第30話 ドリームランド探訪 ⅩⅩⅠ

「いくぞ、アンラ! 変身だ」


「でも、スプンタちゃんが居ないよ?」


「正義の力は僕が補う。やるぞ、スプンタの仇を取るんだ!」


「わ、分かった!」



 探偵さんが何やら聖魔大戦用のベルトとは似て非なる物を腰に巻き付け、そのベルトが某マスクドライダーの如く変身準備のアナウンスを迸らせる。

 こんなシステム知らないぞ?

 もしかしてこの人、新しく作ったな?

 アトランティスのメカニックって本当になんでもありだよね。

 確かダグラスさんがパワードスーツを作ってたって聞くけど、この人はライダースーツの変身ベルトを作ってたってわけだ。



「変身!」


 ──エヴィル&ジャスティス!

 READY……GO!

 ベルトから掛け声と共に魔法陣が上下から挟み込み、周囲にスパークを撒き散らす。

 眩い光が周囲の視界を焼き、それが晴れると中からヒーローともダークヒーローともわからない風貌の男が現れた。

 左右を純白と漆黒で別れ。

 丸みを帯びて柔らかい印象を覚える純白と、刺々しい荒々しさを彷彿とさせる漆黒。

 それはスプンタ君とアンラ君を象徴するように両極端で、しかしそれは意外とマッチしているように思えた。


 そこに探偵さんのロールプレイではない熱血が加わると、なるほど案外様になっている。秘匿主義者の彼が今のいままで伏せていた意味もわかる。



「行くぞ、アンラ。神格召喚だ!」


「うん!」


 漆黒側の腰から儀式剣を引き抜き、それを天井に掲げる。


「憎悪の空より来たりて──正しき怒りを胸に──我らは魔を絶つ剣を執る。汝、無垢なる刃! アフラ=マズダ!!」



 どこかで聞いたことのあるフレーズ。

 そして天空に召喚陣が浮き上がると、そこから儀式剣に向けて雷鳴が轟いた。ビシャァアア、と落雷の直撃を受ける探偵さん。

 しかしダメージは受けたようには見えず、その神々しいまでの魂が剣に宿ったと直感させる。

 それほどまでに周囲を圧倒させるほどの神気。

 そこまで格の高い神格では無いはずなのに、どんな裏技か私のクトゥルフさんをも斬り伏せそうな程の威圧を感じた。


 その剣を振り回し、殺陣のような構えのもとに切先をバグ=シャースへと抜けた。

 こちら側にかけられた圧が軽減する。

 そうか、かの神はある意味でバグ=シャースと同類だ。

 悪と断じたものを絶対に断絶させる強い意志。

 その手綱を今探偵さんが握っているのだろう。

 悪も正義も己が身に宿しながら、その上で裁定者としての役割を担う。傲慢な神。それを答えとしたか。

 

 儀式剣の他に鞭をもう片方の手で扱い、まるで別々の肉体操作で動き出す。

 両者が動く。

 バグ=シャースの触腕が鞭のようにしなるが、それを斬撃で斬り伏せて接敵する。

 鞭は攻撃の為ではなく空中での移動のためのものとして扱っていた。空いてる触腕に突き刺してターザンのように移動し、閃く剣撃で触腕を叩き落としていく。

 そして、距離を置いて腰にためてから、ダッシュで斬り伏せた。



「これは、お前に食われたスプンタの分!」



 必殺の一撃。先ほどよりも威力を研ぎ澄ませた浄化の力がバグ=シャースに叩き込まれる。そしてヒット&アウェーですぐにその場を離脱する。その華麗な剣技に私達魔道者陣営やどざえもんさん、リスナーさん達はポカンと呆けていた。

 そこにあったのはヒーロー像。

 が、認めたく無い気持ちが上回るのか、褒め称える声は上がらない。ついでに山田家+スズキさんの突撃からの捕食ごと斬り伏せてる場面もあるので私は擁護したくない。


 

「やはり、聖典の武器でなら厄介な再生能力を封じられるな」


「いやぁ、お見事」


「なに、スプンタの仇を取ったまでだ」


「はい。でもまだバグ=シャースは死んでませんけどね」


「ああ、あの程度で死なれても困る。まだアンラの分と僕の分の精算が済んでないからな」


「そうだね。でもさスズキさんまで斬ることなくない?」


「力の制御が難しいんだよ。アフラ=マズダとは力だ。絶対正義の名の下に、その信仰が姿を作った神格。天罰という名の力を人の身で行使しようと言うんだ手元がブレてしまっても仕方ないでしょ?」


「本音は?」


「魔道書陣営を斬るたびに攻撃力が+100増えるんだ。どうせ囮なんだしこれを使わない手はないと思った」


「確信犯だよ、この人」


「誓約だよ。それでもこの剣で斬られた対象は再生能力を封印される。少しはやりやすくなるはずだ」


「って待って。その攻撃対象に入ってたスズキさんも再生能力奪われてたりするの?」



 探偵さんはフッと鼻で笑うと踵を返してバグ=シャースへと向き直る。図星なようだ。



「|◉〻◉)まぁ僕のは厳密には再生ではないので攻撃食らっても全然平気ですけどね?」


「そうだっけ」



 平気だったみたいだ。何食わぬ顔で私の影からぬるりと這い出るスズキさん。少しドヤ顔で探偵さんに牽制する。

 そうやって煽るから斬り伏せられるんじゃない?



「|ー〻ー)はい。俗に言うコピーなんで、本体はずっとアキカゼさんの内側におさまってます。本当は本体を出して活動しても良いんですけど、出しましょうか?」


「探偵さんのいる前では辞めてね?」


「|◉〻◉)はーい。もっと僕のために怒りを燃え上がらせても良いんですよ? いつでもお待ちしてます」


「君を失ったら私がこのゲームで遊ぶ楽しさが半減してしまうから嘘でもそんなこと言わないの。なんだかんだ助けられてるんだから、ね?」


「|◉〻◉)聞きました? これが僕とハヤテさんの親密度です」


【惚気かよ】

【ドヤ顔ウゼェ】

【ちょっと悔しそうにしてるスプンタちゃんが可愛いです】

【スプ虐とか流行りそう】

【やたら目の敵にされてるもんな、俺ら】

【話に入っていけない涅槃ちゃんも可愛いな】

【何言ってんだ、幻影はみんな可愛いだろ】

【一匹から目を逸らして】

【おい、リリーちゃんだって本気出せば可愛いんだぞ!?】

【アキカゼさんの前で以外は本気出さないだろこの子】

【所詮幻影】

【悔しかったらライダーになるこったな】

【幻影のスマイルはプライスレスです】

【お、ベルト持ちの自慢が始まったぞ、はい解散】

【ではヤディスちゃんは僕がいただいて行きますね】


「許すとでも?」


【ハンバーグさん、切れた?】

【やだなぁ、ネタですよ】


「とても不愉快だったので以降やらないように」


【あの温和なハンバーグさんが一瞬悪鬼羅刹みたいに見えたぞ】

【そりゃ地雷踏めばなぁ】

【つっても幻影、ゲームのNPCだぞ?】

【現実に絶望してゲーム内で彼女作るなんて普通だぞ】

【幻影は理想の彼女像】

【涙拭けよ】

【実際、彼女持ちの数人はVR含むだからな】

【VR世界はNPCだと気付かない場合もあるんだよ!】

【拗らせ奴が多いな、ここ】

【それより機関車の人の猛攻にコメントあげてやれよ】

【だって褒めたら信仰下がりそうだし?】

【俺たちを悪者扱いしてくる神様がちょっと】

【でもどざえもんさんはそうでもないよな】

【そればかりは信仰上の都合としか】

【やはりゾロアスターは過激派集団か】

【そんなん見てればわかるやろ?】

【歴史が物語ってるからなー】


 

 コメント欄は探偵さんの活躍を認めたくないとばかりに他の話題を持ち上げる。

 まぁあそこまで非難されてたら応援したいとも思えないのが人情だ。

 散々敵対行動を取ってきて、ここぞとばかりに応援してもらおうなどとはムシが良すぎる。

 例えその理由が正当な物であろうとも、反感を買えばこうなるのは仕方のないことだ。


 それとは別に、彼の今の姿は中学時代に共に共通のコミックで語り合った熱があった。

 今までは良い歳して恥ずかしいという感情が表に出ていた。

 彼もまたそうだったのだろう。

 良い歳した大人が、ロールプレイなどして恥ずかしくないのか?

 世間一般の枠にはめ込まれて、私も彼もその熱を冷ましていた。


 だがゲームの中でその熱は再燃する。

 もう老い先短いのだからゲームの中でぐらい好き勝手にさせてくれという感情が大きく膨れ上がり、いつしか囮役に甘んじてた私の行為が恥ずかしく思えた。


 男なら守るものの為に前に出ろ。

 それがかつてのヒーロー像で。

 今の私はヒーローに守られる側、もしくはお助け役に甘んじてまわっていた。

 もうヒーローを望む歳ではないと、どこか自分の中で決めつけていたのかもしれない。


 もし孫がヒーローを望むのなら、私は甘んじてそのサポート役を務めよう。娘がそれを願うのなら、また同様に。


 では同年代の年寄りがそのヒーローを描いたら?

 サポーターに甘んじれるか?

 恥ずかしげもなく前に出て、そして格好をつける。

 かつての友がその手本を見せてくれていた。


 やがて私の中でも同じように熱が、燻る。

 感化されたのだろう、自分にもまだこんな熱い思いが燻っていたのだと思えば、恥ずかしさは気にならなくなった。

 そして出来るのならば彼の横に立ち並びたいとさえ思う。

 思ってしまう。



「囮役はやめだ。私も攻撃に参加したくなってきた」


「諸共切っても文句言わないでね?」


「そこは少し躊躇って欲しいところだけど」



 クトゥルフの両腕を境界の向こう側から突き出しそれを掌握領域でレムリアの器と融合する。

 それを分裂させ、二体の剣とした。



「二刀流かい? 君らしくない。サポートを好む君が、まるでヒーローのようだ」


「私がそれを望むのは烏滸がましいかな?」


「いいや、ようこそこちら側へ」



 伸ばされた手を握り込む。

 ただの握手、けれどそのマスクの奥の表情は笑みが浮かんでいるように見えた。



「来ます!」



 そんな感動シーンを待ってられぬとばかりに二つに分かたれたバグ=シャース’sが私たちへ襲いくる!

 伸ばした触腕は捕食機能が付いているのかフィールドを手当たり次第食い散らかした。

 歪んだフィールドから空気が抜けるように、空間が歪む。



「出鱈目な!」


「だから私が囮を買って出ていた!」


「じゃあ引き続き頼みたいところだけどね!」



 光の剣で迫る触腕を切り裂き、帰す刀でもう一方に伸ばされた触腕を斬り伏せる。



「出来ない相談だ。何せ私もまた、君と同じように火が灯ってしまったからね!」



 レムリアの器の二刀流。

 本家本元のシェリルには負けるが、学生時代に見たスペースオペラを題材にした映画に一時期夢中になっていたのを思い出す。

 当時のイメージの再現とまではいかなくとも、模倣することくらいはできそうだ。

 そしてレムリアの器の真骨頂は射撃にもある。

 近づいて剣戟、距離を取って射撃の近・中距離。

 ショートワープを使っての居合いも合わせてバグ=シャースを翻弄した。



「やるね!」



 と、言いつつ私には再生能力を封じる手段はなく探偵さんの斬撃の隙を与えないようにするので手一杯。

 普段ならそれでよかった。

 けど今は、負けたくないという気持ちで一杯だ。



「スズキさん!」


「|◉〻◉)はい!」


「掌握領域!〝ルルイエの槍〟」



 探偵さんと同じように、幻影を武器に、そして。



「神格召喚、クトゥルー!」



 その武器にクトゥルフの意思を宿した。

 クトゥルフさんの権能は萎縮。

 両断した場所を萎縮させ、再生を遅らせる。

 魔道書陣営同士では効果は弱いが、バグ=シャースになら通用するだろう。

 どのみち探偵さんにばかりいい思いをさせたくないという気持ちが強まる。



「フィニッシュ!」


「くっ、引き分けか」


「いつになく燃えてるね、少年」


「誰かのおかげで目覚めちゃいましたよ」


「僕は幻影の仇を取ったまでだよ。スプンタ……」


「その事なんですけど、スプンタ君、生きてますよ?」


「……………へっ?」



 随分と長い間を置いて、探偵さんが変な声を出した。



「だって、野良とは言え神格に食べられちゃったんだよ? 君のとこの幻影と違ってうちのスプンタは再生機能なんて持ち合わせてなんか……」


「マスター、ごめんなさい」


「ちょ、なんで泣いてるのさ。泣きたいのはこっちだよ」


「スプンタちゃん、おかえりなさーい」


「ただいま、アンラ。マスター」



 私のコートの裾から飛び出るスプンタ君。

 探偵さんは変身を解除して、アンラ君と共にスプンタ君を迎え入れていた。

 そしてどざえもんさんも涅槃君と再開していた。

 こっちはなんとなく察していたのか、探偵さん達ほど感動の涙は流してなかった。

 それでもどざえもんの姿に打たれて感動していた涅槃君が好印象だ。

 どざえもん、全然活躍してないように見えて実は結構頑張ってたよ。


 バグ=シャースのフィールド食い破り攻撃でもフィールドを即座に回復してくれてたし、水の精霊魔法で回復などもしてくれた。

 特に私が前に出てからもりもりハンバーグ君の脆い防御面を支えてくれたしね。本当、世話になりっぱなし。

 縁の下の力持ちなんだよ。


 表立って目立ってないだけでね。

 あと総ダメージ量でMVPを送るなら間違いなくもりもりハンバーグ君に増呈されるよ。

 サポート賞は探偵さん?

 私はなんだろうね。ちょっとリザルト見るのが怖いな。


 さてそんなやりとりも終えて、いい加減復活しただろうとグラーキの祠へと戻る。

 軽い運動のつもりで来たのにすっかり熱が入ってしまったからね。ここいらでクールダウンしないと。



「これが、例のブラックボックスか」


「毎度毎度よく見つけるよね?」


「こういうの見つけるのだけ得意なんだよね。それで、どうかな?」


「まずは妖精誘引を仕掛けてみる。スプンタ、見てなさい」


「うん」


「アンラはー?」


「アンラはそこのお魚さんと一緒に休憩してていいよ」


「わーい」


「|◉〻◉)いらっしゃいアンラちゃん。みかん食べる?」


「食べるー」



 早速横でスズキさんがコタツを出して寛いでいた。

 そこにアンラ君、涅槃君、どざえもんさんがお呼ばれして探偵さん達の作業を眺めている。

 私ともりもりハンバーグ君は立ち話をしながらその風景を眺めていた。


 すると妖精誘引に何かが引っかかったのだろう、直下型の地震のように祠全体が盛大に揺れ始めた。

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