第34話 霊樹検証 Ⅰ
翌朝、シェリルと待ち合わせした場所で落ち合う。
今回は配信は無しなので、ネタ集めはあえてしない方向だ。
主目的は霊樹の検証。
釣りという名目で一度お手本を見せ、引き寄せられる感覚を知ってもらうのが肝心である。
「今日はよろしくね、父さん」
「うん。しかしただの検証なのにどうしてパワードスーツを?」
「ドリームランドで丸腰なんて失礼にも程があると思わない?」
誰に対しての礼儀?
まぁ神格がうろうろしてるから気を引き締めておきたいという気持ちはわかるんだけど。
「それは私のスタイルを全否定しているということだよ?」
防御力の一切ない装備と、ブーメラン、カメラぐらいしか持ち合わせていない私。
比較対象としてあまりにもアレだ。
一人だけピクニック前日にはしゃぐ子供を前にしたような空気の重さがそこにあった。
「そうね。父さんはそういう人だったわ」
すっかり機嫌を損なわせてしまったか?
やはりこの子は気難しい。少しは丸くなったと聞くけど、私の前ではいつも通りでいくようだ。
「それで、釣りに関してなのだけど」
「うん、そうだったね。その前に領域展開してもいいかな?」
「シヴァが興奮するからやめて欲しいけど、仕方ないわ」
「うん、じゃあやるね、領域展開・ルルイエ」
パチンと両掌を合わせ、背中に海を背負う。
その海面からざばりとスズキさんが海をかき分けて出てきた。
海はそのまま周囲に霧散し空気に溶け込んで領域となった。
「|ー〻ー)第一の子分、スズキ。まかりこしました」
「なにそのキャラ付け?」
「|◉〻◉)雰囲気的に?」
「私はたまに君がよくわからなくなるよ」
「|>〻<)僕もですwww」
軽い茶番を挟んだのがいけなかったか、シェリルがまだかかりそう? と無言の催促をしてくる。
彼女のせっかちなところはそう簡単に直りはしないか。
「いい加減こちらの幻影も紹介するべきかしら」
「どっちでもいいよ」
「|◉〻◉)僕ほど忠義に溢れた幻影もなかなか居ませんけどね?」
お得意の煽りがシェリルに突き刺さる。
波風立てなきゃ窒息でもするのだろうか?
魚だけに。
「面白いジョークね。父さん仕込み?」
「この子、思い込み激しいから。出会った時からこんなキャラだよ」
勝ったと思ってるのか、スズキさんの煽りはより酷くなる一方だ。そんな状態でよく自称ヒロインなどと言えるものだ。
うちのアキエを見習ったらどうかな?
結局根負けしたシェリルは幻影を紹介してくれた。
普段ならあっさり切り捨てて前に行くのに。
それから比べれば確かに丸くなったとも言えるね。
「おいでなさい、リン」
「お呼びに応じて馳せ参じました。マスター」
現れたのは性別不明の少年とも少女とも取れる顔立ちの子供だった。髪は短く切り揃えられており、身に纏うインド衣装からでの判断はつかない。
名前の響きから女性体に思えるが、シヴァ神は男性体だから女性の可能性もある。
しかし彼にはパールヴァティという奥様が居るしなぁ。
単純に伴侶というのは考えずらい。
「一応、この子男の子だから。シヴァリンガムというパワーストーンはご存知?」
「ああ、アレね。納得」
リンガム、又はリンガ。
それは男性を主張するシンボルだ。
それが元となった幻影なら確かにそれは男性体とも言えよう。
だというのにその名付けは……
「リンで男の子はおかしいかしら?」
「いいや。ネームセンスで私がとやかく言える筋合いはないね。ヨルムンガンドにヘビーとつけた男だよ? それに君たちの名付けに関して私は一切関わってない。母さんから全部却下されてしまったからね」
「ふふ、そんなエピソードがあったなんて知らなかったわ。これからはリン共々よろしくね。ほら、ご挨拶なさい」
「初めまして。私はシヴァ様の忠実なる僕、そしてマスターの忠実なる下僕であるリンです。どうぞよしなに」
「なんか下僕とか言ってるけど?」
「なぜか私にはこんな態度なのよ、この子。おかしいわね、こんなに親身に接してるのに」
首を傾げるシェリルに、スズキさんがリン君とひそひそ話をしていた。
先程までの威勢の良さはどこへやら。
急に親近感でも湧いたかのような距離の詰め方である。
良かった。聖典と魔導書の幻影だからと犬猿の仲だったらどうしようと思ってたけど、探偵さんのところだけが特別だったんだと思えば安心するよ。
アンラ君はマリンのように接してくれて入るけどね、スプンタ君の方がちょっと一方的かな?
「|◉〻◉)どうも彼がこのように身を縮こませてるのはシェリルさんがシヴァさんに対して行う命令が一方的過ぎて萎縮してしまってるようです」
「えっ!? そうなの、リン?」
「私の口からはなにも」
「ちょっと、デタラメ言ってうちの子を困らせないでくれる?」
「|ー〻ー)嘘じゃないですよー。ただこの子も崇拝するシヴァさんが怯える相手という認識なので」
「そんな……」
なんだか教育論で行き違いがあったようだね。
教育ママのシェリルと、放任主義のシヴァさん。
確かに凸凹夫婦だ。
リアルでイエスマンの夫たるヒャッコ君とは対照的すぎるからね、シヴァさん。
そんなこんなで自己紹介を終え、仲良く釣り待機となる。
浮遊するコタツに四人で座り、聖典の武器を仕込んだ別の浮遊するこたつに釣竿を設置。
あとは糸が引くまでみかんを食べながら雑談する。
「それでシェリル、市場についてはどんな感じなの?」
「ブログに事細かに書いてあったのに見てないの?」
「見たけど概要が細か過ぎて私の頭では理解できなかったんだよ。所感でいいから教えてくれる?」
「呆れた。せっかくどざえもんさんが頑張ってくれてたのに、彼も着いていくリーダーを間違えたようね」
「私は放任主義なんだ。舞台を用意して、足止めを食らってる人の背中を押してあげたらあとは自由にやらせてるよ」
「それをクラン規模で行ってるというわけね。通りで世に出てもおかしくない人たちが目立たず過ごせてるはずだわ」
「私はお金を出してあげただけで、どっちみち彼らはそのうち名乗りをあげてると思うよ?」
「無理ね。一度居心地の良い場所にとどまったら自らが前に出ようという気持ちは薄まるもの。今の私がそうだから父さんのクランメンバーの気持ちも代弁できるわ」
何故かそんなふうに話をまとめられ、脱線した会話を打ち切られる。
その横でリン君のお悩み相談をスズキさんが引き受けていた。
まるでパワハラ上司に悩む部下という構図だ。
シェリルはそれを聞いても他人事のように振る舞っている。
スズキさんは言葉巧みに情報を引き出そうと必至だ。
釣り番を任せてたのになにをしているのやら。
「所感で言わせてもらえれば、バザーのようなものよ」
「バザー? たまにコミュニティセンターで開催してたアイテム持ち込みタイプのアレかな?」
「そんな感じ。値段は全部アイテムを出したプレイヤーが設定できるの。今はお試し中だからとバカみたいな値段で取引されてるわ。今のところ貨幣でのやり取りはなし。そして面白いのがステータスポイントのやりとりができるというところね」
「ステータスポイントの貨幣化?」
「ええ、一度自分で出品してみればわかるけど、対価の設定は主に3つ。求める素材、情報、ステータスポイント。これらを組み合わせることもできるし、それぞれに特化して割り振ることもできるの。私達初期組が後続にできることと言ったら情報の提供かポイントの提供くらいじゃない? 素材の方は求める段階に至ってないというのが本音ね。人数が増えて攻略の幅が広がれば自ずとそちらにも目を向けると思うの」
それはまた面白い試みだね。
ポイント入手は一種の運要素。
システム開示の第一発見者の得点が大きく、人が増えることでより過酷になる拠点争いの分け目がステータスの差で大きくなる。
後続ほどポイント入手が難しくなる。
そう思うと今割り振ってしまわずに後の人のために取っておくのも利になるのか。
「とてもありがたい情報をどうも」
「どういたしまして。お礼ならどざえもんさんに言ってあげて? 彼が気づかなかったら私も気づかないことの方が多かったし、ステータスポイントの貨幣化も彼の気づきよ。私はあるやつ全部振っちゃうから」
「君も目先のことに全力で取り組むからね」
「検証班としては当たり前じゃない?」
「私は考察勢だから机上の空論に熱を上げるタイプなんだ。振ってないポイントの方が多いくらいさ」
「ちなみに残りポイントを聞いても?」
「200ポイント」
「ふざけてるの?」
先程までニコニコしていたシェリルの圧が強まった。
ステータス強化に熱心な彼女には悪いけど事実なんだよね。
ほらほら、あまり声色を強めるとリン君が怖がるから、ね?
スズキさんがお姉さん風を吹かせて守っている。
そのおどおどした容姿にすっかり母性本能でもくすぐられたのだろうか?
誰にでも喧嘩吹っかけてる聞かん坊がすごい変わり身である。
「いいや、正直に答えてこれだよ。だってステータスって割り振らなくても勝手に増えるものでしょ? ただ生憎と私の陣営内でステータスの上限突破は実装されてない。だから100以上は振れないんだ」
「そういう事ね。ウチはとりもち君が生産系に特化してくれてるから一歩リード出来てた。彼には感謝しなくてはいけないわ」
「本当にね。うちのクリア者はみんな自由奔放で生産には見向きもしない人たちばかりだから大変だよ」
「ハンバーグ君が頑張ってると聞いてるけど?」
「頑張ってくれてはいるけど、とりもち君とは違うタイプだから。彼もどちらかと言えば考察勢。うちにオクト君が来てくれてようやく同じ土俵に立てると思った方がいいね」
「あの子が敵に回るのだけは厄介ね。うちのクランの子もそっちに回っちゃうし、こっちでも聖典側に来てくれるように根回ししておくべきかしら?」
続く議論。しかし求めている人材がこちらに来てくれる可能性は薄い。
なんせストーリ進行、フレーバーの有無、立てたイベントの回数で聖典/魔導書に割り振られる仕掛けだ。
ここでいかに議論を交わそうと机上の空論だったりする。
そこで釣竿が急激に引っ張られるように私たちのコタツもぐらりと傾いた。
「何事?」
「どうやら霊樹の導きがあったようだ。目的の場所に着いたら私は領域展開を解く。あとは君が進んで確かめてくれ」
「ええ、了解したわ」
もし霊樹が魔導書におけるダンジョンだった場合、何かのヒントが得られるだろう。
その知識の共有こそ、この世界の足がかりになると信じて私達はギシギシと音を立てて引き寄せる空間へと誘われていった。
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