものだ。
あれはきっと探偵さん以上に手が混んでいるに違いない。
その後ろを犬の形をしたメカが迫ってくるものだから、まるで逃亡者の気分を味わえるというものだ。
ジキン:マスター、今余計なこと考えてませんでした?
フレンドチャットが明滅する。
全く、この人の直感は侮れない。
「気のせいですよ」と返せば「本当かなぁ?」と返してくる。
お子さん達にもそうやって疑ってかかるからああも疑心暗鬼になってるんじゃないの?
普段マイペースなくま君があなたの前でだけシャキッとするのもわかる気がするんだ。
馬鹿なことをやっていると、ルリーエ達幻影が私たちの到着を待つようにその場に留まる。
水路から海上に一度上がり、下水を通らずに全く知らない海に来た。
ファストリアは海から遠いが、もしかしなくてもセカンドルナやサードウィルとも遺跡同士で繋がって居た?
どちらも共に朽ち果てているので定かではないが、次のフォークロアは山に囲まれた地下トンネル。その次ファイベリオンが海の上の浮かぶ街。
だからここはファイベリオン辺りだと推測するが、それにしたって暗い。私が光ることでようやくルリーエ達を見つけられるほどだ。
「ここです、ここに入口があります」
ルリーエが足元を見つけ、ボール状のカプセルが三つ私の横につく。その直後、重苦しい音が周囲一体の砂地を吹き飛ばす。
ジキンさんの仕業だろう。あの見上げるほどの巨体が着地して、一瞬で足場の砂が海中に巻き上がった。
しかしそれによってルリーエの指し示した場所が地下への入り口になっているゲートだと判明する。
魔法陣のようなものが浮かび上がるも、エネルギーの循環がうまくいってないのか、はたまた使われなくなって久しいのか周囲は寂れているように思う。
「下がっていなさい。私がこじ開けよう──掌握領域」
クトゥルフさんの力で持って侵食し、強制アクセス。
どうやらエネルギーの供給源が朽ちているようだ。
私はクトゥルフさんから少し回したエネルギーで無理やりゲートを発動させると、重い順から転送させた。
ジキンさん、パワードスーツの妻達、最後に私と幻影達。
転送された場所は随分と使われてない寂れた遺跡で、特に目を引いたのは頭から突っ込んだようにして沈黙してるジキンさんの巨大メカだった。
遺跡の規模に対して大き過ぎたようだ。
大きなベルを持つ左手が後ろに下がり、本人が出てきた。
脱出に成功して、機体を転送させようとする所で呼び止める。
「あ、機体はそのままで。それを戻されたらこの場所は崩れ落ちそうです」
「なんでスクリーンショットをしながら言うんです、それ? 絶対ブログに載せるつもりだよこの人」
「ネタの提供をありがとうございます。ではいきましょうか。ダグラスさん達はそのスーツを着たままで?」
「呼吸は可能なのか? で、あればこの拘束状態は解くが」
「ジキンさんがしてるから大丈夫でしょ」
「え、だってマスターもしてるじゃない?」
「ハヤテ君はとっくに人類を辞めとるぞ? 無の呼吸だなんてスキルを持っとる。ワシらと同じとは言えまい?」
「あ、そうでした! なんで僕忘れてたんだろう」
「てっきりスタミナゲージ撤廃を思い込みで呼吸無効と紐付けなかったからじゃろうな。と、空気はあるようじゃな。こんな遺跡の中で空気があると言うことは、空気を必要とした生命体が存在していたか? どれ、アーマーを解くかの」
ダグラスさんの合図によって球体の殻が開き、折り畳んで人型を形成する。
普段の妻達の手足や背中にバックパックのように背負う形でそのスーツが展開する。
パワードスーツというよりは歩行補助スーツみたいに見える。
もしリアル世界が発展していってたらこういうのにお世話になっていたのかもしれないねとしみじみ思う。
「なんだか以前お父さんにおぶって貰った景色と同じ高さね」
「おや、ハヤテ君はアキエ君をおぶった過去があったのかな?」
「結婚前に、旅行で足を挫いた時にですね。子供ができてからは出かけること自体稀でしたが」
「男ってすぐ女を物扱いするわよね」
「そんな! 言いがかりですよ。ねぇ、ジキンさん?」
「そうだよランダさん。なんてことを言うんだい?」
「で、アキエ。実際のところは?」
「宝物を扱うように大切にはしてくれましたけど、娘を産んでからは私よりも娘にべったりで」
「ちょっとアキエさん? 今そんな話掘り返さなくったっていいじゃないですか!」
唐突に爆弾が投げ込まれる。
クリーンヒットしたのは私だけではなく娘を持つ親なら誰もが体験したことだろう。
ダグラスさんからも焦りの色が見えていた。
「この慌てよう、ウチのマスターはどうにも女ってもんをわかっちゃいないね」
「本当に。まぁその分浮気の心配はしてませんでしたけど」
「そりゃウチの旦那もそうさ。アタシにゾッコンだったからね?」
「勿論さ。僕から惚れてプロポーズしたんだから」
「愛されているようで何よりね」
「それだけがこの人の唯一褒められるところだからね?」
妻達の評価が酷い。けど奥さんに負い目があるのは事実。
今でこそ遠回しな愚痴を言ってくる程度で治っているが、一時期は本当に離婚の危機があるほど冷え切って居たものね。
私達は挽回のチャンスを経てここにいるのだと改めて実感させられた。
「そのお話も詳しく知りたいところですけど、今はこちらを優先しましょう、ここも長くは持ちません」
あのルリーエがツッコミに回った、だと!?
いつになく真面目なルリーエに急かされるように私は驚愕に目を見開く。
妻からはバカやってないでさっさといきましょうと促され、仕方なく後に続く。
幻影達は再び魔導書持ちのマスターに付き従うようだ。
明らかに今の会話で格付けされてるような風潮。
少女達より少年たちがお兄さんぶっているのが見てとれた。
ルリーエにも兄ぶって近寄っては片手で払われる。
勝気というか、性格がランダさんそっくりでびっくりする。
ポナペ経典は化け物か?
それとも恐れ知らずなのだろうか。
ランダさんが強い人だからなぁ、自信家なのも頷けるが。
幻影達の格付けが私たちの格付けに沿っているだなんて初めて知ったよ。
「マスター、お手を拝借」
「どっち、こっち?」
人間の手とクトゥルフの手。どちらか尋ねて、クトゥルフさんの手を掴む。
それを見てさっきまで調子に乗っていたポナペ経典の幻影がビビり散らしていた。
ルリーエめ、これを狙ったな?
立場上の優劣を見せつける形でマウントを取るつもりか。
そのままクトゥルフさんの手を石柱に合わせると、扉が開いた。
その中央からは何かの意思が存在し、巨大な瞳がこちらを覗き見ている。
私は何も感じぬが、同行者が不定の狂気に陥っている。
「ルリーエ、これは何?」
「儀典と呼ばれる物ですわ、マスター」
「儀典……偽りの書物?」
「いいえ。複数の断片によって造られし神を偽神と呼び、それとのコンタクトによって記憶を直接呼び覚ますものになります」
「つまりは?」
「荒療治ですね。顕現したての幻影に格の違いを見せつけなければなりません」
「君にとっての信仰が舐められていると感じた?」
「いいえ、マスター。舐められているのはマスターです」
「私?」
ルリーエが頬を膨らませつつ嫉妬の仕草を取る。
「あの子達はマスターの凄さをよくわかっていないのです。私はそれが悔しい」
「君には苦労をかけるね。私に付き合わせて無理をさせていたかな?」
「いいえ、素を出せるまたとない機会を頂き感謝の限りです。セラエやサイ、ヤディスとも仲良く過ごせるようになったのはマスターのお陰でもありますから。それにあろう事か敵勢力の幻影とも……」
「君達は出会った当初から仲良かったように思えたけれど?」
「崇拝する神や幻影に詳しくたって、書物を扱うプレイヤー次第で敵にもなり得るのが私たち幻影です。その点マスターは誰とでも仲良くしようとする。それは私ども幻影からしたらなかなか望めない状況なのです」
「聖典や魔導書以前に、プレイヤー次第で仲の良い存在とも武器を向け合わなくちゃいけなくなると?」
「私達はずっとそうして生きてきました。マスターに受け取ってもらう日まで、こんな日が訪れるなんて思いもしませんでしたが」
「それはよかったね。私が担い手である限り任せてくれたらいいよ。きっと退屈させない日常をお届けできると思う」
「ええ、それはきっと悦びに満ち溢れている事でしょう!」
ルリーエは胸の前で手を結んで感嘆に浸っている。
前回の配信でクトゥルフさんの腕をクッチャクッチャさせてた子と同一人物とは思えないくらいの代わりようだ。
詐欺だと訴えられそうなくらいの中身の違い。
いいや、素を出してくれてる現状を当たり前だと思っちゃいけないか。
「はっ!? 僕たちは一体……」
どうやらジキンさん達が正気に戻ったようだ。
順に意識を取り戻した妻達もその身に起きた超常現象を話し出す。
どうも私で言えばクトゥルフさんの記憶を直接見せられたような物だ。正気度の喪失が普通じゃないことは確かである。
しかし、同時に正気が保てている。
「おかえりなさい、ジキンさん」
「マスター!? どうやら僕はツァトゥグァと面会して来たようです。あの方は、なんと努力家なのだろう、僕の力でお救いできるのだろうか? いや、助けてあげたいんだ。それは心から思う事だ。彼、僕にそっくりで損な性格をしてるんだもの。故郷で自分だけが馴染めずに身を引いた。その時に一緒にいたのがこの子、ヤークシュだった。きっと辛い旅路だったろうね」
まるで自分の事のように感慨に耽るジキンさん。
それからも妻、ダグラスさん、ランダさんからも見に起きた事、自分なら何ができるかを追体験を交えて教えてくれた。
立場は違えど気持ちは同じだ。
きっと親世代は神格の生き様に共感できるのだと思う。
そして幻影とはまだ子供だ。
親が手本を見せねばそれを真似してるだけの幻影は道を違えてしまうだろう。
そうした時に私達は何をすることができるだろう?
それを考えるのもまた老後の楽しみに違いない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます