第66話 ゲーム内配信/釣り人の集い Ⅳ
ミレディさんと別れて竜宮城正門前。
私達はそこでマグロっぽいマーマンの兵士に引き止められる。
≪待て貴様等。許可なくここから先に立ち入ることはできんぞ≫
「お初にお目にかかります兵士様。私はアキカゼ。しがない探偵をしております」
≪探偵風情がわざわざ深海に何の用だ≫
「実はこの度縁がありまして、後ろの二人と釣りに興じていたのです」
≪釣りぃ?≫
釣りと聞いてマグロのマーマン兵士の表情に影が差し込む。
そりゃ魚にとって、釣り人は人攫いと同じ人種だろう。
嫌悪感を持つなと言うのも無理からぬこと。
しかしそれは一度飲み込んでもらわねば話は一向に進まない。
「ええ、釣りです。そこで後ろの方が偶然このようなものを釣り上げまして。ルアーさん、あれを」
「おう、これだ」
フレーバーアイテムの類は本人が手に取って見せることができる。だが見せられるだけで受け渡すことはできない。
亀、と言っていいのか。その亀は奇怪な形をしている。
山のような甲羅に、蛇のような首を生やす。
間違いなく海獣の類、その幼体なのだと判断がつく。
≪これは、乙姫様の≫
「ご理解いただけましたか? 私達は今回これを送り届けにきただけです。決してこの国の人たちと諍いを起こすようなことはしません」
≪だからと、今までの罪を見逃せと言うか?≫
マグロのマーマン兵士はどこかの誰かに酷いことをされたのか? はたまた親類が酷い目にあったのかこちらへの警戒心を引き上げたまま一歩も引く様子はない。
≪あー、ちょっと話割り込むけど良いですか?≫
≪何だ貴様は……サハギンタイプ? もしや四人目の竜宮城へ到達した水棲系プレイヤーか?≫
≪四人目と聞くってことはやっぱり貴方もプレイヤーですね?≫
≪如何にも! 我はマグロ族の騎士にして乙姫様直属の騎士団団長。〝覇皇〟ジーク・ジョンだ≫
≪僕はスズキです。いやー僕以外にも水棲系プレイヤーいたことがびっくりです。あ、フレンド良いですか?≫
≪水棲系に悪い奴はいないからな、勿論だ≫
スズキさんが間に入るとジーク氏の表情が不思議と和らいだ。
そこでスズキさんからちょっとした提案が個人コールで送られてくる。
『多分ですけどこの人、人付き合いがへたっぴなんですね。そういうところでなんか共感が持てます。先程のミレディさんもそうでしたが、魚人プレイヤーって案外そういう人多いのかなって。だから、ここは僕に任せてもらえませんか?』
『だよねぇ。偶にこう言う人見ると放って置けなくなる』
『ハヤテさんはそう言う人ですもんね。でも今はやめてあげてください。彼はまだ外の世界に憧れを抱いてないと思います』
『ならば浅瀬までの誘導をお願いします。私はそこから背中を押す役割を担いましょう』
『心強いです』
個人コールを切り、私はパーティコールで今まで声を発することなく密談を続けていた二人と合流した。
『それで、向こうさんはなんだって?』
『どうも心に傷を持つもの同士、彼女が籠絡してくれる様です。あの人小学校の教師してるので、人の精神の揺らぎをいち早くキャッチするのに過敏なんです』
『人は見た目じゃわからねぇもんだ。俺も魚を長いこと見てきたが、未だ心の内までは見透せねぇ。けど釣りを通して通じ合えるもんもあるんだぜ?』
『ルアーさんはそれがわかるだけ凄いですよ。俺なんかはまだそこまで竿に神経を通せない。手足のようには動かせますけど、ルアーを生きた魚のように見せる動きには至れてないですね』
この人達は本当に釣りに人生かけてるような会話をするね。
カイゼル君の腕前だって素人の私から見ても十分凄いよ。
ルアーさんはその上をいくんだろうね。
【魚人プレイヤーから情報上がらない理由ってこれかな?】
【どう言うことだってばよ】
【多分人間社会に溶け込みにくい人がわざわざ選んで引きこもってる】
【ふぇ〜】
【ゲームの中でくらいはっちゃけても良いだろうに】
【そう言う奴らの被害者なんだろうね、さっきの魚人も】
【人付き合いが苦手なタイプ?】
【生まれつきぼっちの俺等には痛いほどよく刺さる】
【やめろぉおお、やめろぉおお!!】
【ダメージ多い奴いて草】
【人間生きてれば嫌なことは幾つもある】
【だから良い歳してゲームにハマるんだぞ? リアルはクソだからな】
【耳がいてぇ】
【引き篭もりニキ達はもっとリアル頑張って】
そこでスズキさんから無事丸め込めたと個人コールが飛んでくる。私はルアーさんとカイゼルさんに状況が動いたことを伝えた。
≪済まない。どうやらこちらの思い違いだったようだ。どうも人間という種族全ての憎悪が日に日に募り、種族を一括りにしてしまったようだ。まだ信じきれてない部分もあるが、それを判断するのはこれからだと彼女に説き伏せられたよ≫
≪僕は体験談を語っただけさ≫
「スズキさんも用水路生活してたものねぇ」
「あの時僕に付き合ってドブさらいクエスト引き受けてくれると聞いた時、この人頭おかしい人かなって内心引いてましたもん」
「えぇ」
≪ふふ。彼女の見た目で判断しない精神性は好感が持てる。改めて詫びよう。そしてここから先の門への通過を許可する≫
ジーク氏は自分も付き添う前提で今回の条件を引き受けてくれた。今回は飛び入り参加のスズキさんのファインプレーが多い気がする。
もしかしなくてもこのイベント、引き寄せたのは彼女だったりするんだろうか?
いや、それは考えすぎか。
だってこの場所は彼女にとっても知らない他人の庭だと言っていたし。
≪こちらだ。乙姫様の前で粗相のないようにしてくれれば問題ない。乙姫様、ジークです。この度迷子になっていた亀吉を保護してくれた方達が参られました≫
竜宮城の中では都以上に多種多様な種族が泳いでいた。
鯛やヒラメのマーマンやマーメイド。
サハギンタイプも居るが、鯛のサハギンは今のところスズキさんぐらいしか見ていない。
赤い珊瑚がびっしり敷き詰められた上を泳いで渡り、一際大きな門の前でジーク氏が奥に住む存在に話しかけていた。
≪ほう、あの子が見つかったのか! それはよき日じゃ。して、その方達は何処へ?≫
≪すぐそばまで同行してもらっています≫
≪それは良い。今日は宴じゃ。宴を開くよう伝えて参れ、ジークや。亀吉帰還祝いじゃ≫
≪僭越ながら乙姫様。お会いさせる前に申し上げたいことがあります≫
≪なんじゃ? 今更妾が他の水棲種族を嫌うと思うたか?≫
≪いいえ≫
≪ではなんじゃジーク。よもや水棲系種族ではないと申すか?≫
≪はい。その方達は人間です≫
≪なんと! 人の身でこの場所までたどり着くか! 亀吉は無事なのじゃな? いじめられてなどいないな?≫
話の流れ的にはいじめられていたのを助けてここに連れてこられる。まるでこの童話を知ってるような口ぶり。
『もしかしなくてもプレイヤー?』
『でしょうね。ジーク君の口ぶりからも極度の引きこもりが奥にいると思います』
まさか乙姫様までプレイヤーかぁ。
いや、ハーフビーストはイベントを通じて特殊種族への進化先が現れると聞く。
金狼君然り、末っ子のヒカリ君然り。
堕天使とか天使に転生してからの一定の自殺回数がトリガーだと言うのだから狂気の沙汰なんてもんじゃないよ。
だから乙姫にまで至ったプレイヤーが居てもおかしくない。
≪いじめられてなど居ませぬ。ただしプレイヤーが助けたのでその身はフレーバーと化してしまいました≫
≪そうか。それは寂しいのぅ≫
≪大事に育てられてましたものね≫
会話からこの二人の関係がよく分かる。
まるで身内のような会話劇。
それでいて上司と部下のような距離感で話している。
よく言えば似たもの同士。
悪く言えばその付き合い方でしか人と会話ができない人達なのだ。
心の奥底ではまだ誰にも心を開いていないような歪められてしまった扉を雁字搦めで封印してしまってるプレイヤー達を前に、私は立ち尽くすことしかできない。
人間であると言うだけでそこに割って入れないもどかしさが私の胸中にせり上がる。
『そこで僕ですよ。彼女は極度の人見知り。そして水棲系以外の人種を信用していない。そうですね?』
『でしょうね』
『なら彼女と会える条件を満たしている僕なら?』
『お任せしても良いですか?』
『ええ、僕が彼女達の扉をぶち壊して差し上げます。ですがそこから先は人間種族であるハヤテさんに任せます。信じ込ませることができるのは引きこもった原因である人間が信用に足りる存在かを彼女に見せつける必要があるからです』
本当に、この人は。
いざという時に頼りになる。
普段はおちゃらけているのに、心の内では誰かを放って置けない熱い心を持っているのだ。
身重なのに無茶ばかりするんですから。
もっとその気持ちを旦那さんや生まれてくる赤ちゃんに向けてあげてくださいよ。
でも、助かります。
『では頼みました』
『頼まれました』
ジーク氏に引き連れられ、スズキさんは単独で乙姫様との面談を果たした。
果たしてどのような結果に転ぶだろうか?
よもやここまでスムーズに進行しないシークレットも初めてだ。
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