第45話 聖魔大戦 Ⅲ

 ウェイトリー家の娘と双子は私に心を許してくれた。

 足掛かりとしては第一歩と言ったところか。

 

 と、その前に。

 私はフレーバーのリングを取り出した。

 見たものを不快にさせる色合いの、玉虫色のリングだ。


 それをみてウェルバー君が目を輝かせる。



「おじさん、それは?」


「うん、これはね。こう言うものさ、おいで」



 私のリングからショゴスがぬるりと現れる。

 その冒涜的な姿に普通ならSAN値チェックを行うところだけど、しかしここに居るはこちら側の狂信者にその奉仕種族だ。

 愛くるしいぐらいの感想しか持てない。



「まぁ、これをうちの子に? 良かったわね、きちんとお礼を言わないとダメよ?」



 ラヴィニアさんは感極まったように喜び、弟君に近寄ってお礼を言うように促した。

 その姿はすっかりお母さんといった感じだ。

 もう子供をよくわからないものとして見ることもないだろう。

 一安心していると、ウェルバー君が私を見上げている。



「おじさん、この子はなんて言う名前なの?」


「ショゴス、と言ってね。とある神様の奉仕種族なんだけど、縁あって私も召喚する機会を頂いてね? こうして君たちの前に招待したわけだけど、気に入っていただけたかい?」


「うん!」



 生後数ヶ月とは思えないくらいのハキハキとした声。

 少年らしい返事に私は嬉しくなる。



「それともう一人、私のお手伝いをしてくれる存在が居るんだ。彼女も紹介しておこうか。スズキさん出ておいで」



 今度は人型モードのルリーエではなく、いつもの魚モードのスズキさんを呼んだ。

 スズキさんの本体では無いけど、ルリーエがワンオペでその肉体を動かしているのでいつも通りである。

 そこらへんで何やら芸を披露しているが、気にしてはいけないだろう。



「インスマス……この子もおじさんの使役種族なの?」


「そうだよ。彼女は特におちゃらけた子だけど、多分強さだけなら銃を持った人間50人よりも強いよ。いざと言うときは彼女を頼りなさ。普段はそうだね、置物ぐらいに思っていればいいさ」


「ひどーい」


「うわ、喋れるんだ」



 ショゴスがあまりにも冒涜的だったのに対し、スズキさんがコミカルすぎてギャップの差に驚いてるようだ。



「そりゃ喋れるよ。君だって流暢に人間の言葉を喋れるじゃない? 彼女も人間の振りをするのは得意なんだ。ね?」



 そこ、首を傾げない。

 私が嘘を教えてるように聞こえるじゃないの。



「よろしくねー。僕はスズキ、君は?」


「ウェルバーだよ。あ、弟は……まだ名前をもらってないの」


「じゃあ僕が名前をつけてあげますよ。スエゾウ、とかどうです? イカすでしょ?」


[! ! ! ? !]



 声にならない声が聞こえる。絶対嫌がってるよね、弟君。

 しかもなんで日本名なの?

 名付け親はドヤ顔だし。



「えっと、他ので」


「えー、わがままだなぁ」



 すっかりスズキさんのペースに持ってかれて、ウェルバー君は普段知的な顔を困惑させながら巻き込まれていく。

 後は若い人たちだけで、とラヴィニアさんとルリーエと共にフェードアウトする。

 このまま子供同士で夜更かしするぐらいでちょうどいいんです。時間稼ぎは任せましたよ。



「今日は色々と息子の為に、それと私にもありがとうございます」



 前で手を組んで、感謝の言葉を述べるラヴィニアさんに、私は大したことはしてないですよと片手で制す。



「狭いところですが、ゆっくり休んでいってくださいね」


「はい、突然の訪問にも関わらず受け入れていただきありがとうございます。おお、寝藁がこんなにも。私のためにわざわざありがとうございます」


「そんな、こんな程度で大したことなんか」



 寝室は確かに寝心地は悪そうだが、今日の今日で訪問して宿泊させてくれる気持ちがありがたいのだ。

 ワンチャン生贄ルートもあり得たからね。

 問題は村長さんがどう考えてるかだ。



『普通にハーフにしてしまえばいいのでは?』



 確かにそれも考えた。

 でも母親のみならず、祖父も奪ってしまっていいのかと考える。父親に会いたいだけとはいえ、彼らから祖父も母親も奪って良いものか。

 まぁハーフにしたところで100%クトゥルフ崇拝する必要はないんだけど。



『それはあり得ませんね。ハーフといえば海の勢力。クトゥルフ様の奉仕種族はおしなべてクトゥルフ様崇拝以外あり得ません』



 だよねぇ。



『そもそも、あの双子もこちらに引き込んでしまえばいいのでは?』



 それは流石に横暴すぎない?



『崇拝対象を鞍替えしろと言う話ではないですよ? 種族を変えるくらいなら彼らの許可を取る必要はありません。すでに食事を用意する母親を抑えてるんですから、料理に混ぜちゃえばいいんです』



 確かに、その手もあるか。

 でも子供達の意見は?



『どちらにせよ、半端に苦しむのは確かです。周囲が魚人種であると言うのに、自分だけが違う。その際に苦しみ続けるよりは……と思いませんか?』



 確かにそうだ。

 彼らの悲願は長期的にみないと達成し得ない。

 だと言うのに成長速度が早すぎる上、生き急ぎすぎる思考。

 少し腰を落ち着ける必要がある。

 そのための種族変更であると?



『そんな感じですねー』



 本当かなぁ?

 なし崩しに全部クトゥルフ信仰にしようとしてない?

 確かに侵食度50%か100%、どちらを取るかと言われたら後者だ。

 ただでさえ元の世界に戻れば70%あるとはいえ、彼女はそのこと自体に納得がいってるかといえば怪しい。


 なんだかんだと私に合わせてくれてはいるが、彼女は非常に独占欲が強いのだ。

 囲い込みというのかな?

 私に秘匿して追い込み漁の要領で誘い込まれる。


 その見えない采配に何度してやられたことか。

 普段おちゃらけているのが嘘のように冷静な彼女がじっとこちらを見つめているのだ。


 寝る前に一晩よく考えて、翌朝。

 私は朝食の支度をするラヴィニアさんにとある液体の入った瓶を渡していた。

 普段使い用と、隠し味にも使えると添えて。

 食事係の彼女が、家族の不安を取り除くことができる唯一の存在だと教えてあげる。

 特に村長さんは人間嫌いで有名だ。しかし私の訪問は快く受け入れてくれた。

 身元不明の旅人と言うのが彼にとって非常に都合が良かったのだろう。使い道がある以上は友好的に接してくれる筈。


 まぁそんな目論見もあってこちら側の勢力拡大を狙ってるわけだ。


 システムを覗き見る。

 侵食領域は0%から2%に増加している。

 まだラヴィニアさんをこちら側に引き入れただけなのにこの上昇具合。


 やはり母親としての自覚が餌からの窮地を脱したからだろうか?

 それとも彼らの遊び相手と称してショゴスとスズキさんを渡した結果がここに来ている?


 どちらにせよ、神格召喚をする為には70%は欲しいところだ。最後の障害は村長さんとウィルバー君。後弟もか。

 彼の食欲次第では被害が悪化するからね。

 その前にさっさと村人達を種族変化させてしまわないと。

 ただの餌ではなく、友好的な種族として。

 人類皆家族。ラブ&ピース。

 私の願いはこんなところだよ。



『その場合、人類が魚人に置き換わりますけどね』



 そこ、細かいことを気にしないの。

 海がなければハーフにとって日常生活は人間とそこまで変わらないでしょ。その為のハーフなんだし。



 朝食を頂く。ここは海から遠いのに塩分強めの味付けだ。

 豊富なミネラルがぴちぴちと体の中で弾けて心地よい。

 隠し味どころか結構ぶっ込んでるよね、これ。



「とてもおいしいです。心が落ち着く味がしますね。まるで故郷に戻ってきたかのような、ホッとする味です」


「良かったわ。ほら、父さんもあなた達も暖かいうちに食べなさい」



 口をつけたのはスープだ。普段より若干青みがかった透明なスープに、畑でとれた野菜が浮いている。

 普段口にしているのとあまりに違うため、私以外口をつけるものが居なかったのだ。

 私を毒見にさせて朝食は慎ましやかにはじまる。

 最初はウィルバー君が、恐る恐る口に運んで瞼をはためかせた。



「うん、独特な風味だけどおいしいね! 癖になる味だ」



 息子がここまで食事に関心を示すのが初めてだったのだろう。

 私と一緒に食事を頂くことになったルリーエも、スズキさんも一緒に舌鼓を打っていた。美味しい美味しいと周囲があまりに口にするものだから、村長さんも騙されて口に運ぶ。



「うむ、それほど奇怪な味はせんな。やや塩見は強いが、美味い」


「良かったわ。新しい調味料に挑戦してみたのだけど、みんなが気にいるか不安だったの。でも杞憂だったようね」



 にっこりと微笑むラヴィニアさん。

 普段重苦しい表情しか見せない彼女が、非常に愛くるしい笑顔を見せるのはあまりないのだろう、実の父親である村長さんもすっかり疑いを晴らしたようにスープを口に運んだ。

 やはり家族は支え合わなければね。

 血の繋がりがあるからこそ、邪神の落し子の母親役としても元気でいてもらわねばならぬ。そう考えてくれたのなら幸いだ。

 でもいつのまにか現れたスズキさんに、チラチラ視線を送っている。いや、怪しさ抜群だけどね。



「しかしそこの方は?」


「スズキだよ!」


「どうも、スズキです。つって鯛の魚人なんですけど。ギョギョーお魚ジョークです。あ、ここ笑うところですよ?」


「あははははは、スズキおかしい」


「ふふふ。ウィルバー君は僕のジョークを笑ってくれるから好きです」



 すっかり懐いてる孫と謎の物体Xに村長さんは度肝を抜かし、冷や汗を浮かべながら私を見やる。



「ハヤテさん、これは一体……」


「ああ、彼女は私の眷属なのです。実は私、こういった書物を持っていまして」


「それは……魔導書!」



 懐からこれ見よがしにルルイエ異本を取り出した。

 村長さんからの指摘に、私はにこりとするだけで肯定する。



「では貴方は魔術師、なのですね?」


「表向きはこちらで通ってますが、本業はこちらですね」



 首から下げたカメラを片手で掲げ、もう一つの手でルルイエ異本を持ちあげた後、ゆっくりと懐へとしまう。

 中を閲覧したいと言われても困るからね。

 なんせ中身は表に出てきてスープを絶賛しているからだ。

 つまり表紙だけで中身は真っ白なんだ今のフレーバー。



「これはこれはお人が悪い。まさか同業者が近づいてくるとは思わなんだ」



 村長さんはガタリと席を立ち、私から距離を取る。

 生贄にする気満々だったのに、その正体がまさかの同業者とあっては計画が頓挫してしまうと考えたのだろう。



「因みに、こちらは貴方達をどうこうするつもりはありませんよ。風景写真を撮りにきたのも本当です。お孫さんの存在だって秘匿するつもりでいる。見て見ぬふりは出来るんです」


「何が目的だ?」


「お父さん!」


「……お前は黙ってなさい!」



 ラヴィニアさんが呼び止める。

 ここまで強く声を荒げられたこともなかったのだろう、少し驚いた顔で娘の姿を見つめながら、やがて心の中の狂信者が打ち勝ったのか、父親を斬り伏せて声を荒げる。



「お爺ちゃん、おじさんは悪者じゃないよ? 僕を、弟を見て友好的に接してくれたの」


「何!?」



 よもや孫まで手中に収めていたか。

 それ以前に落し子である存在との謁見を済ませてまだ存在を維持している?

 村長さんの葛藤はそんなところだろうか。

 一触即発と言った雰囲気は、味方であると決着がついて再び朝食が再開される。

 一応は納得させられたのだろうか?



「……言いたいことはたくさんある。じゃがあの子達から勝ち取った信頼、くれぐれも失う事はせぬようにな?」



 渋々と引き下がった村長さんは、娘のラヴィニアさんに宥められながら朝食の続きをはじめた。


 乾燥したカサカサのパンにスープを浸して食べるカントリースタイル。スープ単体で飲むには若干塩気が目立つが、麦の香りが強いパンと一緒に口に運べば十分においしい。


 初めからそれが目的で作られた味付けなのだろう。

 やはり調理できる存在は必須なのだと痛感する。

 ね、ルリーエ? 君の場合は原液をそのまま私に寄越すもんね?



『何のことだかわからないですね。それともお茶の準備しましょうか?』


「あ、それ僕の仕事!」



 どこからか茶器を取り出したルリーエが、そのことに気がついたスズキさんと取っ組み合いの喧嘩に発展した。

 ん? どうして二人して私のお茶汲み係を奪い合ってるのだろうか? 

 ここにいるスズキさんはルリーエが操ってるんだよね?



『僕は僕ですよー。スズキと呼んだのでやってきました。ハヤテさんが僕を必要としてくれるんだなって思ってきたんですけど、違いましたか?』


『何でこっちにまでついてくるのか、さっぱりわかりませんがそういうことです』



 はしゃぐようなスズキさんの声と、溜息を吐き捨てるようなルリーエの声が同時に心の中に反響する。


 あれ? ドリームランドの中とあっちの世界って行き来できるもんなの?

 ベルト持ちのプレイヤーと幻影だけだと思った。



『一応僕も幻影ですよー。ただ精神が分離しただけで』



 そうだったそうだった。

 すっかり忘れてたと頭をぺしりと叩く。

 それよりも突然始まったフィッシュファイトを止めるものはなく、呆れたように家族が見つめている。

 いや、ウィルバー君はスズキさんを応援していた。

 困惑する村長さんに、おろおろするラヴィニアさんが喧騒を彩っている。


 さてはて。この茶番はいつまで続くのだろうか?

 うまいこと毒気を抜いてくれたと思えば良いか。

 村長さんはすっかり同情の視線を私に向けていた。

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