第22話 古代獣慣らし Ⅲ

「それでは進みましょうか」


「ええ」



 ティアマットの領域は入ってすぐに洞窟が広がっている。

 それらしい道標はなく、謎も見えない。

 なので道に倣って歩いているのだけど。



【淀みない歩みだけど、どこ行くかわかってんの?】


「そう言えばアンブロシウス氏はここは初めてで?」


「アキカゼさんは?」


「私は初見だね。お互い初見同士珍しい物があったら報告し合いましょうか」


「そうですね」


【微笑ましいなぁ】

【普通突入してからこんなこと言われたらギスって仕方ないが】

【どんな風に戦えるか告知すらしてないんだけどなぁ】

【そこはアキカゼさんだし】

【それで通じるのがこの人らしいけど】


「それ以前に私は相手に戦い方を求めないからね。君たちは効率を求めるばかりに型に嵌めようとするけど、それは私には堅苦しい。それ以前に私が人に何か言える戦力ではないからね」


【聖人かな?】

【ゲームの遊び方なんて本来自由なんだよなぁ】

【自由でも死んだら再ログインするのに時間かかるから相手に迷惑かけるだろ? 別に基準を作るのは悪くないだろ】

【だからって縛られるなっていう意味だろ】

【今更そうやって遊ぶのは難しいなぁ】

【そんな奴らが現状詰んでるな】


「ま、私はそうしてるよってだけで君たちにそれを強いるつもりはないよ。それこそ自由にやろう。アンブロシウス氏だって独自の闘い方だろうしね。私はそこに合わせて見せよう」


「とてもありがたい。さて、ドーター。気配はこの奥からか?」


「そう、プロフェッサー。スズキ、きっと知ってる子」


「ほう? まだ見つかってない子が居るんですかね?」



 何やら幻影同士で意味深な会話を行っている。

 懐かしい気配という時点で間違いなく魔導書。

 と言ってもそれは断片で、そして我々の書物には関係ない。

 ただの確認事項としての案内だ。



【なになに、なんの話?】

【魚の人、随分セラエちゃんと仲良いね】

【もしかして魚の人も?】


「|◉〻◉)何言ってるんです? 僕はただの魚人ですよ?」


【でもサハギンタイプの進化系統まだ見ないぞ?】

【それ】

【マーマンの次はジョブ派生だった。どうやればサハギン生えんの?】


「|ー〻ー)ふふふ。僕がただの魚人だと思ってるんですか? 一応レア種族ですよ? ちょっとやそっとの努力でなれるわけないじゃないですか。やだー」


【おい、こいつさっきと言ってること違うぞ?】


「彼女はホラ吹きだからまともに取り合わない方がいいよ。ほら、お喋りの前に探索だ。スズキさんの感知能力が火を吹く時が来たよ?」


【火を吹く要素がない能力だな】

【そこは例えって奴だろ】

【アキカゼさんからの認識がひでえ】

【故に魚の人って言われてるしwww】

【スズちゃんアイドルもしてるのに、プライベートではっちゃけてるからな。普通はそういうスキャンダル起こさないように抑えるのに】

【逆やで、普段はっちゃけてるのにアイドルプロデュースされてるだけやで】

【未だに同一人物だって信じてない奴もいるしな】

【そういえば生態系からして怪しいもんな、この子】

【着ぐるみとは思えない脅威の尾鰭の稼働率】


「|◉〻<)ヒ⭐︎ミ⭐︎ツ」


「ほら、視聴者サービスもそこそこでいいから。出番だよ」


「はーい」



 ぴょん、ぴょんと跳ねながらスズキさんは洞窟の奥を進むと急に立ち止まり「こっちですね」と指をさす。

 しかしそこには壁。



【行き止まりなんだよなぁ】

【待て、今までのギミックを思い出せ】

【ホログラフか?】

【なる程】



 コメントを流し見しながらそう言えばセカンドルナのダンジョンも似たようなのがいたなと思い出す。

 私の指にはまってるリングの元になったアレと同類ならば、彼に譲ってあげてもいいか。


 壁に手を当てると押し返す反応もなく私の手が体ごと入り込んだ。普通に全て体を入れて、両手を広げてどれくらいの空間か把握する。



「どうやら普通に入れるようだ。アンブロシウス氏もどうぞ」



 手招きしながら呼び寄せる。

 しかしアンブロシウス氏は手を入れるが私よりすんなり入れるようではなかった。



「アレ? もっとこうすんなり入れません?」



 壁にすっすと手を抜き差ししてみるが、アンブロシウス氏からは苦い顔をされてしまった。まるで見えない壁があるようで、何かに反応して侵入者を拒んでいるようだった。



「そのようだ。薄い、ねっとりとした壁があるみたいだ。少し時間はかかるが通過はなんとか可能のようだ。少しお待ちいただけるか?」


「はい。スズキさんやセラエ君も入ってきたら?」


【その前にカメラがそっちにいけないみたいっすね】

【草】

【条件なんやろ?】

【セラエちゃんの反応から察するにヤバそう】

【スズちゃんが行けるのおかしくね?】

【やっぱり魚の人ってそっち側?】


「|◉〻◉)……やっぱり僕ここでお留守番してようかな」



 顔を半分くらい壁に突っ込んでから、にゅっとその顔を元に戻した。

 どうやらコメントのツッコミで危機感を感じたらしい。

 本人を前にしてればいくらでも認識を変えることはできるけど、こうやって行動が残る画像は些か都合が悪いらしい。



【アレ、スズちゃん入るの止めるの?】


「|◉〻◉)ふふふ、実は僕、入れてませんでした。まんまと騙されましたね! 消失トリックですよ。こうやって顔を凹ませて、ふへへ」


【気持ち悪! それどうやってやってるの?】

【お得意の宴会芸だろ】



 何はともあれ時間を稼いでくれるようだ。

 そして壁の奥にあったのは……


 

「ブーメラン?」



 見やれば私のブーメランと共鳴するように光出している。

 淡い光が漏れ出して……それにアンブロシウス氏が触れた途端、それが吸い込まれるように姿をかき消す。



「む、これは」


「おめでとうございます、アンブロシウス氏」


「アキカゼさんはこれが何か知っているのか?」


「多分ですがこれと同じ奴だと思いますよ」



 腰のベルトから下げたロイガーを取り出すと、キキキキキ……と甲高い金切り音が上がり、やがて光が収まると目の前に文字がポップアップした。



<ロイガー&ツァールが使用可能になりました>


 所有者が同エリアに存在している時使用可能。

 一度入手した武器はベルトの所有権を手放すまで譲渡する事ができない。



 その後光が収まって元の状態に戻ったブーメランへと変化した。



「これは一体……」


「つまり俗に言う必殺技って奴でしょうね。まだ本格的に使ったことはありませんが、多分これは変身して使う奴でしょう。私は少し変身を自重してるのでどうしようかなって思ってますが」


「でしたらこっちもお蔵入りと言うことか」


「ああ、いや。それはこちらのルールですし、どのくらいの威力が出るかの検証もしたいので。アンブロシウス氏が良ければですが」


「ふむ」



 アンブロシウス氏は行きこそ手間取った壁の通り抜けだったが、帰りはすんなりと通れた。

 つまりはアレだ、侵食率の高さが条件。



「では行きましょうか」


「うむ」


【アキカゼさんおかえりー】

【くっそwww魚の人の曲芸でついさっきまでの記憶がねぇ!】

【時間稼ぎのプロかな?】

【中には何があったんですかー?】


「それは見てのお楽しみ」


【お、と言うことは?】

【活躍の機会はあるわけね】

【セラエちゃんニッコニコやな。何が見つかったんやろ】

【魚の人~~アキカゼさん行っちゃうよ? どじょうすくいやめてもろて】


「|◉〻◉)ちょっとー置いてかないで~~」


【声すらかけられなかったな】

【草】



 ◇




 ダンジョンの奥には広い空間。

 そこに鎮座する様にティアマットが鎮座している。


 立ち塞がるのは山のような巨体。

 眠りから覚めたティアマットがギョロリと瞳を私とアンブロシウス氏に向ける。


 そして同時に口を開いた。



「「変身!!」」


「いあいあ、ハスター!!」


「いあいあ、クトゥルー」



 肉体が膨張し、人であった私達は異形として並び立つ。

 こんな状態であるにもかかわらず、アンブロシウス氏も冷静さを保っていた。


 コメント欄は阿鼻叫喚の嵐である。

 が、多少は慣れた物なのか正気度を残すものは多かった。


 そして武器を触腕で握り込み、アンブロシウス氏との合体技を発動する。

 祝詞を唱え、上昇する侵食率!


 私はなんともないが、アンブロシウス氏は少し辛そうだ。

 投擲の方は私が請け負ってあげようか。


 狙いはティアマット!



「唸れロイガー&ツァール!」



 私の手元から放たれた手裏剣型の投擲武器は、風を纏ってその場で滞空すると、放電しながら意思ある獣の如くティアマットに食らいついた。



【ふぁーーー】

【アイエエエエエ!! ナンデ!? ツァールナンデ!?】

【ちょ、まっ】

【奥に眠ってたのはそれかー】

【ギミックまる無視してて草】

【これ案外このまま倒せるんちゃうん?】

【アキカゼさんは元気なのに、アンブロシウスはちょっと萎れてる?】

【塩振ったナメクジみたいやな】

【タコって言ってやれ】

【どっちも罵倒で草】



 因みにティアマットはペット化する余地もなく消滅した。

 うーん、オーバーキル。

 これはこれで封印かな?


 条件が変身である以上私の力が否が応でも適用される。

 そしてアンブロシウス氏を見る限り、一度の使用で正気度か体力的な何かを結構吸われるらしい。


 そう言う意味でも迂闊に使う物でもないな。



「立てる、アンブロシウス氏?」


「済まない。恥ずかしいところを見せたな」


「いやいやお構いなく。ただこれ、常用するのは危険だなって思うんだけど、どう思う?」


「私の方が迷惑をかけてしまって申し訳ない。どうやら生命力が吸われてしまうようだ」


「ふむ? 私は全くですね。LPも減ってません」


「ああ、生命力はLPという意味ではなくて、このアバターの寿命的なものを持ってかれる意味だろう。私も詳しくはわからないが、使った瞬間目眩がした。まるでログアウトする手前の状態みたいだ」


「へぇ」


【全く響いてなくて草】

【ヤバい代物だって事はわかった】

【多分ピンと来てないぞ?】

【そういやプレイヤーって寿命あんの?】

【分からん】

【もしあるとして、余った分はどこ行ってるの?】


「取り敢えずこれなしでもう一戦して見ようか」


「あいにくと私はご一緒できないが」


「そこは仕方ありませんよ。むしろ私の方こそ検証におつきあいさせてしまって済みません」


「いやいや、良い体験をさせてもらった。まだまだ実力不足であることを痛感したよ」


「こちらこそ勉強させて貰いました」



 アンブロシウス氏とはここで別れたけど、私は変身なしで挑んで返り討ちにあった。

 やはりソロで立ち向かう相手ではないなと痛感する。




 それにしても今日は面白い情報が得られた。


 それがプレイヤーのログインしなかった分のエネルギーが何に使われてるかという定義だ。


 アンブロシウス氏はそれが吸われることによって神話武器の必殺技が扱えると言っていた。

 しかし私がそれを吸われた形跡はない。


 もしもこの世界を司ってるのがクトゥルフさんではなく他の神格だったら、きっとあの時蹲っていたのは私の方だったかもしれない。


 そして神格とは、この世界を維持するためのエネルギー生命体なのでは?


 必殺技に用いるエネルギーはそれぞれの神格からの持ち寄りで、神格の力の不足分をプレイヤーから摂取する場合、その滞在時間から吸収。

 

 つまりプレイヤーは神格から見て自分が力を振るうための電池扱いなのかもしれないという事。


 じゃあベルト所持者ってなんだろう?


 その神格がより力を得るための広告塔?


 うーん、結論付けるにはまだまだ情報が不足してるな。

 ただのゲームにしては随分とプレイヤーに課せられる条件が多すぎるんだ。


 ただの考え過ぎの可能性もあるけど、ちょっとだけ引っかかるんだよね。このゲームの成り立ちと言うか、テーマと言うか。

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