第10話 ズルいお手本 Ⅴ

 六、七の試練を抜けて私達は八の試練へと赴く。



「この試練そのものは特に問題はないのだけど……」



 娘はダンジョンの構造上は特に問題ないと言葉にする。

 しかしゴールがどこにもないことに頭を抱えていた。

 もしかして普通に攻略しているのだろうか?



「君達はこの試練の本当のギミックをまだ理解してないようだね」


「本当のギミック?」



 試練開始直後にあった戦闘フィールドへの突入。

 そして周囲から無尽蔵に湧き出てくるエネミー達。



「そうだ。私達はエネミーの腹の中にいる。だからエネミーがそこかしこにいるのだが、そいつらを倒しても意味はない。本当に倒すべきエネミーは別に居る。それがこのダンジョンを覆うエネミーだ。確かこの辺だったかな?」



 徐に取り出したツルハシ。

 それで格好だけ採掘をする。

 結果はクズ石だったが、姿勢を見せることで娘達は察した。



「もしかして天鋼シルファーって?」


「そうだ。この生きてるダンジョンの壊せる壁から出土する。探偵さんのメモにはそこら辺も示されているのでさっき別れたのは痛かった。あの人みたいに常日頃からオートマッピングを疑って掛からなければ道が塞がってることに気がつかない。堂々巡りをさせられることになるんだ」


「理解したわ。そうと決まれば職人の選出とマップに洗い出しから始めるわよ。攻略法は私達で突き止めてみせるわ」


「良いよ、どうせ暇な身だ。最後まで付き合おう」



 それからおおよそ二時間で娘達は天鋼シルファーから魔法反射の効果付きの装飾品を作り上げた。

 魔法反射、そして魔法を扱うエネミー。

 導かれる答えは一つ。

 反射によって与えたダメージこそがダンジョン攻略の鍵となる。



「耐久ゲージ! やっぱりこれが答えなのね」


「初見でこれを見抜いたアキカゼさん達は本当に何が見えてるんでしょう」


「分からないわ。けれど効率だけでは出てこない何かが見えているのも確かよ。私達はそれを最効率化し、後続に示すことしか出来ないわ」


「そうですね。マニュアル制作こそが使命だと思ってます」


「そうと決まったら検証開始。スキルの組み合わせを有効活用しなさい。先達に笑われないようにね」


「「「「はい!」」」」



 手を叩いて意識を高める。

 スイッチが切り替わるようにメンバー達の思考が一つのことに集約された。


 スキルを鍛え上げている人たちは本当にすごい。

 私達とは持っている物が違うというのも頷ける話だ。

 なんで私だけ違うゲームをしてると噂されてるのかわかるほど、攻撃手段が豊富なのだ。

 霊装も多岐に渡り、それをあらゆる手段で行使する様は見ていて気持ちがいい。非常に爽快感あふれる。

 このゲームって本当に奥が深いんだ。

 彼女達にファンがつくのも分かる気がした。



「凄いね。本当にいろんなやり方があるんだ。私達の時はミラージュ★を当てにした特攻だったのに」


「それはリスクが高すぎるわ」


「知っているよ。何しろ私達は持たざる者だ。だからこそダメで元々、失うものは何もない精神で突き進むしかない」


「私達にはない物だわ。私達の場合、可能な限りのリスクを取り除くことから始めるの。だからかしらね? 父さん達に先を越されてしまうのは」


「別に誰が先に行こうともよくない? 要は得られた知識や技術をどう扱うかだよ。私なんて情報の提供だけして、以降一切手をつけてないからね。どう扱うかは個々のプレイヤーにお任せしてるよ」


「こればかりは性分よ。私たちだけができても意味がないもの。クランを立ち上げた理由もそこが理由ね」


「精巧超人だっけ?」


「ええ。前まではトップクランだなんだと噂されてたけど、別にその地位は目的じゃなかったのよ。俗に言うスーパープレイの解析をして、どうすれば同じことができるのだろうとあれこれ検証したり結果を出して一喜一憂する物好き達の集団なの、私達って。気がついたらAWOで一番大きくなってたわ。ログイン時間も一人じゃ限界があるからってわざわざアカウントを複数所持して代わる変わる交代して検証して……バカよね」


「良いんじゃない? 好きなことに常に全力なのは好感が持てるよ。それに仕事も家事も両立できてる。ハーノス君が憧れているのもわかるよ」


「炊事なんて冷凍食品やインスタント技術がここまで進歩してるから買うだけで良いのよ。家事なんかも殆ど家電製品がやってくれるわ。VR時代の生活は父さんが思ってるよりも随分と楽なのよ。だから仕事の傍にこうして遊ぶ余裕があるわけ。そういう意味では母さんの方が本当に凄いのよ?」


「理解してるさ。だからこそここで罪滅ぼしをしてるんだ。一緒にいた時はどうしても素直に慣れなかったからね。離れて暮らして日に日に母さんの凄さを実感してる。自分はなんてちっぽけな存在なのだろうと噛み締めているよ」


「そうね、きっと凄さと言うのは近くに居るほど大きすぎて見えない物なんだわ。父さんもそうよ? 他の家庭も似たり寄ったりなのに、私は自分の理想を押し付けていたんじゃないかって最近葛藤してるのよ」


「……ありがとう。その言葉を貰えただけで何よりだよ。ようやく自分で自分を許せる気がした」


「やっぱり、父さんは自分に甘いようで自分に一番厳しいのね。そう言うところ、変わってないわ」



 娘からの指摘に言葉を飲んだ。

 そんな事はない。私は自分に甘い人間だと思っている。

 だから多くの人間の力を経て身の丈以上に成果を得られた。

 しかし娘はそうではないと言い切る。



「父さんが一番父さんの事を理解してないのね?」


「自分のことなんて一番よく分からないよ」


「でしょうね。私も私と言う人間が本当に何を望んで生きているのかいまだに理解できないもの」


「君ほど頭のいい人間でもわからないのかい?」


「頭が良くても人間の思想までは紐解けない。それは歴史が証明してるわ。さて、無駄話はここまでにして。どうやら耐久ゲージが消滅したみたいよ?」


「そのようだね」



 そもそもアトランティス陣営である私は敵対視されてないのでゲージすら見えないのだが、それは言う必要がないので頷いておく。

 周囲の景色が溶けるように消え去り、その内側からレムリア文明が浮上する。



「これは……」


「レムリアの遺跡だよ。七の試練もそうだった。しかしエネミーはアトランティスの手先である。その関係性を君はどう受け取るかな?」


「まず間違いようもなく侵略……もしくは解析ね。なるほど、アトランティスにとってもレムリアの文明は一目置いているのね」


「概ね正解だ」


「あら、それもGMから教えてもらったの?」


「どうかな? まだ本当の謎が残されている。そもそも古代文明は何を目的にして争い、滅んだのか。それらはまだ解明されてないんだ。だからどの陣営に着くかは君たちにお任せするよ」


「そうね。そこはよく考えて決めるわ。ただし陣営の規模が大きくなればなるほどその思想に振り回されるのは確かね」


「そうだね。ジョブの傾向から察するに、ムーは力の誇示を。レムリアは暗躍。そしてアトランティスは侵略だ」


「文明の発展は戦争の歴史が証明していると言うやつね?」


「私がアトランティスに属しているのは単純に知的好奇心を刺激されたからに他ならない。その思想は実にアトランティス的であるとGMから言われていてね、的を射ていると思った」


「侵略は最終手段。きっかけは知的好奇心から来るわけね? そう考えれば納得だわ」



 親子の久しぶりの会話がゲームでの事なのはこの際置いておくとして。やはり娘も私と同じタイプで知的好奇心が旺盛だ。

 クランの目的も解析から入る辺り筋金入りである。

 やはりどことなく似てしまうものなのだな。


 レムリアの遺跡にGMの影は無かった。

 コントロールルームはもぬけの殻で、出迎えてくれたのはメインモニターだった。

 そこにはレムリア言語でクリアの文字が映し出される。


 そして思想が浮き彫りにされた。



「共存……」


「彼らは戦いを望んでいない。それは薄々分かっていた」



 武器を壊せば、攻撃を無効化されれば会話しか手段はなくなるからだ。しかし圧倒的攻撃力を誇示しても戦闘民族のムーやアトランティスは靡かなかったわけだ。


 彼らの歴史は常に中立で暗躍することしかなかったのだろう。

 どっちに着いても齟齬が出る。

 非常に不本意な結末が待っている。

 まるで終わりの見えない苦行のようだ。



「人の形を取ったのは彼らなりのコミュニケーション能力なのかもね。彼らは自分たちの能力を使って共に生きる星の民を導こうとしていたのか……」


「そうね。なんて不器用な生き方」


「でも身に覚えがあるんじゃない?」



 誰かとは言わない。けれど世間体を気にして本音を押し殺して生きている人間は割と多い。

 やはり人間の祖は古代人なのだろう。

 どことなく彼らの思想を引き継いでいる気がした。



「それはそうよ。私の生き方にそっくりだわ」


「ならば選ぶかい?」


「そうね、見過ごせないわ。でも陣営に降ると言っても、クランメンバーまで引き連れて行くわけにもいかないわ。彼らには彼らの事情もあるだろうし」


「いいや、案外似たもの同士だったりするよ? 私のパーティーメンバーは揃ってアトランティスに来た。それは私の類友だからだ」


「そうね。でも一応聞いてみるわ。事前確認なしで事後承諾なんてできないもの」


「そうだね、そうしなさい」



 私達は八の試練を終えると、娘達から一方的に別れを告げられる。



「父さん、今日はありがとう。無理に付き合わせてしまって申し訳ないわね」


「ん、九の試練はいいの?」


「これ以上ないお手本がアーカイブ化されてるもの。これ以上もらったら恩を返しきれなくなりそうだから辞めておくわ」


「そう。でも答えが出たようだね。今朝見た時と顔つきが違うよ?」


「本当に父さんはよくわかるわね? 家族からも表情が変わらなすぎるとか言われるのに……ええ、お陰様で今ではスッキリとした気持ちよ。やはり父さんに着いてきて正解だった。あのままお山の大将であり続けるなんて私達らしくないもの。過去との決別は迷ったけど、今日一緒に回って確信したわ。ああ、私達はまだまだ発展途上もいいところだと」


「あれだけ突き詰めているのに?」


「それでも壁は出来てしまうのよ。地上では出来て当たり前になると成長が止まってしまうの。膨れ上がった人員は暇を持て余し、私達のように好きでやれてる初期メンバー以外のクラン離れが目についてきた。きっと、自分でも無理をしていたんだと思うわ。大きくなったクランの体裁を整えるのに苦心していたの。でもそれを辞めたら嘘みたいに晴れやかな気持ちよ。また初心に戻って一介のプレイヤーとして遊べそうよ。そこは感謝してるわ」


「うん、それはよかった」



 クランとは一国一城の主だ。

 たかがゲームとはいえ、大勢の思惑が渦巻くコミュニティはどうしたって初志貫徹を目指すのは難しくなる。


 クランを維持するために人間性を捨てては意味がないと今更ながらに理解したのだろう。


 彼女は頑張り屋さんだからそんな自分の感情をついつい押し殺して忙殺されてしまった。

 なまじ優秀すぎるスペックが本当にやりたい事をやらせてもらえないストレスで感情を表に出さない冷徹なマシンになるしかなかったのだ。

 

 やっぱり彼女はレムリア陣営に必要な人間だ。

 似ているからこそ、気持ちが理解できるのだ。


 頭でっかちのムー。

 知的好奇心旺盛なアトランティス。

 そして板挟みになって苦労人ポジションのレムリア。


 ここから私達の関係性は大きく変わっていくだろう。

 そう予感させる出来事がすぐそこまできていた。

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